EP1「美しき悪の街」②

 少女がその場から離れ、残されたエイブル・スペランツァは去り行く彼女の背を残念そうに見送っていた。


 爆発がまた鳴り響く。

 思わず笑みがこぼれた。


「ふふっ、ほんと、この街も物騒になって来たな」


「まあ、どっちかっつーと? 物騒な事してんのは、俺ら人間だって話だけどなァ」


 少し離れた所から誰かが言った。鼻をつくウッディ・スパイシーの香り、派手な裏地が施されたアリストンのスーツを着た男が近づいてくる。なんて悪趣味な奴だ。カッペッロパーナマを被ってご機嫌に鼻歌まで歌っていやがる。パナマハットなんてお前には十年早いんだよ。


「ケイン兄さん。流石だよ。上手くやってくれたみたいだね」


「ああ、エイブル。お前の指示通りだぜ。ビートル・ジュースの奴は薬キメて暴れ狂ってる。あの感じじゃあ、映画の撮影なんて言ってもよォ、世間は誤魔化しきれやしないだろうぜ。なんてったって、ヤツのアストラ《オリオン》は巨人化の能力を持っているんだからなァ。明日のニュースが楽しみだぜ、俺はよォ!」


 兄が誇らしげに胸を張るのを見て、俺はあえてゆっくりと尋ねてやった。


「ケイン、今日は随分とお喋りだな。仕事はまだ終わってないんだよ?」


 ケインの肩がびくりと震える。


「いや、その……ほら……あれだよ。お前の作戦が完璧だったからよォ。俺はつい嬉しくなっちまったんだよ。弟が優秀だと、助かるなあってよ?」


 ケインはニコニコと笑っている。その顔は随分と引きつっていてムカつく顔をしていたけど、さっきよりは大分マシになったので、おしおきはしないでいてやる。


「そう、まあいいけど。帰るよ、兄さん。運転はしてくれるんだろう?」


「あっ、ああ……もちろんだぜ」


 指で弾いた車のキーをケインが慌てた様子でキャッチして、また顔をニコニコと引きつらせていた。そんな愚かな兄には目もくれず真っすぐと車に向かって歩みを進める。


「ま、待ってくれよ、エイブル!」


 ケインにドアを開けさせて、車内に身を滑らせる。派手な赤色の車体をしたアルファロメオの4Cだ。もちろん俺の趣味なんかじゃあない。車にまでサローネ・ロッソを求めるくだらないこいつの趣味だが、乗り心地だけは悪くない。ケインが運転席に回って急いで車を動かす。石畳の道路を赤い車体が走っていく。車窓からは街の住民たちの逃げ惑う滑稽な姿がよく見えた。


 さて、ゾディアックの奴らがどう出るか……楽しみだな。上手くおびき寄せられてくれるといいけど。そうすれば、こちらから探す手間がはぶけるんだからな。

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