第7話 戦いの残像2

「まだ起きてる? 」


 ヴィルの声がする。どうかしたのだろうか。そう思いながらミナトは扉を開ける。


「起きてるぞ? 今さっき会ったとこなのに寝てるわけ── 」


「何言ってるの? 今はもう夜更けも夜更けよ。」


 ミナトはヴィルの言っている事が理解出来なかった。確かに先程ヴィル達と別れ、ここに戻って来ていたはずだ。


「え?」


 そう言いながらミナトは窓に目を向けると、確かに先程まではまだかろうじて明るかったはずだ。それなのに今はもう真っ暗である。


「って事は俺、意識失ってたのか....? 」


「あんなこと言ってたから眠れないんじゃないかって思って来たんだけど。もっと深刻みたいね。」


 ヴィルは真剣な顔でミナトを見る。一方のミナトは状況をあまり良く理解出来ておらず、ヴィルの視線に困惑したままだ。


「全然理解出来てないんだが....。何の話だ? 」


「何かを殺したのは初めてなんでしょ? あの顔見てれば分かるわ。」


「あぁ。正直もうやりたくない。ゴブリンを斬ってから結構経つのにまだあの時の感触が離れないんだ。」


 ミナトはゴブリンを倒した直後と部屋に戻って来てからの2度失神している。それでもなお脳裏から離れない感触がミナトに不快感を与え続けていた。


「ならここで吐き出しなさい。セラはもう寝てるから。」


「───いや。大丈夫だ。」


「ならどうしてそんな顔してるの。」


 ミナトの顔は今にも泣きそうな顔をしている。


「──だってあんな簡単に死ぬなんて思わなかったんだ。もっと抵抗してくると思ってたのに。あんなに...簡単に....。ついさっきまで動いてたのが動かなくなって....ナイフを引っこ抜いたら生ぬるいのが俺にかかって....最後に....目があったんだ。」


 身体はピクリとも動かなくなったが、目だけはミナトを見ていた。執念の目だった。あの瞬間、ミナトは1つの生命を絶った事を自覚した。


「知ってるわ。でもあぁしてなきゃ結果は逆だったかもしれないのよ。」


「でも...。結果は結果だろ? 」


「そう。結果は結果。覆らないのよ。受け入れなさい。」


 慰めというにはあまりにもキツすぎる言葉。それが魔物であれ、何かを殺したという事実。これは受け入れるしかない。そうでなければこの先には進めない。それがどのような方向であってもだ。その点においてはヴィルの言葉は確かに慰めの言葉だった。


「それかもう完全に忘れてしまうかね。記憶の奥底にでも封印しておけば良いわ。そうすればもう2度と同じ苦しみを味わずに済むわよ。」


「それは....それだけはダメだ。なんて言えば良いかは分からないけど。ダメな事だけは分かる。」


 それは死者の冒涜。死にゆく者に対して何の感情も抱かない。確かにそれはミナトにとって楽かもしれない。だがそれで良いはずがない。ミナトは直感的に理解していた。


「それが分かれば十分だわ。眠れないならここに居てあげるから。」


「あぁ.........。ありがとう..........。」


 ミナトはそうとだけ言うと、また意識を失った。わだかまりが少しは解けた事で、緊張の糸が緩んだのだろうか。ヴィルは倒れるミナトを支え、ベッドに横たえる。


「──なんだか重要な事を忘れてる気がするわね....。」


 そういうとヴィルはミナトの隣で横になった。ミナトを抱き抱える様にして。それは見た目こそ、幼女と青年だったがその実、母と子の様だ。ミナトは自らが薄々自覚している事を真正面から突きつけられた時、ようやく動き出せる、そんなタイプだ。ヴィルはその事を知っていたのだろうか。そう感じさせる程に適切な助言だった。


「ん....。もう朝なの....? 」 


 ヴィルは朝日を浴びて目が覚めた。寝ている方向的に、ヴィルの方が目覚めてしまうのは仕方ない事だ。そうと分かってはいるものの悪態はつきたくなるのがヴィルの性格である。


