EP1「美しき悪の街」①

 敷き詰められた石畳の道を人々が歩く。ヨーロッパ某所に存在する都市国家・ステラポリス。その首都であるヴィア・ラッテアは煉瓦組みの建物が連なり、丸みを帯びたアーチやドームがそれらを支えている。屋根にはペディメントと呼ばれる三角形の破風があり、古代ローマからルネサンスにまで伝わるシンメトリーの荘厳な美しさを今でも保っている。


 そして美しき古都ヴィア・ラッテアにはヨーロッパのラスベガスとまで称される夜の顔があった。


 煉瓦組みの建物たちを飾るように配置された電灯。淡い輝く光が道や橋までも彩っている。色鮮やかなイルミネーションで着飾った夜景はまるで地上に現れた天の川のようだ。そんな幻想的な光景に包まれる夜のヴィア・ラッテアに不穏な影が迫ろうとしていた。


 遠くからサイレンの音が響いてくる。続いて上空をヘリが通り過ぎた。いくらエンターテインメントの都、観光とカジノで賑わい立てる不夜街【ヴィア・ラッテア】にしてもいささか今日の騒ぎは尋常ではない。


「なあ、なんかさっきから騒がしくねえか?」


「確かに。今日はやたらとサイレン鳴ってやがんな」


「まーた何かあったのかよ?」


「最近、変な事件多いなー」


「それって占星術師アストロローグの事件でしょ。急に暴れ始めるなんて怖くない?」


「異能力者って言っても、見た目じゃ分かんないもんねー」


 通行人たちが他愛なく話す中、今度は爆発音が響いた。遠いが確かに近い。住民の悲鳴がこちらにまで届いてくる。


「うわっ、なんだ、あれ、ヤバイんじゃないのか」


 地響きが届いた。いつものヴィア・ラッテアとは違った。すぐさま緊張が空気を伝播していく。一人が走る。二人逃げる。あとは早い。誰もが一目散に騒ぎから離れようと必死になっていた。


 飲食店からちょうど出てきた春間明里は眉をひそめていた。


「え、なに、この騒ぎ……なんかあったの?」


 切羽詰まった感じの人々の様子は尋常じゃない。食べるのにちょっとばかし夢中になっちゃったけど、もしかして、これって何かヤバいやつ?


「……そこの君。早くここから逃げた方がいいですよ。あっちで爆発があったんだ」


 通り掛かった男の人に抑揚のはっきりとしたリズミカルな言葉で何かを言われた。


「え、あ、えっと、ごめん、なんて?」


うっわ、イタリア語、わっかんねー。ごめん、さっぱりだわ。いや、ちょくちょく学校の休みを利用して日本からこっちへ遊びに来てはいるんだけど、こんな風に現地の人からナチュラルに話しかけられるとさすがに何言っているか分からないっての。


 こっちの間抜けな顔に気付いたのか、男の人は微笑んだ。


「ああ、すみません。君、観光客か。英語なら分かります? あっちで爆発があったみたいだから、逃げた方がいいって言ったんですよ」


「へっ、爆発!? 何それヤバイじゃん……これがテロってやつ?」


「この街も最近物騒で……アストロローグの連中が事件ばかり起こすものだから……ほんと参っちゃいますよね。異能力者だかなんだか知らないけど、勘弁してほしいですよ」


「うわあ、マジかあ……外国ってのはやっぱ物騒だなあ。わざわざ外で食事なんかするんじゃあなかった」


 不満そうに声を漏らすと、男性は爽やかな顔で一歩距離を詰めた。上品そうな革靴の音がこつりと響く。仕立ての良い高級なスーツを着てるってのは、アタシでも分かる。でもステラポリスでバリバリ働いているパパだってこんな着飾った格好はしてないわ。


「よかったら、俺がホテルまで送っていきましょうか? どの道、日本の女の子がこんな夜に一人で出歩くのは危険ですから」


「ああ、大丈夫、大丈夫。一人で帰れるから」


 すぐに後ろに退いた。人を見かけで判断しちゃいけないって言うけど、こんなモデルみたいなお兄さんが、爽やかに声をかけてくるなんて怪しすぎる。


「心配してくれてありがと、お兄さん。チャオ」


 そう言い残してその場から立ち去った。本当に親切で言ってたら悪いなぁとは思ったけど、まあ、怪しいし。ああいう誘いは断るのがいいよね。

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