2−6 迷宮の使い方

「人が多く集まれば、魔素も集まる。魔素が集まって一定量を超えると行き場を求めて迷宮ができて、その中で魔物が生まれてしまう。無秩序に魔物が生まれないように、街では迷宮を管理しているわ」


「管理って、実際はどうするんだ」とヨンゼ。


 ヨンゼは魔法がない世界からきたんだった、私が常識を教えて上げなきゃ。


「迷宮に集まった魔素は結晶化して魔晶になったり、魔物を生み出してますます濃度を濃くしてゆく。そのままだと迷宮も深く複雑になり、生み出される魔物も強くなってしまう。そうならないように、魔晶を掘り出したり、魔物を討伐して素材や魔石を迷宮から持ち出すのよ」


「たしか迷宮探索を仕事にしている人達を、ハンターと言うんだったか」


「そう。他にも雑用みたいな事もするみたいだけど、詳しくは知らないわ。街はハンターギルドを作り、ハンターが頑張り過ぎて迷宮がなくならないようにしてる。取り過ぎて魔素が少なくなるとその迷宮は無くなってしまうけど、魔素が別の所に集まり新しいのができてしまうから」


「街のど真ん中に迷宮が出来ては困るか。迷宮を維持しながら、強い魔物は生まれないようにしているんだ」


「キューレエスにある迷宮は10層ほどの小さいモノって聞いているわ」


「その一角を凍らせて氷室にするのは?」


「ダメだと思うわよ。氷室なんて作ったら、氷や雪系の魔物が生まれてしまうキューレエスにいる初心者じゃ手にあまる。もともと迷宮から取れる物をあてにしていないから、手間が増えるだけよ、絶対嫌がられるわよ」


「お姉さんにも氷室を作る利点が有ればいいんだろう」



 先に王都に戻っていたお姉様をお茶にお誘いした。

 私からお誘いしたのは初めてだったかも。


「ようこそ、おいでくださいましたお姉様」


「こちらこそ、リイティアちゃん。領地から帰ってきてすぐ会いたいって、何か有るのね」


 お姉様にはお見通しか、なら話が早い。


「これを食べていただけますか」


 私が合図すると、ガラスの器に乗ったモノが出てきた。

 上には氷がのっている。


 お姉様が珍しそうに見て


「これ、食べ物なの。氷を削ったモノだよね」


 温かい時期の氷というのは貴重ではあるが、初めて見たわけではない。

 氷を作る魔法道具や魔法使いはいる。

 もっとも使われるのは、王宮や上級貴族主催のパーティの席でだ普通の人が口に出来るものではない。


 お姉様はゆっくりと氷を口に運んだ。


「何、これヤシュのいい匂いがする」


 ヤシュは柑橘系の果物。

 キューレエスでは沢山取れるので、前にお姉様が名物にしたいと言っていた。


「帰りにお姉様の街で買い込んできました」


「美味しい」


 そう言って、あっという間に食べ終わった。


「もう少しない?」


 お姉様がわざと可愛らしい仕草で言うので、つい笑ってしまった。

 それ反則です。


「ありますが、お姉様の分ではありません」


「私の分じゃない?」


「ヒステルとヤエリーさんの分です」


 お姉様付きのメイドと護衛の2人は、お姉様の後ろに立って控えていた。

 キューレエスへの道中で私達は仲良くなっている。


「めっそうもない、そんな高価なもの、私などにはもったいないです」

「エドマイア様へ」


 遠慮する2人へ


「お姉様は、ヤシュの酸っぱさに慣れているので慣れていない人の意見を聞きたいの。食べて正直な感想を教えて」


 目の前に氷菓子が用意されると、2人はお姉様の顔を見た。


「お姉様のためにも正直に言って下さいね」


 と私が言うと、お姉様は察したらしく、2人にうなずいた。


「美味しいです」

「ん〜」


 2人の感想は分かれた、ヒステルはお姉様の味見もさせられていたのだろ酸っぱさになれていた。

 ヤエリーさんの口は固く結ばれていた。


「やっぱりもう少し甘くしなきゃダメか、冷たいと甘さを感じにくくなるから。慣れれば、これが美味しいって思えるようになるんだけど。もう1つの方はそんなに酸っぱくないです」


