第3話 邂逅

 鍛冶屋で武器の選定を終え、セラとミナトの2人は宿の目の前まで戻ってきていた。ギルドまではもう少しだ。


「危ない! 」


「え? うわぁっ!? 」


 すると突然セラが声を上げる。ミナトはセラの咄嗟の警告には反応する事が出来ずに足元の物体につまずいてしまった。勿論ミナトも元からそんな物が有ればいくらなんでも気付く。だがそれは歩いているミナトの前に突然現れたのだ。


「うぅ……。お、重い……。」


 ミナトの下敷きになっていたのは金髪の幼女だった。綺麗な黒のドレスを着ていて裕福な家庭の子か、それとも貴族か、といった見た目をしている。


「あっ、悪いっ! 」


 ミナトは誰かを下敷きにしている事に気が付き飛び起きる。ミナトは謝罪しようとするがしかし幼女は━━


「ってどこなのよここ!! しかもアンタ達人族? なんで私がこんな所に……。」


 そうとだけ言うと気絶してしまった。


「………。宿で休ませましょうか…? 。」


「とりあえずこの子の親御さん探そう。このまま宿に連れ帰るのはやばい気がする。」


 セラの提案をミナトは却下する。この世界ではどうか知らないが、ミナトのいた世界では見知らぬ幼女を宿に連れ込むのは確実に犯罪である。


「そうですね。……見つかる可能性は低いと思いますが。」


「…? 普通にこの辺りにいるんじゃないか? 」


「いえ、この子はマスターの足元に・・・・・・・突然現れました・・・・・・・。マスターが私の前に現れた時のようにです。それに何か事情がありそうでしたし…。」


 事情というのは先程彼女が口走った内容に関する事だろう。ミナトもそれに異論はない。


「確かになんでこんな所に、とか言ってたしな。そもそもこんな綺麗なドレス着た子が1人で道に倒れてるってのはおかしい。とりあえず宿に戻るか。」 

 

 そう言うと2人はギルドの食堂へは行かずに、すぐ目の前にあったいつもの宿へ戻る事にした。さっきから通行人がチラチラとこちらを見ている。銀髪のエルフと見慣れない格好をした人族というただでさえ目立つ2人だ。速くこの場を離れなければ無用な誤解を生むかもしれない。

 


「………ここは………? 」


「良かった…! 目が醒めたんですね。私はセラと言います。貴女が道で行き倒れていたので私達の宿まで連れてきたんです。」


 ミナト達が宿に戻るとすぐに幼女は目を醒ました。セラはまだ状況を把握出来ていない幼女に対してゆっくり説明をしていく。


「いや俺が上に倒れ込んじゃって……。ケガとかしてないか? 」


「ってそんな事を聞いてるんじゃなくて!! ここはどこよ!? 街!? 村!? 」


 謎の幼女はたった今目醒めたとは思えないほどの剣幕でまくし立てる。パニックにでもなっているのだろうか。


「ここはスタシアという街です。この辺りでは比較的大きな━━━


「スタシア!? いっちばん辺境じゃない! やってくれたわね………。」


 ミナトとセラは突然の状況に理解が追いつかない。道で行き倒れていた貴族然とした幼女が起きたかと思えば突然すごい剣幕で質問攻めにされた挙句、当の本人はベッドの上で頭を抱えているのだ。誰もが同じ現場に立ち会えば理解できないであろう。


「えっと……。どうしたんだ? そんなに慌てて。」


「私は魔王よ! 口の利き方を弁えなさい!! 」


「これは失礼しました、魔王様。では魔王城から来られたので? 」


 ミナトは自ら魔王と名乗ったヴィルに乗っかって応対する。それを見てセラは完全に固まってしまった。突然現れた自称魔王と何の疑いもなくそれを信じる仲間。理解出来ないのも無理はない。


