EP2「サラマンダーズ・ギルド」②

 多々良と明里が出逢ってから数十分後。ヴィア・ラッテアの歓楽街から少し離れた場所に設立されたホテル・サテッリテ。ゾディアックに協力的な会社が経営するそのホテルの最上階でライオネル・コールドマンがスフェラの誇る高級リネンベッドを下にして大の字に眠っており、多々良がフロアの廊下を駆け抜けていく。


「うおおおおおおおっ、ライアン、起きてっか!?」


 扉を勢いよく開けて部屋へ飛び込む。この衝撃をどうにかしてライアンに伝えてやりたかった。


「うーん……」

「なあ、なあ、聞いてくれよ、すげーことが起きたんだよ!!」

「やかましいぜ、ハマル……俺は疲れてんだ……」

「なあ、聞けって。これはマジに奇跡なんだって! なあ、おい、ライアンってば、聞いてくれよ! ったく、こんな時間まで寝るもんじゃあねえぜ? さっさと起きろ!」


ブランケットをはぎ取ってやると、見たくもないライアンのそいつが目の前に現れて別の意味で衝撃的だった。


「げっ、お前……またかっ!? せめてパンツくらいはけって!! なんでいっつも全裸で寝てるんだよお!」

「おいハマル……やかましいってのが聞こえなかったのか。それに、俺が暑いのは苦手で、服を着ないで寝るってことくらい知ってるだろうが。いちいち騒ぐな」


 ライアンは目元を隠して唸る。いや、だから、まずは股間を隠せって。


「そうだけどよーっ!!」


 もちろんライアンが昨日の後始末で寝ずの作業だったのは分かっている。でも本当にこの気持ちを誰かに知って欲しかったのは間違いねーことな訳で……。


「お二人さーん、廊下まで声が響いてるんだけど?」


 ノックと共に入ってきたのはアントニオだ。黒髪を後ろで束ねたナイスミドル。俺らと同じ火のユニオン・マスターだけどあちこち放浪していて別行動していることが多い。


「アントニオ、悪りぃ……つってもこのフロアって、俺らしかいないんじゃ……」

「ア・ン・ト・ニ・オ……てめえ……昨日はどこほっつき歩いてやがったんだ?」


 ライアンがベッドの上で仁王立ちして怒っているけど、アントニオはまっすぐ冷蔵庫へ向かい、中からミネラルウォーターを取り出した。こっちが怒っても泣いてもこういう反応だから、まあ、相変わらずおおらかな人って感じっすね。


「ああ、お説教するのは別に構わないんだけど。その前に服を着てくれるとありがたいねえ。シュールすぎて……ふふっ、聞いてる間に笑っちゃいそうだし」

「てめえ……」

「なあ、そんな事より、聞いてくれって。ライアン!」

「さっきから、何なんだてめえは?」


 ライアンの肩に触れていた手をほどかれる。


「だから、すげーことが起きたんだって!! さっき街中で絡まれてた女の子をこのハマルくんが颯爽と助けたんだけどよぉ……そいつがなんと、偶然にも日本に住んでる俺の妹だったんだよ!!」


 ライアンはこいつ、ついに頭の中が沸騰してありもしない幻でも見始めたんじゃあないかって顔をしているが、ああ、どうしたらこの気持ちを伝えられるんだ?


「はあ? 妹だ……? おめえとの付き合いは長いが、妹がいるなんて初耳だぜ」

「あれ、言ってなかったか? 最近になって分かったんだよ、血の繋がった妹がいるってことをさ。俺が親父に捨てられた後に生まれたから、八つ以上離れてるけど、確かに俺の妹なんだ」


 椅子に腰かけたアントニオが不思議そうにつぶやく。


「よく助けた子が妹だって分かったねえ」

「まあ、名前を聞いて確信したって感じっすね。前に色々調べた時に、妹のSNSのアカウントを見つけてよ。写真で容姿は分かってたから……」


腕組みをしたままこっちを睨んでくるライアン。


「おめえに妹がいるのもびっくりだが、妹のSNSを覗いてるのにも驚きだぜ」

「覗いているって、人聞きの悪い……俺は単にどんな子なのか知りたかっただけで……ほら、俺、お袋は小さい時に死んじまったし、親父には勘当されてるしで、家族ってなんかなーって感じだったんだけど。年の離れた妹がいるって知って、ちょっと興味が出たっつーか、なんつーか……」


 ああ、この感情を、この閃きっつーかなんていえばいいのか分かんねえっすけど、強いていうならば……。


「世界との繋がりが見えた?」


それだ!


「なんかそんな感じっす。向こうは全然俺のこと知らなくて……けど、偶然出会ったっつー状況が何かと繋がってるみたいで嬉しいなって……」

「人の出会いは引力だって誰かが言ってたっけねえ。まして、オレたちアストロローグは星の力を宿しているわけだし。ま、惹かれ合っても不思議じゃあない」


 アントニオの言葉が頭の中でしっくりときた。そう、俺とアリーは惹かれ合ったんだ。きっと誰でもなく運命ってやつによお。


「ってことは、おめえの妹もアストロローグなのか?」

「そこんとこは分かんねえけどよ。でも、奇妙だが確信があるぜ。アリーとはまた会える気がする」


 ライアンの当たり前すぎる疑問を耳にしてようやくそこに思い至ったけどそれは問題なんかじゃあない。


「星々は惹かれ合う……その引力によって、か。ロマンチックでいいねえ」


ああ、俺たちはきっとまた会える。そのはずだ。次に会ったら、なんて言おうか? 伝えてえことは沢山あるんだよ、アリー。


「ところで、おめえら、報告書は書き終わってるんだろうな?」

「え」

「あっ」

「〜〜っ! お・ま・え・らーっ!!」

「うっし、シャワーでも浴びてくるかな〜」

「あ、じゃあ俺も」

「おい、こら外出るなっ…!っく、パンツ…!」


 ライアンが今度こそぷつんと切れた所で、アントニオと一緒に部屋の外へと逃げ出した。

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