第5話 初陣

「ではヴィルちゃんの冒険者登録と依頼の受注済ませてきますね! すぐに終わりますからここで待っていて下さい。」


「分かった。そこのベンチで待ってる。」


 そう言ってセラとヴィルは先程ミナトが冒険者登録をした受付へ向かって行ってしまった。ミナトは1人である。1人になれば余計な事も考えてしまうもの。


 ━━いくらモブキャラとはいえただの大学生である俺に魔物が殺せるのだろうか。いくら武器を装備したとは言ってもそれは大振りのサバイバルナイフの様な物が1つだけ。服装はジャージにパーカーを羽織っただけで、剣やナイフで刺されたら普通に死ぬ。

 

 それも相手は複数だ。これはゲームじゃない。『ドミネーション』の中だろうがそうじゃなかろうが、刺されりゃ死ぬ。俺だけなら最悪死んでも構わないが、パーティーにはヴィルもいる。万が一の時の事はセラに頼んである。でももしセラもやられたら? ━━


 ミナトは先程からこんな事を考えていた。ただの大学生が異世界へ放り込まれてなんの訓練もなく実戦へ出るのだ。不安が募るのは当然である。しかも今のところミナトには何の能力も備わっていない。あるかどうか分からないチート能力に命を賭けられるほどミナトは楽観的ではなかった。


「━━ミナト? どうしたのそんな顔して。」


「━━あぁ、いや。なんでもない。ちょっと考え事してただけ。」


「ただいま戻りました! 」


 ヴィルにどうしたのか、と尋ねられたタイミングでセラが戻って来た。ヴィルもそれ以上は追及するつもりはないらしく、話はそこで終わった。


「内容は….ゴブリン5体の討伐か。楽勝ね! さっさと行きましょ。」


「そうだな。 ゴブリンぐらいなら街出たらどこにでもいるだろうし。」


 こうして3人はギルドを出て街の外へ向かう。街の外へ出るのは簡単で、大通りをまっすぐ歩いてゆけばそのまま外の街道へ出る事ができる。


「報酬っていくらぐらいなんだ? 」


「銅貨30枚でした! ゴブリン5体の討伐なので妥当な金額ですね。」


「でもどうやって証明するの? 」


「今回はギルドが依頼主ですから、私達が報告すればギルドの方が確認に行ってくれるはずです! 」


 確認はギルド側が行ってくれるらしい。これならば依頼主は獲物を倒すだけで良く、効率良く冒険者を使える。そんな話をしながら歩いていると、スタシアの門に辿り着いた。


「結構人も通ってるんだな。」


「そうなんです。通行人の方々に被害が出る前にゴブリンも早急に片付けてしまわねばなりませんね….。」


「でも見た感じ皆武装はしてる感じだけど….。」


「それでも商品とかが襲われるかもしれないでしょ。」


 ヴィルの言う事は真っ当である。それに万が一通行人に被害が出たとなれば街としての信用低下にも繋がりかねない。そうして人の往来が減ればそれだけ活気がなくなる。そうならない為にギルドが定期的に依頼を出しているという事だ。


「街道って思ってたより狭いんだな….。普通の車がギリぐらいか。」 


 ミナト達が出た街道は想像していたよりも狭かった。『ドミネーション』で通っている時にはもっと広い印象があったが、これはゲームの視点ゆえだろう。三人称視点で見るのと一人称視点で見るのでは印象が変わるという事だ。


「もう少し歩けば向こうから近づいて来ると思います。」


「突然後ろに出てきたりしないよな….? わっ! とか言って。」


「何よ!? びっくりするじゃない!! 」


「っていうか森って思ってたより明るいな? 」


「え、無視!? 」


 ヴィルの抗議をミナトはあっさり無視する。勿論敵意がある訳ではなく、打てば響くヴィルの反応を楽しんでいるだけ。セラも2人のやりとりを温かく見守っている。ここに来た目的を知らない人間が見れば親子3人がピクニックに来たかの様である。


「いや悪かったって。」


「全くもう….。」


「あ、いましたよ! ゴブリンです! 」


 2人がそんな話をしているとセラがゴブリンを見つけたらしい。セラが指差す方向には4匹のゴブリンが立っていた。


「どうしましょうか….? 」


「なら私から行くわ。フレイラ! ….まぁこんなものでしょ。」


 ヴィルがそう唱えるとゴブリン達を火が覆った。火の威力はかなり強く、ミナトの胸ぐらいまでの身長のゴブリン4匹が一瞬にして丸焦げになった。そうして焼け焦げた臭いがミナト達の所まで漂って来る。


