第2話 打ち砕かれた幻想

「おはようございます、マスター! 」


「おはよう。」


 あれから一夜が明け、2人はセラの部屋に集まっていた。こちらもミナトの部屋と同じで机と椅子、ベッドが1つずつ置かれている簡素な作りの部屋だ。壁際にはミナトの部屋にはない弓が立て掛けられていた。という事はこれがセラの弓ということだろうか。


「とりあえず改めて自己紹介でもするか。俺は田中ミナト。絶賛無一文の大学生。部屋のドア開けたらここに召喚されて何がなんだか分かってない。 」


「私はセラと言います。セラさん、などと他人行儀な呼び方ではなくセラとお呼び下さい。見ての通り種族はエルフです。使う物は弓と魔法を主に。これからよろしくお願いしますね。」


 改めてミナトの自己紹介をするともう致命的である。何せ気付いたらここに召喚されていた上に無一文。セラに出会っていなければあのまま行き倒れていただろう。


「こっちこそよろしくな。ところで昨日から気になってたんだがなんで俺の事マスターって呼ぶんだ? 」


「それはですね、女神様のお告げに特定の人物が登場するとその方をマスターと呼ぶ慣習があるのです。」


「そんな設定あったっけ...? 」


 ミナトは自分の記憶を漁るが『ドミネーション』にそんな設定があったようには思えない。ゲームの世界と酷似した建物に一致した街の名前。しかしここは何故かミナトの知っている世界とは違っていた。それの最たる例は人と魔物以外の存在だ。


 たまたま街の名前が一緒だっただけかもしれないが、そうではないとミナトの直感が告げていた。


「...まぁとりあえずはいいか。質問ばっかりで悪いんだけど俺は次に何すればいい? 」


「まずはギルドに行って冒険者としての登録を。その後に鍛冶屋さんでマスターの装備も見繕ってもらいましょう! 」


「ならとりあえずギルドだな。でも俺みたいな職業も住所も不定の人間でも審査とか通るの…? 選考落ちとかでそもそも魔王討伐どころじゃなくなる、みたいな事になったりしない…? 」


 『ドミネーション』では登録などはなかったが、これはゲームシステム上ゲームを買う=登録完了という事なのだろう。


「審査なんてものはありませんし、登録自体は簡単なものですから大丈夫ですよ! 」


 審査がないならミナトでもどうにかなるだろう。早く登録して金を稼がないと、とミナトは焦っていた。今日の宿代はセラに持ってもらったが、いつまでもセラの厚意に甘えている訳にはいかない。


 2人が宿を出て少し歩くとすぐにギルドへ辿り着いた。円形の3階建て。ドーム型の屋根やミナトよりもかなり大きい扉、吹き抜けになった中央ロビー。どこを見てもここは紛れもなく『ドミネーション』の中のギルドだった。ここまで一緒であれば偶然の一致という可能性は低い。


「登録って2階の窓口でやったりする? 」


「...…! マスターはここへ来るのは来た事があるのですか...? 」


「まぁそんなとこだ。」


 セラはこの街の名前も魔法も知らなかったミナトがギルドの構造を知っている事に驚く。ミナトの予想通り受付は2階らしい。だがギルドの中を歩いているのは人だけではなかった。少数だが猫耳の生えている者や、セラのようなエルフも混ざっている。


「昼間はセラもフード被らないんだな。」


「他種族が嫌いな者達は夜に活動しますから、昼間は比較的安全なんですよ。」


「そうなんだな。皆で仲良くやっていけば良いのに。」


 ミナト達がそんな会話をしていると、受付係の人がカウンターの奥から出てきた。


「ご用件は何でしょうか? 」


「冒険者登録がしたいんだけど……。」


「かしこまりました。ではこちらにサインを。」


 ミナトは特に書類に目を通す事もなくサインをする。昨日の夜セラに騙されているのではないか、などと疑り深く考えていた者とは思えない。


「はい! では登録完了です♪ 」


「え? これで終わり? 」


「はい。この登録は街が有事の際に迅速に戦力を集める為に行なっています! どれだけの戦力を防衛戦に集められるかはすごく重要なのです。」


「防衛戦! 懐かしいなぁ…。この街はガーゴイルだったっけ。」


「はい! 襲撃があれば鐘が鳴りますので奮ってご参加ください! 」


 防衛戦とは始まりの街スタシアで定期的に発生したイベントの事だ。内容はガーゴイルという魔族を撃退するだけ。簡単な割に報酬金が初期に出来るクエストの中では高い金額を得られるのでミナトも随分とお世話になった。


