他人任せな転生者〜魔王を討伐するはずだったのですが転生初日で魔王様が仲間になりました〜
九蓮
始まりの街 スタシア
第1話 神託
「ランキングは最後まで俺が1位だったな。」
パソコンの光だけが灯る暗い部屋で男はそう呟いた。
田中
『ドミネーション』は、魔法と武器とを使って魔王軍と戦う、というRPGだったのだが、今日午前4:00をもって終了した。
「仕方ないとはいえやっぱり寂しいよなぁ....。」
ミナトの発言には寂しさの中に諦めが滲んでいた。何事も終わらないものはない。仕方ないと思う反面、やはり諦め切れないのが人間というもの。
だがミナトには昔を想う暇はなかった。彼は『ドミネーション』をやる為に授業をサボり続けていた。あまりにも欠席が続いた為、明日の1限の授業に出席していなければ留年してしまうのだ。
運悪くそんな日に自身が落第した原因であるゲームのサービス終了日が重なっていた。
今度の留年だけは何としてでも避けたい。ゲームのやり過ぎで留年しそうだ、などとは口が滑っても両親には言えない。
「明日の1限は絶対に出ないと。」
そう言いながらミナトは寝室へ向かう。早く寝ないとほんとに間に合わない、と思っていた矢先だった。
「...............................................................................後は宜しくね。」
「は? 」
ミナトの耳に誰かの声入ってくる。ミナトは大学の近くで1人暮らしだ。間違ってもこの時間に他人の声が聞こえる事はない。単に聞き間違えただけだったのだろうか。
ミナトは寝室の扉を開けようとする。だがその瞬間、目の前にあったはずの扉は消え去り、代わりに石壁が目の前に現れた。
「なんだここ!? 」
ミナトは驚きの声を上げる。夢でも見ているのかと思い、壁に頭をぶつけてみる。鈍い音がした上に、石の壁にぶつけたのでミナトの額からは血が流れ落ちた。この様子を見るにどうも夢ではなさそうである。
「めちゃくちゃ痛い。夢じゃないのか....? 」
「貴方は....? 」
「うわぁっ!? 」
ミナトは素っ頓狂な声を上げる。声をかけてきた相手は真っ黒なローブを身にまとい、フードを深く被っていた。顔は確認出来ないが、身長から見て女だろうか。
「俺は田中ミナト。部屋のドア開けようとしたらこんな所に出てめちゃくちゃ困ってる。」
「私はセラといいます。女神様のお告げを聞いてここへ来たのですが....。」
セラと名乗った女性は深く被っていたフードを少し上げて顔を見せる。すると控えめに言ってもあまりに整った顔立ちとサファイアの様な碧眼が現れる。
セラと名乗った銀髪の少女は訝し気にミナトを見ているが──
「───── 」
ミナトには刺激が強すぎたらしく、視線の意図には気付く事もなくセラの瞳を見つめ返している。
「変質者の方ですか....? 」
「いや別に変な事はしてないと思うんだけど!? 」
実際にはミナトがセラの事をジロジロ見ているという点で立派な変質者なのだが。
「ふふ、冗談です。貴方がマスターですね? まずはその出血を止めましょうか。少し失礼しますね。ヒール! 」
セラがそう唱えるとミナトの額からは出血が止まり、傷は跡形もなく消えている。
「なんだこれ。痛くない? 」
「これは魔法と呼ばれるものです。まさか本当に魔法を知らないなんて....。 」
「さっきから気になってたんだが、なんでセラさんは俺の事知ってるの? 」
「私は『数日後にある男をこの路地に召喚する。その者と共に魔王を倒せ』という女神様のお告げを聞いてここに来たからです。」
セラは女神様のお告げを聞いてミナトを迎えに来たらしい。という事はセラは召喚者ではないという事か。だがそんな事よりも──
「そんな情報だけで良く分かったな!? 」
「それは....はい。なんとなく。ですがマスターをお見かけした時には確信がありましたよ。」
この世界の女神様はかなり大雑把らしい。よくもまぁそんな指示でミナトに出会えたものだ。
「そりゃまた。なんで? 」
「この辺りでは黒髪の方はかなり珍しいですから。後は直感です! 」
セラもなかなかに度胸がある。これで人違いだったらどうするつもりだったのだろうか。
「にしても魔王討伐か....。」
魔王討伐。異世界転移に魔王討伐とくれば、主人公にはチート能力が与えられる、というのがお決まりである。アニメでは様々なチートを見てきた。ミナト自身には一体どんな能力が与えられるのか。
「なら俺チート能力とか持ってたりするのか? それともこれから決める感じ? 」
「チート? という物が何かは分かりませんが….。これから決める事は武器ぐらいでしょうか。」
「そんな....。」
ミナトのテンションは一気に下がる。異世界転移といえばチート能力を持っているのが鉄板だと思っていたが、それらしきものは見当たらない。
ここに召喚したのはセラではないのだ。現状で大きな変化がないのであれば、そんな物はないと考えるべきだろう。
「もう夜も遅くなってきましたし、一度休みましょうか。」
「そんな事言われても俺は無一文なんだけど....。」
「大丈夫ですよ。私が泊まっている宿がありますから。今夜はそこで休みましょう。」
「どうしてまたフードを? 」
「最近他種族の者を襲う集団がいるらしいのです。かなり強いらしく、冒険者ですら敵わなかったという情報もありますから用心するに越した事はありませんので! 」
そう言うとセラは踵を返し、薄暗い路地を進んで行く。最初にセラが出てきた角を曲がるとすぐに大通りに出た。夜なのにも関わらず、店の明かりはどこも灯っていて多くの客で賑わっている。
「一本違うだけでこんなにも違うんだな。」
そう言いながら辺りを見回していたミナトだったが、ふと見た広場の中央にはどこかで見たような形をした噴水があった。その周りには屋台が並び、夜だというのに大勢の人だかりができている。
「ここはスタシアのメイン通りです。ここではなんでも揃うので活気がありますが、街全体をみれば先程の様な寂れてしまった場所の方が多いんです。つい最近まではあのような路地も賑わっていたのですが....。」
セラは少し寂しげな顔を見せる。通ってきた路地はつい最近まで賑わっていたとは到底思えなかった。時間帯が夜だという事以外にも何か原因があるのかもしれないが
「スタシア? スタシアってこの街の名前? 」
「はい。ここはスタシアと呼ばれる街です。女神様がこの街を最初に作ったという逸話が残っている街で、始まりの街とも言われています。」
ミナトには先程から広場の噴水もそうだが、見覚えのある建造物がいくらか目に入っていた。しかしセラに始まりの街と言われた事で確信した。
始まりの街スタシアとは、オンラインMMO『ドミネーション』における全プレイヤーの初期スタート地点である。
要はミナトは『ドミネーション』の中の世界に召喚されてしまったという事だ。
「これが俺のチート能力....!? 」
「どうかされたのですか? 」
「いやなんでもない。けどこれからは俺がいるから安心してくれ。」
ミナトは自分が現在無一文で先程まで何も分からないという態度から一転、やり込んだゲームの中であると気付いた瞬間にこの変わり様だ。突然こんな事を言われたセラは少し困惑している。
「───ともかくこれからはよろしくお願いしますね! マスター! 」
「あぁ! よろしくな。」
そんな事を言っていると宿に着いたらしい。ここが宿屋だという事もミナトはすぐに理解できた。セラが店主から2人分の部屋の鍵を貰ってくる。
「これがマスターの部屋の鍵です。それではまた明日。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
部屋に入ると、ベッドと簡素な机、椅子が一脚置かれていた。本当に最低限で、寝る為の部屋といったところか。だが個室であるだけ有り難いのかもしれない。
「案外悪くないな。」
だがミナトには1つ疑念があった。『ドミネーション』の世界には
──この世界の正体が判明するまでは、俺が異世界人という事は黙っていた方が良いかもしれない。セラが俺を騙している可能性もある。何かあった時に異世界人というよりもこの世界の人間だった方が都合が良いしな。──
ミナトはこんな事も考えていた。とりあえずは自分が異世界から来たという事は黙っておく方が良いという事になったらしい。セラの正体がどうであろうが、波風は立てない方に越した事はない。ここがどんな世界かまだ分からないからだ。
街の名前は同じ。大通りにあった建物や噴水、この宿でさえもゲームの中のものに酷似している。だが果たしてここは本当に『ドミネーション』の世界なのだろうか。
そんな事を考えながらミナトは眠りに落ちた。
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