「来たというか何というか……。端的に言うとクーデターが起きてここに飛ばされたのよ。地位も何もかも奪われてね。」


 ヴィルはあまりにも魔王らしくない。見た目もそうだが、こんなにテンションの高い魔王がいるのだろうか。率直に言うならば、怖さをどこにも見出せない。


「クーデター? どこでそんな言葉を知ったのですか…? 」


 セラがようやく会話に戻ってきた。自分の中でなんとか整理を付けられたらしい。だがそんなセラにヴィルは信じられない言葉を投げかけた。


「? 私はこんな見た目だけど今年で286よ? 」


「ヴィルちゃ…いやヴィルさんは286歳なのですか…? 」


 セラはミナトがヴィルの発言を信じ切っていると思っている。だが実際はセラの方がヴィルの発言を間に受けていて先程から固まったり驚いたりと忙しい。


「そんなとこまで凝った設定なの……? 」


 そんなセラとは対照的にミナトは完全に子供のごっこ遊びだと思っている様子である。


「設定!? だから私は本当に魔王だって━━━


「でもこんなキャラ居なかったよな…。」


 ミナトはやはり『ドミネーション』との関係が気になっていた。『ドミネーション』にはこんな魔王を自称するキャラもいなければ、そもそも魔王なる者が存在していない。大ボスは出てきても年に数回ほど。敵キャラはプレイヤーと間違えない様に名前が付いていないのが普通で、そうする事でプレイヤー間のトラブルを防いでいた。


 だが自らを魔王と称するヴィルはその慣習を破っている。この世界はやはり『ドミネーション』の世界ではないのだろうか。


「? 私はここにいるじゃない。なら力を見せてあげるわ! どこかに手頃な叛逆者とかいたりしないの? 」


「反逆者はいないと思いますが……。ちょうど今からお昼ごはんを食べてクエストに行こうとしていた所だったんです。」


 セラはヴィルを連れて行くつもりらしい。ミナトは心配になりセラに耳打ちする。


「……大丈夫なのか? 」


「大丈夫です。これから行くクエストは簡単な物ですし、いざとなれば私が。」


 頼もしい限りである。私が、という事はミナトが戦力にならなくても大丈夫だという事だ。ミナトは生まれて初めての実戦である。そもそもそういうクエストを選ぶつもりだったのだろう。


「分かった。マジでやばくなったら俺よりもヴィルを優先してくれ。普通の子供の可能性もあるし……。」


 ミナトは最悪の状況に陥った際には自分を見捨てる様に言った。元よりミナトは飛ばされた理由も分からずにここへ飛ばされて来た。最期に子供を救って死ぬならそちらの方がマシである。


「何をコソコソ話してるの? さ、行くわよ。」


 そう言うとヴィルは部屋の扉を開けて歩き出す。歩き出すが……。


「どこでお昼食べるの? 」


「分かってないのにそんなに堂々と歩き出せるか普通……!? 」


「うるさいわね。さっさと案内しなさい! 」


 ミナトが的確なツッコミを入れるとヴィルが赤面する。この様子だと本当に後先考えずに出て行ったらしい。こんな所を見ていると極々普通の子供の様に見える。本当に魔王なのだろうか。


「はいはい分かりましたよ、魔王様。あーいや、元魔王様か。」


「誰が元よ! ……ってそうだったわね……。」


「マスター、今のは…………。」


 ミナトの言葉はヴィルの心に深々と刺さったらしい。ヴィルがかなり凹んでいる様子を見てさすがに見かねたのか、珍しくセラが注意する。


「いや悪かった。でもこんな様子じゃ本格的に分からなくなって来たな…。」


 元魔王と言われてその事実を受け止めつつも、ここまで凹むヴィルの姿を見てさすがのミナトもただの子供のごっこ遊びだとは考えられなくなって来た。ここまで一貫した演技をただの子供が貫き通せるとは思えない。


「この話はまた後でしましょう? アンタ達と話してたらお腹空いて来たわ…。」


「そうですね! まずは食事にしましょうか。」


「今度は飛び出さない様にな。」


「分かってるわよ! 」


 こうしてミナト達は自称元魔王であるヴィルを加え、ギルド内の食堂へ向かう事になった。

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