 もう1品、今度は最初から3人の前に並んだ。

 今度もガラスの器に乗っているが、氷ではない。

 薄い黄色をしたぷよぷよしたモノ。


 まずはお姉様が1口。


「これも美味しい」の声に2人も続く。


「同じ果実を使っているようですが、これはそれほど酸っぱくありません。爽やかです」


 今回はヤエリーさんにも好評だ。


「で、リイティアちゃん、これ売り出すの? 無論、ヤシュはキューレエスから買ってくれるのよね」


 お姉様が商人の目をしている、これは見たくなかったな。

 違うか、これは領主の目、私もこうならなきゃダメなんだと、ちょっと気合を入れ直した。


「落ち着いてくださいお姉様、私は売りません。レシピはお渡しします。私が欲しいのは別のモノです」


 1つ目はヤシュを甘くして凍らせた物を薄く削ったもの。

 2つ目は、ヤシュに甘みを加えたのは一緒だが、寒天で固めた物だ。

 2つとも冷たい状態が美味しい。


「お姉様もご存知のとおり氷を作ろうとすると、すごくお金がかかってしまいます。それをキューレエスの迷宮で安く作れるとしたら便利だと思いませんか」


「迷宮で?」


「はい、浅い階層の一角を一度凍らせてしまうのです」


「それでは氷や雪を好む魔物が生まれ冷気を発します。二度と元に戻せなくなってしまうかと」とヤエリーさん。


 彼女はハンターの経験があるそうだ。

 騎士見習いの時に腕を磨くため、ギルドに入っていた多くの騎士が同じようにハンターになっている。


 冷気や氷系の魔物の存在は『1度作ってしまえば、維持に金がかからない』とヨンゼはいい事だと考えている。


「たしかにヤシュは冷やした方が美味しかったし、他に冷たい料理や菓子を考えていいかな。そもそも上級貴族だけが味わえた氷が出せたら、それだけで街の魅力になる」


 お姉様は、迷宮に氷室を作る事を前向きに考えてくれている。


「今いるハンターでは対応できません。キューレエスの迷宮は11層です中級ハンターには魅力がありません。集まってくれるでしょうか」


 ヤエリーさんの言った問題は、経験者が2人いたので聞いてみた。

 取れる氷系の素材を買い取ってもらえれば『問題ないでしょう』だった。


『その日飲める分稼げればいい』と考えるハンターも多いそうだ。

 フォンシータとケリは、騎士団を首になった後にハンター業を行っていた。


「ヤエリーさんはどんなハンターと組んでいたんですか?」とヨンゼの質問を中継した。


 フォンシータとヤエリーさんの言うハンターのイメージが違いすぎる。


「同じ騎士見習いの者達とです。騎士団の人間というと、他のハンターは寄ってこないので」


 納得だ、騎士になろうという者とでは向上心が違う。


「浅い階層でも中級の魔物が狩れるとなれば、来てくれるハンターもいるのでは」と言ってみた。


「そうね考える価値はありそうね。でも1人じゃ決められないは相談してみなきゃ、リイティアちゃん悪いけど、返事は少しまって」


 ここまでは順調だ。


「でも氷が欲しいだなんて、何をしようと考えているの」


「島で取れた魚を王都に運ぶ時に使おうと。干物にしなくても、生で運べるモノもあるので」


「なるほど、ラフトリア島で取れる魚とキューレエスのヤシュか、迷宮で氷は出来ても、これは他の街には真似されないのね。美味しい魚の味も、王都の人に覚えてもらうつもりなのね」


 驚いたヨンゼの計画を言い当ててる、お姉様凄い。


 これなら、次の計画を進めてもいいよね。


「お姉様、これも見ていただきたいの」


 ヨンゼが”アバカス”と言っていた計算機と文字表だ。

 ”アバカス”は横に細い棒を貼り、9つの玉を通したモノが並んでいる。1列が1つの桁で計算がしやすくなる。

 文字表は私が知っているものと違う。ヨンゼが言うには、私達の言葉は2つの音が組み合わさってい1文字になるそうだ。

 それを表にしている、言葉を知っていればこの表で大体の文字がかけるようになる。

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