第9話 調査開始

「かなり広いのね。この家。」


 ヴィルが言う通り、バッカスの家は周囲にある家と比べてもかなり大きい。どれだけ少なく見積もっても、2倍はある。この前来た時にはそれほど繁盛している様子でもなかったが。


「俺はここの領主様お抱えの鍛冶屋なのさ。元はなんてことない鍛冶屋だったんだが....。武器を買いに来た領主様にえらく気に入られてなァ。それでこの家が立ったってわけだ。」


 この家の広さも領主お抱えの鍛冶屋と言われれば納得の広さだ。だが贔屓にしている鍛冶屋がこんなことになっているのに、その領主は何をしているのか。少なくとも見に来るぐらいのことはしても良いと思うのだが。


「その領主様に言ったら解決するんじゃないか? そんな無下に扱われることもないだろうし。」


「いやな、俺もそうしたいのは山々なんだが、最近同じような事件が何件も起きてるんだよ。皆困ってるのに俺だけが先にってワケにも行かねェだろ? だから一旦はこっちでできる限りのことはやりたいんだ。」


「それで掲示板に貼ってたんだな。でもそれで大丈夫なのか? 」


 ミナトは領主お抱えの鍛冶屋が店ごと奪われたという事が領主の権力に影響を及ぼさないのか心配していた。実際このまま解決できなければ、盗賊に協力する者が現れてもおかしくはない。


「幸い住むところには困ってねェしな。多少遅くなってもなんとかなるさ! 」


 バッカスが盗まれたのは工房の部分だけだが、他の家では文字通り家があった場所が更地になっているところもあるのだ。バッカスが自分を後回しにするのも分かる。


「今で何件ぐらいの被害が出ているのですか? 」


「俺が知ってる限りでは5,6件だな。領主様は今この事件の対応に大忙しらしい。」


 現状では5,6件家が消えているにも関わらず、足取りは全く掴めていないと言うのははっきり言って異常だ。しかも捜索に当たっているのはこの街の領主。一番力を持っているはずの領主が探して見つからないのなら、果たしてミナト達が探して見つかるものなのだろうか。


「突然家が消えるなんて事があったら大問題ですしね。そんな事がいつ起きるかわからなければ皆不安で眠れません....。」


「そうね。ところで夜までまだ時間あるけど。どうするの? 」


「それならアンタら夜まで一旦休んでおいたらどうだ? ここは広いし、多少狭いが空き部屋もあるしな。」

 

 バッカスは夜まで休んでおく事を提案する。今から張り切って、夜に力が出ないというのも依頼主としては困る。そうなられるぐらいなら部屋ぐらい貸すという事だ。


「ならそうさせてもらいましょうか。一度睡眠を取ってもいいかもしれません。」


「そうだな。とりあえず陽が落ちたらこの部屋に戻ってこよう。」


 セラはそれを承諾し、4人は一旦夜にまた集まるという事になった。ミナト達は広間から奥に入り、客室へ案内された。セラとヴィルで1部屋、ミナトが1部屋で割り振られる。


「バッカスは狭いとか言ってたけどあの宿よりも全然広いな....。」


 大きめのベッドが中央に鎮座し、その横にはベンチもついていた。明らかにあの宿よりも内装は豪華だ。ミナトは流石にまだ寝る気にはなれないので、ベンチに腰掛けて今回の事を考えていた。


「でも普通に考えて家ごと全部持ってかれるなんて事あるか、普通。でもマジで何にもなかったしなぁ....。考えてても何にも分からんし、一旦工房があった場所見に行くか。」


 ここで何を考えても堂々巡りになるので、ミナトは部屋を出て工房の跡地を見に行く事にした。現場を見れば、何か新しい収穫があるというのはRPGや謎解きゲームではお決まりだ。


 そういうわけで、ミナトは工房へ向かおうと部屋を出た。


「あら、どうしたの? 」


「いや部屋で何考えてても分からんし、工房があった場所でも見に行こうかと思って。」


「マスターも同じ考えだったんですね! 私達も今から行こうとしてたんです。」


 部屋を出ると目の前にいたのはヴィル達だった。2人も同じ考えだったらしい。3人は早速歩いて工房跡地へ向かう。先程通った広間からは直接工房へ繋がっており、すぐに出ることができた。