「ヴィルちゃん….? どうしてフレイラでこんな威力が….? 」


「? だから言ったでしょ。元魔王だ、って。」


「あれは本当に!? 」


「まだ信じてなかったの!? 」


「取り込み中に悪いんだが。フレイラってこんなに威力出ない物なのか? 」


「フレイラは最も基本的な火属性魔法なのですが….。本来は焚き火の着火に使う様な物で….。それこそ魔王でもない限りこれ程の威力は出せません。」


 セラが驚いていた理由はそこらしい。木材の着火に使う様な程度の物が魔物を殺すなど明らかにおかしい。それこそ魔王でもない限り、という事だ。


「ヴィルがほんとに魔王ならセラの目的達成出来るんじゃ….。」


 ミナトが言うセラの目的とは魔王討伐である。そもそもミナトも魔王討伐をさせられるのにここへ召喚されたのだ。ヴィルが本物の魔王である可能性が高い以上、ヴィルを殺せばそれで終わりである。セラはお告げを達成でき、ミナトは女神様に会えるかもしれない。要は一番手っ取り早いのだ。


「残念だけど、私は追放されてここにいるんだからもう魔王じゃないわよ。ミナト達が狙うなら次の魔王が召喚される時でしょうね。」


「魔王ってクーデター起こした奴がなるもんなんじゃないのか? 」


「それもあるけど。今回は7種族が反逆したから。理由は分かんないけどね。私は新しい魔王を降臨させるんじゃないかって思ってる。自分たちに都合の良い、ね。」


 それほどの種族が協力すれば魔王を決めるのにも争いが発生するだろう。そうならない為に新しい傀儡を立てる、という事か。実に合理的である。


「ならヴィルちゃんはどういう位置付けになるのですか….? 」


「元魔王….? まぁ普通にヴィルでいいんじゃない? ここで会ったのも何かの縁だし。セラ達に付いてく事にするわ。これから宜しくね。」


「ヴィルちゃんがいれば百人力です! これからよろしくお願いしますね! 」


「魔力も何にも持ってないけどよろしくな。」


「ミナトだけ頼りないわね….。シャキッとしなさいよ。」


 ヴィルはミナトの若干頼りない挨拶を聞いてまるで母親の様な事を言う。元魔王という事もあってこういう事には慣れているのだろうか。


「でも実際魔力は0らしいし、なんか能力を持ってる訳でもないからなぁ….。」


「とりあえず最後の1匹はミナトが倒して自信付けたら? 自身は大事よ。最低限何かないと自分を保てなくなるしね。」


「そうですね。マスターはあまりにも自信がなさすぎます….。」


 2人はそういうがミナトに自信がなくても仕方ないだろう。セラと2人でいた時でさえ劣等感を感じていたというのに、パーティーに加わったのは元魔王という始末だ。あまりにも可哀想である。


「いやだってこのパーティーだったら自信持てる方がおかしいって。マジで。」


「あ、あそこにいるじゃない。最後の1匹。行ってきなさい。ここで見ててあげるから。」


「なんか俺の母さんみたいだな….。」


 ミナトはヴィルの感じが故郷の母を感じさせるという意味で好意的に捉えていたのだが━━━


「誰が年増よ!? 」


「誰もそこまで言っていないと思います! 」


「んじゃ行ってくる! 」


 そう言ってミナトは駆け出した。ゴブリンの前まで行くと腰に付けていたククリナイフを取り出した。ゴブリンはまだミナトに気付いていない。


「これはいける….! 」


 ミナトはゴブリンにナイフを突き立てる。ナイフは簡単にゴブリンの肉を裂き、貫通した。ナイフが肉と骨、臓物を貫いていく感触はなんとも不快で、ミナトは吐きそうになる。



 それをミナトが引き抜くとゴブリンの身体は地面に倒れ込みながら青緑色の血を噴き出した。ミナトはゴブリンと身体から噴出した生温い血を浴びる。血はミナトの身体に満遍なく振り撒かれ、あまりの不快感にミナトは嘔吐した。


「ヴぇ………ぉえっっっ……。」


 きもちわるい・・・・・・


「マスター! 大丈夫ですか!? 」


「 どうしたの!? 」


 2人がすぐさま駆け寄ってくる。特になんという事もなくゴブリンを倒した仲間がその直後に嘔吐すれば当然であろう。


 ミナトは2人の呼びかけに応じて顔を上げた時、目の前で動かなくなっているゴブリンが目に入った。先程まで下卑た笑みを浮かべていた顔には苦痛の表情を浮かんでいる。


 ミナトの意識は死体と目があった瞬間に暗転した。

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