「何よ眩しいわね....! 」


 ヴィルはミナトを起こす前に少しミナトを見る。見た限り、ヴィルが寝た後に起きた様子はなさそうだ。昨日の顔よりかは幾分もマシになっている。これであれば起こしても文句は言われまい、とヴィルはミナトを起こす。


「もう朝よ。起きなさい。」


「あぁおはよう。──昨日の夜はありがとな。」


 ミナトは夜の事はしっかり覚えていた。忘れていれば良いのに、とヴィルは思う。そちらの方がミナトの自尊心を傷つけなかっただろう。


「えぇ。よく眠れた? 」


「あんな話した後だってのに、割と。最後の方は記憶ないけど....。」


「そう。まぁ眠れたならよかったわ。」


 どうやらミナトは最後に3度目の気絶をした事は覚えていないらしい。これで多少はミナトも傷付かずに済む。


 こんな会話をしていると突如ドアが何度も叩かれる。


「マスター! ヴィルちゃんが! ヴィルちゃんが朝起きたらいなくなっていて....!!! 」


「あ、セラに伝えるの忘れてたわ....。セラ? 私はここよ! 」


 そう言いながらヴィルは部屋の鍵を開け、セラを部屋に入れる。セラはヴィルがいる事を確認するとすぐに落ち着きを取り戻した。


「すみません取り乱してしまって....。」


「私こそ何にも言わずに出てっちゃっててごめんなさいね。」


 ヴィルはこう言ってはいるがミナトに気を遣っただけなのだろう。昨日の言動からして今日のは少し怪しいが。


「いえ、大丈夫ですよ! ─お二人は寝起きですか? 」


「あぁ。たった今起きたとこ。」


「私もよ。」


 セラはベッドに寝転がっているミナトと眠たげなヴィルを見て推測する。それに2人が同意すると、セラは今日のプランを2人に提案する。


「ならもう少ししたら今日は別の種類のクエストを受けてみませんか? 」


「了解。俺はもう大丈夫だけど、ヴィルは? 」


「私も大丈夫よ。お腹すいて倒れそうだわ....。さっさと行きましょ。」


 ヴィルはミナト達と出会った時は文字通り行き倒れていたので洒落にならない。さすがに元魔王が空腹で倒れるなんて事はないと思うが。


「なら早速出発ですね! 」


 セラの掛け声で一行はいつもの食堂へと出発した。宿から出てギルドに差し掛かった辺りでセラが思い出した様に言う。


「忘れていましたが、今日は報酬を受け取りに行かないといけませんね。」


「報酬って昨日の? でもあれってクリアした事になってるのか? 」


 ミナトは自身が倒れた事を気にしているらしい。だが倒れようが倒れまいが、目的はゴブリン5体の討伐だったのだ。


「はい。マスターが倒したゴブリンが最後の一頭でしたので、報酬が頂けるはずです! 報酬の受け取りは昨日の受付ですので、先にご飯食べてしまいましょうか。」


 こうして3人は食堂へ移動した。


「朝の定番メニュー? なら私これで。」


「私もそれでお願いします。」


「なら俺もそれで。」


 定番メニューと書かれていれば、とりあえずそれを頼みたくなる気持ちが何となくあり、あっさりと献立は決まった。ヴィルは近くにいた店員に注文する。


「かしこまりました! すぐにお持ちしますね! 」


 店員は注文を取るとすぐに調理場へ消えて行き、ミナト達の席がそこに近いのも相まって、本当にすぐに料理が出てきた。出てきた物はパンとスープ、それに目玉焼き。こんなヨーロッパ風な建物をしているのに出でくるのが目玉焼きという辺りが、どこかゲームチックな感じがする。


「それじゃ、いただきます! 」


「美味しい! 人族も捨てた物じゃないわね....。」


「食堂の料理は何でも美味しいですから! 」


 3人は談笑しながら食事を取る。朝食という事もありそこまでの量はなく、ミナトでもちょうど良いぐらいの量だった。


「さて。これから依頼を受けに行くわけだけど、ミナトは何か希望ある? 」


「人死にが出ない依頼で! 」

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