EP1「美しき悪の街」③
中世の面影を残すヴィア・ラッテアの街路だが、ここメインストリートだけはその景観から離れており、均一に設置された道路灯が闇夜と共にアスファルトを照らしていた。
一台の車が灯りを切り裂く。
銀色のボディを光らせるポルシェ・パナメーラ・ターボSだ。最高出力550psを発するV8。4.8Lターボエンジンを搭載した4WD駆動方式。スポーツカーの専業メーカーとまで言われていたポルシェが『4枚のドアを備えたフル4シーターのパッケージング』を完成させた初のラグジュアリーカーである。そのエレガンスな車体はどこまでも洗練されていて走る姿は瀟洒的だ。
「お二人とも、もうすぐポイントに到着します」
鉄の馬を駆る騎手、ケイト・ウォンがそう告げると、荒々しく踊る車の中でシャルロット・V・アンデルセンは優雅に足を組み直した。
シャルロットは銀髪の端正な顔立ちをしたシスターである。修道服に身を包み、ウィンプルを頭から被っている。貞淑を形にしたような女性だったが、メインストリートを暴れ走っている車内にいても一切姿勢を崩していない。
「私達まで前線に駆り出されるなんて、火のユニオンは随分と手こずっているようですね。それほどまでに強力な相手……という認識でよろしいですか、ケイト」
ケイトはハンドルを素早く横に切って頷いた。
「ええ、風のユニオンの情報によれば、敵は《オリオン座》のアストロローグ、ビートル・ジュース。能力は単純な巨人化。どういうわけか、市街地で突如アストラ化し、暴れ回っているようで……現在は火のユニオン『サラマンダーズ・ギルド』が対処にあたり、民間人の避難を優先しているという状況です」
パナメーラが排気音を轟かす。爆発音と共に対向車線から大型トラックがこちらに向かって迫りかかってくる。ケイトは一度ギアを低速に切り替えながら減速。後輪が左に流れるようにハンドルを切り、そこから一気にエンジンを噴き上げさせた。
すれ違うトラックにサイドミラーが擦れて火花が散る。車体が左右に大きく揺れたがセルゲイ・R・アバルキンは表情を変えなかった。
「なるほど、敵を止めなくてはいけないが、街への被害は最小限に留めたい。欲を言えば、原因を解明する為、敵を捕獲したい……といったところか」
セルゲイは赤髪のやつれた顔をした……どちらかといえばあんたこそ診療が必要なのではという顔色をした白衣の男である。セルゲイは運転手であるケイトの腕前を信頼しているのか、口元を覆うマスクを少し直すくらいの反応しか見せなかった。
「ええ、火のユニオンでは破壊力が強すぎて、敵どころか周辺ごと吹き飛ばし兼ねませんので」
「ここ最近起こっている、アストロローグのアストラ化事件……その手がかりが掴めるかもしれないな。通常、我々アストロローグは能力を酷使し続けない限り、暴走して見境なく人間を攻撃する事など、ありえないはずだが……」
「ここ最近、この街で異常な件数のアストラ化が報告されています。突然、暴れ始める者、衰弱して搬送される者、中にはそのまま死亡してしまう者も……シャルロット・アンデルセン、セルゲイ・アバルキン……こちらに到着したばかりで恐縮ですが、お二人の能力ならこの事態に対処可能だと、社長のご判断です」
セルゲイが瞳を細めた。シャルロットは薄く微笑んでいる。
「そうですね。ジェームズの判断は正しいわ。セルゲイ、あなたのアストラ《スコーピオ》なら、敵の捕獲は可能でしょう?」
「ああ、針さえ通れば容易いだろう……だが、シンプルな能力をもつ者こそ、強力で厄介なものだ。そこはシャルロット。君のアストラ《キャンサー》の働きに期待するとしよう」
「ふふっ、ご期待に添えるよう努めましょう」
「っ! 見えて来ました!」
目標のポイントを肉眼で確認した。パナメーラが唸り声をあげて地面を焦げつかせながら黒々としたタイヤ痕を帯にして停車した。シャルロットとセルゲイが勢い良く外へと飛び出す。
「では、ケイト。任務を開始する」
「あとは我々、水のユニオン『オンディーヌ・ガーデン』にお任せ下さい」
「ええ、お二人とも、頼みましたよ」
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