ハッピーバースデー 大人
仲仁へび(旧:離久)
第1話
人は実感がほしい生き物なんだと思う。
だから、人生の節目・節目に何かと理由をつけて大騒ぎする。
式に出席したり、記念写真をとったりして、そうするのは。
歳に見合う自分になったと実感したいんじゃないだろうか。
でも、やっても実感できない奴もいるわけで。
俺なんかはきっとそう。
お酒を買える歳になった。
だからどんなもんかなと思い立った俺は、スーパーに行って、レジに持っていった。
外でそのままってのは怖いから、家の中まで持ち帰って、家族と乾杯。
人生の先輩達に囲まれて、これからの事とこれまでの事をたくさん話し合った。
いつもと変わらないけれど、お酒の影響なのかいつもよりかは饒舌。
同年代の子達がどうとか、有名な会社の求人がどうとか、あそこのアルバイトは仕事がきついだのとか。
飲みなれないアルコールは、なんだか人間が口にするものに思えなくて、何度か途中でおえっときたけど、根性でこらえた。
「あんた、のみすぎじゃない?」
「まあまあ、良いじゃないか母さん、明日は休みなんだから」
親父とおふくろがあれこれ言ってくるのを耳にいれながら部屋に戻る。
ふらふら視界がゆれて、足取りがふわふわ。
途中で廊下の壁に頭をぶつけて、穴あけないでと親父だかおふくろだかに、注意された。
実感わかないな。
何か変化があるって時、実感わくタイプと実感わかないタイプがいるけれど、俺はどうやら後者だったらしい。
だったら、形から入ってみるかってなっても、結果はこう。
どうにも大人って感じにはならない。
大人になるってどんな時から、そうなるんだ?
明確に分かるもんなのか?
ある日突然変わったりするもんなのか?
俺の体はもう、一般の区分的には大人で、今はもう家にはいない人生の先輩である姉貴なんかも、大人になった時には「これぞ大人」みたいな体つきになってたけど、そういうのを経たら大人になったって言えるのか?
分っかんねぇ。
ベッドにごろり、ところがった。
服も脱がず。
だらしない。
大人だったらもっときちんとするんだろうか。
部屋の明かりもつけてないから、ベッドまで来るときに、足元で何か蹴り飛ばしてしまった。
大事な物だったりしたらどうしよう。
まあ、いいか、そのうち確認すれば。
だらだら、ぼんやりした思考にまかせてとりとめのない事を考え続ける。
うだうたしてたら、子供の時の誕生日の事を思い出していた。
「ハッピーバースデー! お誕生日おめでとう」
「ハッピーバースデー! おめでとう」
今よりうんと見るからに子供だった俺が、親父とおふくろに囲まれて笑い声をあげる。
俺はたぶんケーキを前にして、目をかがやかせているんだろう。
俺を見つめる親父とおふくろの顔は凄く優しかった。
「これで一歩大人に近づいたね」
「大人になったら、どんな人間になるんだろうな」
どんななんて、そんな大層な
思い立った俺は部屋の電気つけて、アルバムを探し出した。
両親手製のアルバムだ。
凝り性な二人は、ビデオもちゃんと撮ってある。
そっちはリビングのテレビ台の中に、きちんとナンバリングして保存されていた。
でも、ふらふらの体でそっちまで行くのはめんどい。
だからこちらで妥協だ。
写真の主人公は、ページをさかのぼっていくとどんどんガキになっていく。
写真を見ていくと、その時の思い出も一緒に蘇ってきた。
「テストで百点。それも二つも! すごいじゃない。今日は好きなおかずにしてあげるわ。お父さんにもメールで知らせておかなくちゃ。写真とっておこうかな」
「自転車乗れたね! これでもうお友達と一緒に出掛けられるようになるよ」
「良かったな。これで、今までよりうんと遠くまでいけるようになるんだぞ」
「初めてのお遊戯会、大失敗しちゃったねぇ」
「そんなに泣くなよ、男だろ。ほら、頑張ったご褒美に玩具かってやるから」
どれも特別なもんじゃない。
ありふれた日常の思い出だ。
子供の俺に向けられたもの。
これがあんまり変わらないから、実感にかけるのかもしれないな。
親父もおふくろも未だに、忘れ物がどうとか、約束がどうなったとか口出ししてくるし。
アルバムの一番最初の方までたどりついた。
一歳の俺。
産まれたばかりの俺がベッドの上で眠っている。
あどけない顔で、世界の事なんて何にも知らなさそうな、のんきな寝姿をしていた。
思い浮かぶ光景は、本当にその時のものだろうか。
だって、覚えてるわけがない。
お酒で混乱してる可能性がありそうだ。
「誕生日のお祝いはね。ここまで生きいててくれてありがとうって感謝するために行うの。成長したねっていうお祝いでもあるけど」
「おいおい。そんな事、この子に言ったって理解できないと思うぞ」
「そんな事ないわよ。たくさん気持ちをこめてお喋りしてあげれば、きっとすくすくいい子に育ってくれるんだから」
「そうかな。ちょっとずれてるような気もするけど。君がそういうなら俺も何か話そうかな」
変わってほしくてお祝いしてるわけでも、成長した事を実感してほしくて祝っているわけでもない。
ただ俺の誕生日は、生きてる事を嬉しく思ってくれている、そんなものだった、のかな?
アルバムを閉じた俺は、誕生日祝いに買ってもらった服を着替えて、さっき蹴飛ばした、子供のころに飼ってもらった図鑑を棚にしまった。
知れたからって、別に何が変わるわけでもないけどさ。
立派な大人になろうって思うようになるわけでもないけどさ。
でも、大人になるまで生きてきてよかったっている実感はわいたかもしれない。
ハッピーバースデー、大人になった俺。
でも今日だけは、生きてておめでとう、にしておこう。
大人になった実感はまだ得られないけど、ここまで生きてきた実感は得られた気がするよ。
ハッピーバースデー 大人 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます