第5話

「リュカ、仕事だ」


 ロマンが地下室の扉を開けてリュカに声をかけた。


「早く準備して上がってこい」


 そう言ってロマンはタオルをリュカに投げて早々と部屋を出ていった。


「外に出る話かもしれない!シャルナン、楽しみにしてろよ」


 リュカは嬉しそうにシャワー室へ向かった。

 リュカは外に出るのが楽しみなんだ。楽しいことがたくさんあると言っていた。

 リュカはそうなんだろうけど、僕はアリストフがいないなら楽しいことなんて何も無いんだ。

 それなら僕は、一生この地下室で体を売っている生活で構わない。






 90分がどれくらいなのか僕たちにはわからないが、リュカが部屋を出たのは朝食の後だ。

 晩ご飯の時間になっても帰って来ないリュカに、僕たちは不安になった。


「ねぇロマン、リュカが帰って来ないんだけど」


「気にするな」


 ロマンが怒っていないということは、脱走した訳じゃないのはわかる。

 もしかして、仕事の後そのまま外に出られることになったのかな?

 それならリュカは幸せなんだろう。

 僕は、もしそう言われたら断ろう。

 アリストフがいないなら外に出ても意味が無いのでって。









 しばらくして、僕はリュカが言った通り声が低くなった。

 急に低くなったわけじゃなく徐々にだけど、気づいた時には喉の違和感とかガラガラ声がなくなっていた。

 ロマンほど低く男らしい声ではなかったけど。

 これで僕は外に出られるのか。

 正直、外への憧れがないわけではない。

 お月様の明かり、土の感触、澄んだ空気。

 でも、アリストフと過ごした地下室を離れるのは、アリストフとの思い出も捨てることになる。

 アリストフ、僕はこれからどうやって生きていけばいいの?


「シャルナン、仕事だ」


 アリストフとの思い出に浸っていたのに、最悪の声掛けが来てしまった。

 渡されたバスタオルを持ってシャワー室に向かった。

 こんな仕事は本当に嫌だ。嫌だ…でも…。


 シャワー室から出て地上への階段を登ると、ロマンが立っていた。


「こっちだ」


 いつも客をとる部屋とは真逆の、普段入ったことも無い奥の部屋。

 地上の部屋なのにやたらと薄暗い。

 部屋に入ると、ロマンが内側かは鍵をかけた。

 え?まさかロマンと?


「シャルナン、お前声変わりしたな」


 戸惑っているとロマンが突然聞いてきた。


「う、うん。大人になった証拠だってリュカが言ってた」


「そうか、リュカがか」


 リュカという言葉を聞いて、なぜかロマンは薄く笑った。


「リュカもうまいこと言うな。そうだな、声変わりが大人になった証だと俺達はみている」


 俺たち?


「お前は物分りのいい大人しいいい子だから鎮静剤など必要ないだろう」


「ち、鎮静剤?」


 なんの話しだ?鎮静剤?


「俺にも情けってのがあるからな、最期ににちゃんと説明するようにしてんだよ。あのなシャルナン、ここは何の仕事をする所かわかってるか?」


「なんの仕事…気持ち悪くて言いたくないよ」


「そうだよな。俺も気持ち悪いよ。でもな、ここに来る老若男女達は少年と性的な行為がしたいんだ。気持ち悪いよな、『少年と』だ」


 少年の所がやたらと強調した話し方だ。

 そうだ、僕は声変わりをして大人になった。

 少年ではなくなったのだろう。

 つまり。


「つまり、シャルナン。お前はもうここで仕事することはできない」


「外に、出るんですか…?」


 僕の答えを聞いて、ロマンが珍しく声を上げて笑った。


「外に?!お前たちみたいな地下室で暮らして変態に体を売る仕事しかしたことない奴らが外で何ができるっていうんだ!外には出られないよ、一生」


「一生…?」


「悲しいか?仕方ない、自分の運命を恨め。来世は豊かな家に産まれますようにって願うしかないな」


「悲しくなんかないよ」


「は?お前アリストフが死んで変になっちまったのか?アリストフ、あいつは顔も体格もいいから稼ぎ頭になると思ってたのにな。まぁいい。シャルナン、ここで働けなくなってもお前たちには金を稼いでもらわなきゃいけない。リュカもそうしたんだ」


 そう言ってロマンは椅子から立ち上がり、鍵を開けた。

 外から白衣を着たメガネのおじさんが2人入ってきた。


「お医者さん…?」


「健康状態も良さそうですね」


「当たり前だ。俺が3食栄養バランス考えてるんだからな」


「今回依頼がきているのは心臓なんですが、全て出しますか?」


「当たり前だ。金になるもん全部出して金にするんだよっ。大丈夫だシャルナン。寝てたらぜーんぶ終わるから」


 ロマンはそう言って、脇にあったベッドに僕を寝かせた。

 その横でお医者さんが注射の準備をしている。


「ロマン、僕、死ぬの?」


 ロマンは答えなかった。


「ここで死ぬのか、よかった…」


「よかった?」


 気持ち悪いものを見るような目でロマンが僕を見る。

 その瞬間、右腕に刺すような痛みがした。

 と、共に徐々に視界がぼやけてロマンが見えなくなる。

 よかった、僕は死ぬんだ。死んでアリストフの所にいけるってことなんだね。


「アリストフ……」


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