「綺麗に真っ二つになってるわね....。どんな切れ味の刃物使ったのかしら。」


 工房と居住空間を繋いでいる部分は切断されており、断面もかなり綺麗だ。これを切断するのに苦労したようには見受けられない。


「そりゃここの武器使ったんじゃないか? 達人だったら普通に石とか切れそうなもんだけど。」


「ですが石を切れるような達人ともなると、スタシアでは本当に限られてくるように思います。それこそ領主様の護衛隊の方々レベルでしか....。」


 この世界で石を切るとなると、領主の護衛の仕事が回ってくる程には強いという。そんな人間ならこんな事をする必要はない。何か別の理由があればその限りではないかもしれないが、セラの言い方だと限りなく可能性は薄そうだ。


「昨日の朝までは鍛冶屋さんがありましたから、盗まれたのは昨日の夜のはずですが、どこにも引きずったような痕はありませんね....。」


 昨日の朝ミナト達がここで買い物をしていた際には確かに工房もあった。と言うことは必然的に盗まれたのは今日の夜ということになるが、引きずって運んだ形跡はない。


「ほんとにどうやったのかしらね....。現場見ても結局何も分からなかったし。今度こそ休みましょ。」


「そうですね。夜に倒れるわけにも行きませんし。」


「それじゃあまた夜に。」


「はい、マスター! 」


 という事でミナト達は今度こそしっかり休む事にした。部屋まで戻ってきたミナトは眠くなかったが、無理矢理にでも寝ておくことにしてベッドに潜り込む。とりあえず一度寝てからまた考えよう、とミナトは眠りに落ちた。


「....てください。マスター! もう夜ですよ! 」


「え? 」


「さっさと支度しなさい。全くいつから寝てたのよ....。」


 ミナトはセラ達に叩き起こされた。少し寝てまたすぐに起きるつもりだったのだが、ミナトの身体は思っていたよりも疲れていたらしく、夜まで眠ってしまっていた。


「もっと早く起きるつもりだったんだけどな....。思ってたより疲れてたみたいだ。」


 実際、ミナトの身体はミナトが思っている以上に疲れ果てていた。この街に召喚された後少し眠った以外は、ストレスによる気絶に近い眠りがほとんど。とても睡眠と呼べるような代物ではない。


「ここ数日で色々あったので仕方ないかもしれませんね....。」


「昨日は1日で色々ありすぎたし、言われてみれば仕方ない気もしてきたな....。」


「まぁ仕方ないのは仕方ないとしても、さっさと支度はしてちょうだい。犯人はいつ動き出すか分からないんだから。」


「って言っても俺はナイフ持つだけだけどな。」


 ミナトはベッドから起き上がり、横に置いてあったナイフを身に付ける。


「さぁ行きましょうか! 」


「あぁ。夜のパトロール出発だ! 」


「張り切りすぎて関係ない人捕まえる、なんて事がないといいけど。」


 関係のない人を捕まえるなんて事はあり得ないだろう。ミナト達が行くのは今まで通ってきた大通りではない。どちらかというとミナトとセラが会った裏路地のような閑散とした場所だ。


 自分たち以外にこんな夜に出回っている人間などほとんどいないだろう。それに相手は家ごと持っていけるぐらいの大人数である可能性が高い。間違う可能性は皆無に等しい。


「そろそろ行ってきますね! バッカスさん! 」


「俺も一緒に行ったほうがいいんじゃねェか? 」


「それで家ごと取られたら敵わないでしょ? 大人しく待っててちょうだい。」


 バッカスまでついて来るとなると、家を完全に開ける事になる。これでは良い的になるだけだ。


「確かにな。どんな相手かも分かんねェから気を付けてな。」


「えぇ。首根っこ捕まえて連れて帰ってくるわ! 」


「そんじゃ行ってくる!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る