EP4「シルフィード探偵事務所」

繁華街に隣接したホテル・オルビタのスイートルーム。ヴィア・ラッテアにやってくる観光客でもごく一部しか宿泊することが許されない豪華客室の特大クイーンズベッドに遊星は思い切りダイブした。


「いやっほー、一番乗りー! うおおおっ、すっごい、コレすっごいイイっ!」

「遊星、自分の荷物くらい自分で荷物運んでよ。聞いてる?」


 流星が二人分の荷物を抱えて部屋へ入ってくる。


 双子の風斗遊星と風斗流星。もともとは黒髪なのだろう。一部を金髪に染め、薄いエメラルドのメッシュを毛先に入れている。青と金のオッドアイはおそらくカラコンと言うやつだ。


 袖がだぼつくぐらい大きめのパーカーを着た遊星がバタバタとベッドで跳ねている。流星はパーカーを腰に巻き付けて、けだるげに荷物を置いた。二人の容姿に大きな差異はない。髪型などに僅かな差はあるが、それは他人が区別しやすいようにあえてそうしているようにも見える。芸能界でデビューしたら二人ともかなり人気が出るんじゃあないかってビジュアルをしており、案の定ホテルのフロントを担当していたお姉さんたちはきゃっきゃっと騒いでいた。


「ねえねえ、流星。このベットやばいよ、超ふっかふかだよ! ニューヨークの事務所にある硬いソファとは大違い! はあ〜一度寝たらもう動けないかも」


「良かったね。って、ベット一個なの聞いてないんだけど」


「イイじゃん、一緒に寝ようよー」


「自分が寝相悪いの分かってないでしょ……というか、荷物多い。コレどこ置くの」


「もう、なになに、流星ってば。エンターテイメントの都、ヴィア・ラッテアに来たっていうのに、テンション低すぎーっ!」


「遊星のテンションが高いだけだよ。俺、いつも通りだし。時差ボケでちょっと怠いけど」


「えー、じゃあ流星にも、ボクの元気を分けてあげよう。はい、ぎゅーっ!」


 遊星が抱き着くと流星は身体をのけぞらせる。遊星と流星。そうして並んでいると二人の見分けはとても難しい。


「ちょっ、そう言うのやめてって。もう子供じゃないんだからさ」


「ええ〜っ、ボクらまだ子供だよ、キッズだよ。キッズだからあ……カジノで豪遊したくても入場を許されないんだよお。そんなのって、あんまりだーっ!」


「十八はもう大人だし、キッズじゃないし」


 流星がため息をこぼして何かを言おうとした時、ホテルの内部を点検していたルイとハロルドが合流した。


 ルイ=クロード・リベルテ。白のシングルスーツにベスト。ジャケットを肩から羽織って風を切る伊達男。辺りを包むような強いオーラとスーツの下からうっすらと浮き出ている筋肉は彼がただの伊達男ではないことを物語っている。


 ハロルド・ジョン・シム。長らく空位であった水瓶座のレコード継承者。シーグリーンの髪はくせ毛気味で、眼鏡の奥から覗く瞳は一見とても穏やかだ。


「おーい、双子。あんまりはしゃぐんじゃあないぜ。俺たちはこの街に遊びに来たワケじゃあないんだからな」


「そうそう、僕たち風のユニオン『シルフィード探偵事務所』は、アストロローグのアストラ化事件について調査をしに来たんだからね」


 ルイが帽子を取りながら告げ、後ろからハロルドが続いて話した。


【シルフィード探偵事務所】

ルイ=クロード・リベルテが所長を務めるこの組織は、ゾディアックにおける四つのユニオンの内の一つ、風のユニオンである。双子座、天秤座、水瓶座のレコードを有する彼らは、知識と情報を司り、世界中の調査員と独自のネットワークを介して、ありとあらゆる情報をかき集めるのだ。

 ベッドへ力なく寝そべる遊星。


「ちぇっ、せっかく楽しそうな街に来たんだから、ちょっとくらい遊んでもいいじゃん」


 ルイは慣れた様子で口元を歪ませた。


「はいはい、仕事が終わったら、いくらでも遊んでいいから。サクッと働け」

「ええー」

「ジェームズ社長が、報酬はたんまり用意するって言ってたぜ」


 がばりと起き上がる遊星。報酬が出るとなれば話は別だった。


「本当にっ! ボク、新しいお洋服ほしかったんだよねえ。ねねっ、流星、一緒にお買い物行ってお揃いの買お?」


 遊星はキラキラと目を輝かせる。しかし流星の方はそっけなく、ソファに腰掛けてゲームに興じている。遊星の方には目もくれない。


「やだよ。俺、次イベ待機中だから。ガチャ回すのに全額課金予定だから」

「もお、流星ってば、ゲームばっかでつまんなーい。ハルくーん」

「はいはい、お買い物は僕が付き合うから」

「ボクの味方はハル君だけだあ〜。流星なんてもう知らないっ! ベット入れてあげないんからね!」

「遊星、めんどくさい……」


 ハロルドに抱き着く遊星とけだるげな流星。そんなシルフィード探偵事務所の面々を眺めてルイは手を叩いた。


「さて、お前ら。茶番はそれくらいにして荷物置いたなら、早速街に出んぞ」

「えー、もうお仕事開始ー? もうちょっとゆっくりしよーよ」

「のんびりしてる暇はねえんだよ。また事件が起こるかもしれねえだろ。被害が増える前に解決する。それに、この街で起こってる事件……何か臭うぜ」


 ルイの言葉にハロルドはうなずいた。


「そうだね。これだけ事件がステラポリスに集中してるんだから、偶然起こったこととは考えにくい」


「アストラ化して暴れたのがネビュラのビートル・ジュースってのも怪しい。あいつがそんなことするワケないのに」


「ああ、君たち、ビートル・ジュースとは知り合いなんだっけ?」


 ハロルドの問いに流星と遊星は顔を見合わせた。


「んー、知り合いっていうか……一方的に絡まれてたって感じだよねえ」


「うん。俺たちがいた窃盗グループ、ラバーズの下っ端がネビュラの下っ端とトラブって……目をつけられてた」


 二人は当時のことを思い出す。


「ほら、ボクたちも元々ニューヨークが拠点だったでしょー? 縄張りが被ってたから、お互いが起こした事件をお互いのせいにしたりして、なすりつけ合う形になっちゃってさあ……もう最後はやったやってないの平行線だったよ」


 まだ二人がルイやハロルドと出逢う前の話。当時からアストロローグは色んな人たちに疎まれており、アストロローグは力で抵抗するしかなかった。人とアストロローグ。両者の歴史の溝はかぎりなく深いのだ。


「けど、リーダーであるビートル・ジュースは温厚な性格で、兄貴肌な感じの人だったかな。話せばわかるっていうか……ネビュラ自体も居場所のないアストロローグが寄り集まってできたような組織だったしね」


「まあ、面倒見は良かったかなあ。二、三回しか会ったことないけど」


 二人の話を聞いてハロルドは手持ちのデバイスにデータを打ち込む。


「なるほど、ビートル・ジュースの人物像はなんとなく分かったよ」


「俺が気になるのは、なんであいつがステラポリスにいたのかって事。わざわざニューヨークを離れて、こんな所に遊びに来るようなやつじゃあないんだ。あいつがここに何をしに来たのかを調べたほうがいいかも」


 方針は決まった。


「よし、ニューヨークにいる調査員に、事件前のビートル・ジュースの足取りについて調べさせよう。俺はこっちの知り合いをあたってみるから、お前らは街に出て聞き込みしてこい。くれぐれも余計なの引っ掛けて遊ぶんじゃあないぜ」

「はーい」

「ハルはいつも通り頼む。何か分かったら連絡してくれ」

「はいよ。サクッとセッティング終わらせてダイブするね」

「そんじゃあ、いつも通りの自由行動だ。サボんじゃあねえぞ、お前ら。解散」


 ルイは三人に指示を出して再び部屋の外へと出た。誰よりも早くスマートに行動する。まったく彼らしい振る舞いに遊星が感動しているという訳もなく。黒色に輝くクレジットカードを指先でひらひらと弄んでいるのであった。


「ふふっ、ルイ君ってばちょろいなあ〜。まーた同じ手に引っかかるなんてさ」


 そんな遊星の手癖にハロルドも流星も呆れ顔になっている。


「遊星ってば、またやったの? 悪い子だなあ」

「最早、恒例行事だよね」

「へへーん。ルイ君のクレジットカード、ゲット〜。どのポケットに入れてるかは把握済みなのでしたー。ボクのアストラ《カストル》は物体を透過してすり抜けちゃう能力だから、場所さえ分かればこれくらい余裕だねん」


 遊星が自信満々にそう告げる。

 ゾディアックレコードの所有者は全部で十二人。それぞれ十二星座に対応しているが、流星はレコードの継承者ではない。フェロー・クラフトと呼ばれるユニオン・マスターたちの補佐の任についている。当然カストルは彼自身のアストラであり、双子座のアストラを継承しユニオン・マスターに選ばれたのは弟の流星の方だった。


 流星はため息をこぼして遊星を見る。


「全く手癖が悪いんだから……」

「ねえ、ハル君もコレでご飯食べに行かない?」

「僕はセッティングあるからダーメ。また後でね」


 ハロルドはテーブルにいくつものデバイスやディスプレイを並べた。人一人では管理しきれない大量の機器を見て流星がふと疑問を投げる。


「いつも思ってたんだけど、パソコンの画面、九個もあったら全部追えなくない?」

「肉眼で追ってるわけじゃないから大丈夫。僕のアストラ《アクエリアス》がネットにダイブして得た情報を出力してるんだ。《アクエリアス》はどんなセキュリティでも突破できる最強のハッキング能力を持ってる……ネットからの情報収拾は任せて」


 ハロルドの返事を聞いて遊星が抱きついた。


「ハル君、頼もしいっ! でも、潜ってる間、本体は無防備なんだから、気をつけてよね」


「心配ないよ。このホテルはゾディアックの関係者しかいないから。僕が直接襲われる可能性は少ない」


「何かあったらコールして。俺の《ジェミニ》の能力ならすぐ戻ってこれる。多分、ルイよりは早いと思う」


 流星なりの気遣いにハロルドは笑う。


「うん。それじゃあ、二人も気をつけてね」


 流星と遊星が部屋を出る。ハロルドはその後ろ姿を眺めることなく、自分に課せられた任務をこなす為にアストラを発動させるのであった。

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