EP1「美しき悪の街」⑥

 巨拳が顔面目がけて襲いかかってくる。


「はっ、いい加減見飽きたっての!」


 魄溶の刀身を使って攻撃を受け流す。地面に何個目かの穴ぼこは開いちまったが、おかげで奴のタイミングは掴めたぜ。


「暴走してるっつー話はマジみたいだな」


 ありゃあ、怒り狂ったラージャンみてーに拳を振り回してるだけだ。

さっきから獣みてえに唸ってばっかりでよぉ。アストラに支配されるっつーのはここまでひどいもんなのかよ。


「っつ、とはいえこっちもそろそろ決めないと、身体が限界っすねぇ」


 支点に使っていた左手の感覚がもうほとんどねえ。あと1回か2回捌ければ良い方。その前にアリエスの炎を叩き込んで、奴をぶちのめさねえと………。


「おい、ハマル! 後退しろ!」

「は? ライアン、なに言って……」


 振り向くと、ご無沙汰で意外な顔ぶれが揃っていた。


「てっ、ありゃあ、セルゲイさんにシャルロットさんか……? なんでいるんだっ!?」


「ハマル、ここからは俺達、水のユニオンが代わろう」


 セルゲイさんからそう言われて顔が強張る。この人、ちょっとばかし苦手なんだよなぁ。何考えているか分からないっていうか、いつもマスクで表情が読めねえ。


「つっても、コイツ、めちゃくちゃ硬いっすよ? どうするつもりなんすか?」

「関係ありません」


 言っている間に断裂音が響いた。空間がちぎれたような耳障りな音が疾走したかと思ったら、ビートル・ジュースの巨大な腕が根元から切断されて、地面へ落ちている。


「げえっ! あっさりヤツの腕を切り落としやがった……!?」


 とんでもない……見えなかった。いや、見えるとか見えないとかそういうレベルじゃあねえ。発動した時点ですでにそこで終わっている。これはそういう類の能力だ。


「我が《キャンサー》は絶対防御を誇るアストラ。能力で生み出す結界は空間さえも断絶する……敵の装甲の厚さなど大した問題ではないわ」


「ふっ、相変わらず、頼もしいな」


 ビートル・ジュースが雄叫びを上げる。白磁の巨人は片腕を切断されてもなおその勢いを止めることはない。振り回された腕が建物を薙ぎ倒し、セルゲイやシャルロットを圧し潰さんと迫りかかったが、二人はすんでの所で飛び退く。


「さあ、セルゲイ。あなたの出番ですよ」

「ああ、確か神話でも《オリオン》の天敵はこいつだったな。来い……そして、喰らわせろ《スコーピオ》!!」


 セルゲイの声と共に空間が歪み、影が現れる。影は赤黒い人形のような姿をしており、頭の後ろに長い尾と毒々しい針をたなびかせている。それこそが蠍座のアストラ《スコーピオ》であった。


 赤黒の尾針がビートル・ジュースの肉体を捉えた。蠍座とオリオン座。最強の狩人であったオリオンは、自らの力に自惚れ傲慢となっていた。そんな彼をこらしめる為に神から遣わされたのが毒蠍。蠍の毒を食らったオリオンは命を落とし星座へと姿を変えたという。今でも冬のオリオン座は夏に現れる蠍座から逃げ続けている為、二つの星座が同時に夜空へ浮かぶことはないと言われている。


セルゲイのアストラ、スコーピオによって射ち込まれた毒が体内を駆け巡り、ビートル・ジュースの巨体がぐらりっと横に揺らいで、地響きと共に地面へ這いつくばる姿を多々良は確認した。


「やった……!?」


 しかしセルゲイの表情は厳しい。


「いや、まだだ。手温かったか……この巨体では、全身に毒が回るまでに時間がかかる! ハマル。後ろだ!!」


 多々良は倒れたビートル・ジュースを見た。


「な、なにーっ!?」


血走った眼差しと襲い掛かる手。魄溶を構えるが捌ききれる距離ではない。


「《キャンサー》っ!!」


 シャルロットの背後から赤い瞳を光らせる女性のようなアストラが姿を現した。蟹座キャンサーが鋏になっている右手で空間を切断する。断絶された切断面が半透明の盾となり多々良を守るようにして展開して、ビートル・ジュースの腕を塞き止めた。


「ぬわっ、あっぶねえっ!」


多々良は反射的に背中から倒れて、仰向けの姿勢で寝転がっている。


「《スコーピオ》もう一撃だ! 確実に眠らせろ!」


 盾を突破しようともがき暴れるビートル・ジュースの首筋に尾針を叩き込んだ。いよいよ白磁の巨人は瞼を閉ざし、身体を力なく横たわらせるのであった。


「今度こそやったか!」


 仰向けに寝転がる多々良の頭上でライオネルがため息をこぼしている。


「ああ、だが、安心するのは早いぜ。こういうのは後片付けの方が面倒だからな」


 シャルロットとセルゲイは息を軽く整えて頷いた。


「そうですね。では、我々、水のユニオンはこれより負傷者の救護に当たります。こちらは任せましたよ、ライアン。では、セルゲイ、行きましょう」

「ああ……」


 クールに去り行く二人の姿を見送りながら、多々良は愛刀を鞘へと収める。


「うーん。なーんかよぉ、水のユニオンにオイシイとこ持ってかれたっつー感じだよな。納得いかねえぜ、ハマルくんはよぉ」


 アストラの相性っつーのはあるけどよぉ。俺のアリエスでもオリオンは止められたって訳で、俺ってばなんかダサい姿しか見せられてないんじゃあないの? なんて考える。


「ぶつくさ言ってねえで、動きな、ハマル」


 ライアンにどつかれる。まあ、ごちゃごちゃ考えるのは得意じゃあないし、気を取り直すしかねぇっすよね。


「はいよ……って、そういや、アントニオのやつどこに行ったんだ?」

「あっ、あの野郎っ! またか!」

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