第6話 戦いの残像1

「マスターに一体何が!? ど、どうしましょう!? 」


「知らないわよ! 突然倒れたんだもの。見たところ目立った傷はないし、とりあえず宿まで戻りましょうか。」


 ミナトが突然意識を失った事でセラは慌てふためいているが、ヴィルは冷静に状況を分析して次の行動を決める。これが生きてきた年数の違いだろうか。


「わ、分かりました。ではマスターが背負いますね。」


「セラにおぶられて戻ったなんてミナトが知ったら羞恥心で死にたくなるでしょうね....。」


 もう成人しようかという青年が魔物を斬った不快感で失神し、更に自分よりも一回り小さい美少女に背負われる。これだけでもかなり格好がつかないのだが、どうやってもこれを街の人に見られる。こんな事を聞けばミナトはまた卒倒するかもしれない。


「ですが私は隠匿系の魔法は使えませんし....。」


 セラが言うには物を隠せる魔法があるらしい。そんな物があればミナトの面目も少しは保たれたのだが、そう上手くはいかない。そもそもセラは弓使いであって、魔法使いではない。こんな時の為にわざわざそんな魔法を持つ必要もないのだろう。


「私も。魔王城でほとんどの魔法は奪い取られたから。」


「魔法って奪い取れる物なのですか....? 」


「魔法を結晶化して術者から無理矢理引き剥がすの。今の私に魔法なんて呼べる物は残ってないわ。」


 ヴィルはそう言うが、なら先程出していた炎は何だったのだろうか。何もないところから火が出るという事は魔法には分類されないらしい。


「聞いているだけで痛そうです....。」


「痛くはないわよ。最高に屈辱的なだけで。」


 ヴィルの口から漏れた言葉には悔しさと憎しみが篭っていた。平然としているが、ヴィルは魔王という地位から引きずり下ろされ、身1つでここに飛ばされてきた。今すぐにでも反逆者に報復したいがそれも出来ないという訳だ。セラはそれに気付くと黙り込んでしまった。

 

「──悪かったわね。こんな話して。」


「いえ、大丈夫ですよ。それにしてもそんな事があったなんて....。」


「多分すぐに広まるんじゃない? 魔王がいなくなったって。何がしたいのかは知らないけど。」


「いずれは知れ渡る事になるのでしょうが....。どうなるのでしょう.....。」


 セラは不安げに問う。だがヴィル自身も知っている事は多くない。何かが起こる度にそれに対応していかなければならない。


「どうとでもなるわよ。今の魔族は昔と違って結束が強くないから。」


 ヴィルは吐き捨てるように言う。個々が連携しなければそれほど脅威ではないという事なのか。


「結束を破る様な事が何かあったのですか? 」


「────連携を重んじない奴らが現れてきたっていうだけよ。」


 若干の間があってヴィルが答える。これは単に侮蔑の感情から来るものか、それとも────


「そろそろ宿ね。鍵はどこにあるの? 」


「私の服の中にあるので取って頂けませんか? 」


 そんな話をしていると3人は宿の前まで戻って来ていた。そしてセラが部屋の鍵の場所を示そうとすると。


「ん....ここは....? 」


 ミナトが目を覚ました。セラに背負われたまま。


「大丈夫でしたか? マスター。マスターが突然倒れられたのでヴィルちゃんと宿まで戻ってきたんです。」


「って俺セラに背負われてる!? す、すぐ降りる! 」


「もうちょっとで気付かずに済んだのに....。タイミング悪いわね。」


 ヴィルは頭を抱えてミナトの方を見る。本当にタイミングが悪い。宿はもうすぐそこだったのに。どうして空気が読めないのか、と言った非難の目でヴィルはミナトを睨む。 


「まずは部屋に戻りましょうか。」


 ヴィルの視線に気付いたのか、セラが一旦部屋に戻る事を提案する。ヴィルもこのまま立ち話をするのは憚られるという事で部屋に戻る事になった。


「2人ともほんとにありがとな。マジで助かった。」


 ミナトにとっては恥ずかしいのは恥ずかしいのだが、そんな事よりも2人が自分を見捨てずにここまで連れて来てくれた事の方に感謝していた。ミナトは現代日本人の身長より一回り大きい程度。痩せ型と言うわけでもないので体重もそこそこある。そんなミナトを背負って帰って来るのはかなり体力を使ったはず。

 

「でもなんで突然倒れたの? 」


「いやゴブリン刺した時の感触が思ってたより精神に来て。その後に死体と目が合って気づいたらここだった。」


「絶望的に冒険者向いてないわね....。刺した時の感触が無理ならこの先どうするのよ。ミナトは魔法使えないんでしょ? 」


 ヴィルはまたしても的確に突っ込む。魔法も使えなければ弓が打てる訳でもない。こうなれば冒険者など出来るわけがないというのがヴィルの意見だ。


「やっぱ慣れていくしかないのか。慣れるとは思えないけど....。じゃないと魔王討伐とかいってられないしな。」


「でも何度もこれやるのはさすがに見てられないわ。何かない? セラ。」


「それなら1度魔物討伐以外の依頼を受けてみませんか? 街の人々が困っている事を解決するようなものですが、それならマスターでも大丈夫なはずです! 」


 セラは一旦違う形態の依頼をこなす事を提案する。ミナトとヴィルはこの街の事をほとんど知らないから街の依頼を片付ける中で街を知ってもらおうという狙いもあるのだろう。


「なら明日はそれに挑戦してみましょうか。もうそろそろ夜だし、どんな依頼にするかは明日ギルドで決めましょ。」


 もう外は日が傾き始めていた。行き倒れていたヴィルを助けて遅い昼ごはんを食べてから出かけたので仕方なくはあるが。


「分かった。今日はごめんな。迷惑かけて。」


「大丈夫ですよ! 依頼自体はクリア出来ましたし、むしろ優秀なぐらいです! 」


「まぁ倒れちゃったから台無しだけどね。」


 セラのフォローと共にヴィルの一刺しが飛んでくる。セラのフォローだけだと申し訳なくなる所にヴィルが釘を刺す。案外これも助け舟なのかもしれない。


「マジで悪かった。明日はちゃんと活躍出来る様に頑張るわ。」


「えぇ。せいぜい頑張りなさい。」


「無理はし過ぎない様にして下さいね! 」


 こうしてミナトはセラ達の部屋を出て自室へ戻った。


「まさかこんなに気持ち悪いなんてな....。」


 ミナトの手には未だにゴブリンを刺し殺した時の感触が残っていた。話している時は意識していなかったが、1人になるとどうしても意識してしまう。


 手に残るナイフを刺した時の感触、耳に残るぶじゅっという皮膚と肉を割く音。全てが不快だった。異世界転生でチートを使って敵を薙ぎ倒す? あんなものはただの幻想でしかない。転生した当初こそチート能力や魔法に憧れていた。だがそんな物もなかった。得た物は人型の生物を刺し殺すという事がいかに不快かという知見だけ。


 ミナトの様なただの大学生にはあまりに重過ぎる命を奪うという行為。ミナトにとってあの感触は2度と味わいたくないものだった。


「ぅ....おぇっ....。」


 先程の記憶がフラッシュバックしてくる。ミナトはまた嘔吐した。胃の中身は先程全て出ていた。溢れ出るのは胃液だけ。トイレまでは間に合わなかった。床にそのままぶち撒けてしまう。幸いにもボロ雑巾が部屋の隅に置いてあった。だが今は拭く気にもなれない。ベッドで横になっていると───


 ドアをノックする音が聞こえた。

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