EP7「ヒットマンが、来る!」①

 サラマンダーズ・ギルドの隊員たちが泊まるホテル・サテッリテは、朝から慌ただしい空気に包まれていた。アントニオの部屋に珍しく取り乱した様子のライオネルが入ってくる。


「おい、アントニオッ!! ハマルが行方不明ってのはどーいうことだ!? 一体何があった!!」


「落ち着きなよ、リーダー。昨日の夜、街に出たきり……朝になっても帰らなかったってだけさ。ただ、これは……思いの外、ヤバイ状況かもしれないねえ」


「ヤバイ……状況?」


「深夜、ハマルから連絡がきていたみたいでねえ。君にも内容を聞いてほしい。少し耳を疑ったよ」


 そう言ってアントニオが起動させた通信機からは多々良の荒い息遣いと声が聞

こえてくる。


「はあ……はあ……こちらハマル。緊急事態だ。街の中でヤツを……ヤツを見つけた。リカーだっ! リカーがこの街にいやがる!!」


 ライオネルは思わず身を乗り出した。


「なにっ……リカー……だと……?」


「あの裏切り者が俺の前に姿を現しやがったんだっ! 俺はこのままヤツを追跡

するぜ」


 通信はそこで終わっている。


「なんてこった。リカーのやつはゾディアックを裏切った重罪人だ。何故こんな所に現れやがった」


 裏切り者のリカー。ライオネルやアントニオ、そして多々良。サラマンダーズ・ギルドの隊員たちにとって、その名はあまりにも聞き馴染みのあるものであった。


「あいつはこの数年、俺たちの追跡を掻い潜ってる猛者だからねえ。わざわざこんな目立つところに来て、ハマルに姿を見せるようなヘマはしないはず……」


「何かの罠か? にしても、こんな時に……」


「この街で起きている一連のアストラ化事件に絡んでいたりしてね」


 ライオネルはうなずく。


「だとしたら相当厄介だぜ、こいつは……おい、ハマルのGPSを追うぞ」


「それが……」

「あ? なんだよ?」


 アントニオは浮かない顔で首を横に振る。


「途中で反応が途絶えたんだ」


「何……!? クソッ、無事でいろよ、ハマル……!」


 そして時間は数時間前に遡る。


 街中でかつての兄弟子、リカーの姿を見た多々良は反射的に彼を追っていた。


 リカーは牡羊座の先代アストロローグである『アレス』を斬り、ある日突然、姿をくらましたのである。師の仇であるリカーを前にハマルは冷静さを保ってはいられなかった。


「くっ……あのヤロー。どこに行きやがった!?」


 路地裏へと姿をくらました奴を追う。煉瓦でできた壁と壁。建物と建物。その隙間を縫うように敷かれた石畳の道を走っていく。


「許さねえ……俺はお前を許さねえぜ、リカーよぉ。裏切りとかそういう真似をよぉ、簡単に許すわけにはいかねえんだ、このハマルくんはよぉーっ!!」


 魄溶の柄にかけた手に力が入る。牡羊座のレコードを託してくれたアレスの顔がよぉ。今でも鮮明に蘇ってくるぜ。あの人がよぉ……どんな気持ちでお前に斬られたのか、俺はそいつを教えてやらなきゃあいけねえ……!


「どわっ!?」

「いやんっ」


 肩に強い衝撃。野太い声と一緒に誰かが派手に倒れた。


「いってて……わ、わりぃ」


 頭に血が上ってて、一般人を突き飛ばすなんて。アントニオがいたら「もうちょっと落ち着いたらどうだい?」って注意されてるところだ。


「俺、急いでて……大丈夫か、アンタ?」


 手を差し伸べると、倒れた男が強く握り返してくる。ずいぶん派手な髪色をした男だ。


「……ええ。ねえ、アンタ。例えばの話なんだけどお……お庭にお花が咲いているとするじゃない? それを誰かにあげようって思ったら、どんなお花から摘む?」


 いきなりの質問だ。俺にはその意味がさっぱり分からなかった。


「は? アンタ、何言ってんだ?」


「アタシだったら綺麗なお花から摘むわね。だって、人様にあげるんだもの。見てくれが良くて、綺麗なやつがいいわよねえ。そうに決まってるわ。あなただってそうするでしょ?」


「えと……俺、急いでるから……」


 これはヤバい奴っすね。見た目も虹色で極彩色の髪だし、髭の剃り跡もすごい。人を見た目で判断する訳じゃあないっすけど、こういうかまってちゃんを相手にしている暇は……。


「人間もおんなじだと思うのよ。見てくれが良くって、綺麗な子っているじゃない? きっと神様だってそういう子が好きだと思うのよね」


 視界の端にひらひらとしたものが舞う。


「ん、なんだこれ……花びら……?」


「アタシはこう思って生きてるの。美しい者から死ぬべき……そう、アンタみたいな奴から死ぬべきだってね! 《フォルナックス》!!」


 空中を舞っていた花びらが赤く膨れ上がり爆発した。


「なっ、ぐあああああああああっ!!」


 爆破の衝撃で地面を転がる。


「かはっ……花びらが……爆発した……?」


 鼓膜をやられたのか耳鳴りがひどい。血が耳や目から流れていくのを感じる。


「ふはははははっ!! いいわ……いい感じだわ。白い花に埋もれてとっても綺麗よ。まさに神様に捧げる生贄って感じ! ねえ、アンタって、牡羊座のアストロローグなんですってね。生贄にはぴったりじゃないの。確か神話でも牡羊座の羊さんは、最期、神様に生贄として捧げられちゃうんでしょ?」


「ど、どうして……俺が牡羊座のアストロローグだって……」


その時、路地の奥から馴染みのある声が聞こえた。


「そんなの、そこのデイジーカッターがリカの仲間で、リカたちの目的が、あなたの持っている牡羊座のレコードだからに決まってるじゃあないの」


「な……リカー……てめえ……!」


 姿を現したのは以前と変わらない兄弟子の姿。昔とおんなじで嫌味な流し目でこちらを見ていやがる。


「相変わらずのおバカさんね、ハマル。こんな路地裏にまでおびき寄せられてくるなんて。そんなだから、貴方、リカに勝てないのよ」


「どうしてだ……リカー……アンタどうして、あの時、アレスを斬った……?」


「あら……今、そんなことを聞くなんて、随分余裕なのね、ハマル。いいわ、リカがトドメを刺してあげる《エリダヌス》!」


 リカーのエリダヌスがくる。水を自在に操って刃や銃弾みてーに扱うあのアス

トラがものすごい速さで襲いかかってくる……!


「ぐっ……《アリエス》!」


 炎の刃を作り出して水の刃を防いだ。だけど上手く力が入らねー、視界がぐるぐると回っていやがる……さっきの爆破で耳の中がやられたみてーだ。


「フフッ、あの男から継承したチンケなアストラで、リカのアストラ……水を自在に操れるこの《エリダヌス》ちゃんと力比べしようっていうの? いい度胸ね」


「どらあああああああっ!!」


 渾身の力をこめてアリエスを発動させる。そいつをリカーのアストラにぶつけると、一瞬であたりが水蒸気に包まれる。


「やんっ、あっつう!!」

「なに、煙が……!」

「今の内に……!」


 水蒸気がたちこめる中、瞬時にその場を離脱する。正体不明のアストロローグとリカーの二人が相手じゃあさすがに分が悪すぎる。この場は逃げるしかなさそうっすねぇ……!


「待ちなっ、逃がさない!!《フォルナックス》!!」


「うあああああああああっ!! ぐはあっ!!」


 背中が灼ける。俺は派手に建物ごと吹き飛ばされた。それでも足を止める訳にはいかねえ。こいつらはマジで危険すぎる。


「くっ……ちょっと、瓦礫で道が塞がっちゃったじゃないの」


「やだあ、ごめんなさい。けど、アタシの《フォルナックス》が作る爆弾を浴びて、無事でいられるはずがないわ。きっとその辺に転がってるわよ」


「ふん、ゾディアック・レコードを手に入れるまでは、油断しないことね」


「アタシに上から物を言うんじゃあないわよ、リカー」

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