 セラは近くのベンチで待ってくれていた。腰程まで伸びた銀髪は吹き抜けの天井から入る光によって照らされ、キラキラと輝いている。どこから見ても絵になりそうである。ミナトはベンチに座っているセラに見惚れていた。


 「ただいま。」


「おかえりなさい! 冒険者登録は済みましたか? 」


「あぁ。めちゃくちゃ簡単…っていうかあれ名前書いただけなんだけど…!? 」


「どこもあれくらいの簡易的な物がほとんどです。ともあれ登録が済んだのなら次は鍛冶屋さんですね! 」


「武器かぁ……両手剣とか使うかな。」


 ミナトが『ドミネーション』の中で常に使っていた武器は自分の背丈ほどある両手剣だった。ゲームの中で慣れた武器ならば他の物よりは扱いやすいかもしれない。


「私が弓ですのでマスターが両手剣なら丁度良いかもしれませんね…! 」


「ならその辺りの武器から見繕ってもらうか! 」


 武器の方向性が決まった所で俺達は歩き出した。通りを見回していると、時々セラのような耳を持ったエルフや獣の尻尾や耳を持った獣人なども見かける。


「ここにはいろんな種族がいるんだなぁ。」


「そうですね。人族の皆さんはほとんどの人達が私達の様な他種族にも寛容なので助かります。世界には一切の干渉を許さない種族もいるそうですから…。」


 一切の干渉を許さないとはまた極端だが、セラの言い方を聞いていると基本的にはどの種族も程度の違いはあれ、他種族には不寛容であるらしい。


「人は助け合ってかないとと生きてけないからなぁ。1人が何でもこなすなんて無理だしな。」


「それは本来どの種族も同じはずなのですが……。どうしてこうも争い合うのでしょうか。魔族ですら魔族同士では争わないというのに…。」


「まぁ色々あるんだろうな。さすがに一切受け付けないってのは行き過ぎだと思うけど。」


「そうですね…。あ、見えて来ましたよ。」


 セラが指差した方向には大きな煙突の付いた鍛冶屋があった。店先には多種多様な武器が立ち並んでいる。ミナト達が探していた様な大振りの両手剣や片手剣から、店には収まり切らずに外に立て掛けられている長槍などもある。


「色々ありますね……。」


「いらっしゃい! ………見た所兄ちゃんの方は何にも装備してないみたいだが、ここには大抵の物は揃ってる。まぁ適当に見て行ってくれや。」


 2人が店に辿り着くと上裸の大男が店の中から出てきた。男は上半身に何も着ていないのにも関わらず、滝の様な汗を流している。男の様子を見る限り鍛冶屋の中はかなり暑いらしい。


「いい感じの両手剣を見繕って欲しいんだけど………………。」


「ならツヴァイハンダーなんてどうだ? 」


 『ドミネーション』の世界にはミナト達の世界に実在した武器がそのまま登場していた。勿論魔法や、それに起因する素材はその限りではないのだが。このツヴァイハンダーという武器もその一つで、現在のドイツにあたる地域で使われていた両手剣だ。


 鍛冶屋が持ってきた剣はミナトの背丈程の長さがあった。ミナトは現代日本人男性の平均身長より少し高いぐらいだから刀剣にしてはかなり長い。


「こいつは刀身に刃付けされてない部分があってな。ここを持てば槍みたいに使えたりもする。後ちょっとばかし不恰好だが、扱い切れないならその部分を持ちゃあいい。」


「ありがとな、おっさん! ……………って重っ!? 」


 剣を勢い良く持ち上げると、思っていたよりもかなり重い事に気がつく。持ち方でどうこう出来るレベルの問題ではない。この様子では到底扱うのは不可能だろう。


「これは無理だな。もうちょっと短いのとかってあったりする? 」


「これ以上短いと両手で扱うには短過ぎるなァ。これ以上短くすると両手で扱う意味がなくなっちまう。それなら無理に両手剣なんて持たずに、片手剣に盾を持った方が戦いやすいと思うぜ。」


 鍛冶屋の言う事は至極妥当である。両手剣は防御を捨てて攻撃に特化した形の剣だ。下手に短くすれば片手で扱うには長すぎ、両手で扱っても威力が出ないという最悪の武器が誕生してしまう。ミナトもそれは理解したのか片手剣と盾を持とうとするが……。


「………重っ!? なんならこれさっきのより重くないか!? 」


「重さが両手に分散していけると思ったんだが…。これでも無理ならワンドとかはどうだ? 剣がダメなら魔法使いになるって手もあるだろ。」


「魔法! 俺も一度でいいから何かの魔法打ってみたかったんだ……。いい杖とかないか? 」


「その前に魔力を測らねェとな。このオリハルコンの球に手ェかざしな。」


 そう言うと鍛冶屋の男は店の奥に置いてあったテニスボール程の球を持ってきた。これで魔力が分かるのだろうか。


「ここで俺の才能が開花したりするのか!? ………………何にも変わらないんだが。」


「こりゃスゲェぜ。何にも変わらねぇってことは魔力が全くないって事だ! むしろ珍しいぜこんなの!! 」


 そう言いながらも男は大笑いしている。鍛冶屋が客相手に大笑いする程には魔力0というのは珍しいようだ。


「そんな……。なら俺はどうすりゃいいんだ……? 」


 ミナトは途方に暮れる。密かにチート能力を期待していたのだが、見事に幻想は打ち破られた。それもそのはず、何の訓練もしていない現代日本の一大学生がこんな鉄の塊の様な物を軽々と持てる訳がないのだ。そんな事が簡単に出来るのはアニメや漫画の世界だけ。現実とは非情な物である。


「ならこのククリナイフなんてどうだ。戦う事も出来るが、こいつの本質は『なんでもできる』ってトコにあってな。こいつ一本ありゃ大抵の事はカタがつく。どうも兄ちゃんは正面戦闘、ってワケにはいかなさそうだからなァ…。」


「そうか……。」


 ミナトは正論を突き付けられて落胆する。だがこれ以外に選択肢はなさそうである。


「まァ仕方ねェさ。これもかなり切れ味の良い武器だからな。何するにも困りゃしねェよ! 」


「では代金はこちらでお願いします。」


「なんだ嬢ちゃんの方が払うのか? まァ良い。兄ちゃんも嬢ちゃんもせいぜい頑張れや! 」


 男はセラの方が代金を支払う事に少々驚きを見せたが、代金が袋にしっかりと入っている事を確認すると2人を見送ってくれた。


「俺にはチート能力なしか………。薄々勘付いてたけどここまでとは…。」


「大丈夫ですよ、マスター。魔法も遠距離も私がカバーしますから! そんなに落ち込まないで下さい。」


 両手剣を使いたい、などと言っておいてこの有り様な上、チート能力などという物は片鱗すらも現れなかった。挙句の果てにはセラに慰められ、側から見ても今のミナトはかなり惨めである。


「今の俺にはそのセリフが1番刺さる………。」


 パーティーの片方はナイフしか持てない程非力であり、しかも魔力は0。さらに無能力。片や弓が使え、魔法も出来るとはこれ如何に。セラが優秀であればある程ミナトはどんどん惨めさが増してゆく。 


「何か気に障ってしまいましたか……? 」


「いやセラは悪くないんだ………。」


 むしろセラが優し過ぎる事が今回ミナトがダメージを負っている原因なのである。こればかりはどうしようもない。


「一度お昼にしましょう! そうしてお昼を食べたら1度クエストに出て見ませんか? 」


「確かにもうそんな時間か。昼飯食べたらクエストも行こう。流石に自分の生活費ぐらいは稼がないとだしな。」 


 もう日が高く登っている。辺りの店は徐々に開き始めている。食事にはぴったりの時間かもしれない。


「お金の事なら構いませんよ。旅に出るとなると野宿が続きますし…。これからは使える場面が少ないでしょうから。」


 セラはそう言ってくれるが、このままではセラの厚意に甘え続けている自分にミナトの心が耐えられない。異世界に来てまでヒモというのはさすがに良心が痛むというもの。


「いやさすがにそんな訳にはいかないって。今でさえ武器代も何もかも出して貰ってるのに……。」


「マスターは優しいのですね。」


「いやこれが普通の感覚だと思うぞ…? 」


 2人は談笑しながら大通りを歩いてゆく。

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