1-12 暗転 後編

屋敷に入ると部屋には1人通された。

 血塗れのフギズナ達はお風呂に直行、引きずられるように連行されて行った。


 私をお屋敷に入れてくれた人は「少しお待ちくださいと」と出ていき、言葉どおりにすぐに戻って来た。

 年配の人も一緒だ。


「公爵様のもとで執事をしております、ザウメと申します。

 お話させていただきますのは初めてでございますが、リイティアお嬢様とはお屋敷で何度かお会いしております」


「よろしく、ザウメ。

 ええ覚えております。

 そちらの方も、お菓子を勧めていただいたのを覚えております」


 スカートを摘み、2人に挨拶した。

 2人も深く頭を下げる。


「あの手紙に関してお話いただけるでしょうか」


 もちろん。


 魔馬車の借用書を偶然見つけたところから、ここに来るまでの経緯を全て話した。

 途中、判りにくかったところが有ったらしく、ザウメに質問された。


 話し終えたら


「なんて事だ」と若い彼が漏らす。


「しばらくお待ち下さい」とザウメ。


 今度は少しじゃ無いんだ。


「お茶と軽いお食事を用意させます」

 と出ていった。


 お茶はいただいたが、お菓子を見ても食べる気はしなかった。

 どのくらい待ったのだろう。

 もしかしたらそれほど時間はたってなかったのかも。


「公爵様がお呼びです」


 ビクンとなった。

 お父様とお会いするの。

 もしかして、やっぱり怒られるのだろうか。


 お父様のお仕事の部屋の前まで案内された。

 絶対に入ってはいけないと教えられた部屋だ。


「どうぞ。

 公爵様がお待ちです」


 とザウメがドアを開けた。


 ゆっくりと中に入る。

 窓のない部屋、明かりは魔法道具で照らしている。

 正面の壁には色々なモノが収められていて、その前に机が有りお父様が座っていた。


 その前にポツンと部屋の真ん中にお母様がいた。


 お母様は振り向いて私が来たことを知ると


「何て事をしてくれたの貴方は」と大きな声でお怒りなられた。


 やっぱり叱られるんだ。


「バスクス達にまかせておけば良かったのに、何で勝手な事をするの。

 今まで何の問題も無かったわ、それを、それを。


 あの時、産むのを許すんじゃなかった。

 貴方なんて私の子じゃないわ、いらなかったのよ」


 フギズナが飛びだてきた母様を組み伏せた。


「いい加減にしな」


「武人が何も持たぬ婦人に手を上げるのですか」


「言葉も十分な凶器だ。

 心にキズを負わす」


 お母様は猿ぐつわをされてしまった。


 お父様がゆっくりと前に出てきた。

 組み伏せられているお母様を、眺めるように見て


「ヒシア、お前の上昇志向の強い野心は嫌いではなかった。

 だが愚か者はいらぬ」


 ンブグ…

 猿ぐつわのせいでお母様は声が出ない。


「リサール伯爵との関係もある。

 放り出しはしない。

 領地に送る、今後は田舎で静かに暮らせ」





 私は"イラナイコ"…

 その場に倒れていた。


 立てない、手足が震え、力が入らない。

 全身の力が抜けた。


「おい」フギズナが駆け寄ってくるが。


「嫌!」


 今は触れられたくない。


「フギズナ待て。

 ザウメ」


「はい、こちらに」


「すぐにメイド達を呼べ。

 彼女たちに全てまかせて、全員今すぐこの部屋を出ろ」





 メイド達に手伝ってもらいお風呂に入れてもらった。

 お風呂の中で寝ちゃった、次に気づいたときには馬車の中だった。

 ズーッと夢の中にいるみたいだ、ふわふわしている。


 夜になっても眠れない。


「サヤ、今晩一緒に寝て」


 小さかったころに一緒に寝てた記憶がある。

 もう小さくは無いが、今晩だけはどうしてもお願い。


 サヤに抱きしめられ、思いっきり泣いた。

 泣いて、泣いて、泣きつかれてやっと眠れた。



 - 大丈夫じゃ無いよな? -


「大丈夫じゃない」


 - そうか。

  風呂で眠った時にはオレが話しかけても聞こえなかったみたいだ。

  あの時よりは少し良くなっている -


「泣いて全部でちゃったからかな。

 お母様の子供じゃないって。

 私、要らない子だって…」


 - 泣くな。

  あの女に何を言われても気にする必要はない -


「気にしないなんて無理、お母様に嫌われたのよ。

 要らない子だって、だから自分の子供じゃないって」


 - 違う。

  要らないってのはあの女の勝手な言い分だ。

  それに自分の子供じゃないと言ったのは、お前を嫌ったのが理由じゃない。

  言葉とおり、リイティアを生んだのはあの女じゃ無い -

 

「?」


 - 公爵の執務室で、あの女が言い放った'産むのを許すんじゃなかった'が気になってたんだ。

  さっきお前が眠った時サヤが言ったんだよ。

  '自分が生んだんじゃないにしても、我が子になんて事を言うの'てな。

  怒ってた -


「私をお母様が生んでいない」


 - そうみたいだな。

  オレがあの女を見たのは今までに4回。

  同じ屋敷に住んでいるのに、親子としては異常な少なさだと思うぞ。

  オレはこっちの貴族の常識をしらない、それが普通だと思ってた。

  だが違っていた、10才で離れてしまうので逆に激甘に接するみたいだな、本にはそう有った。


  元々あの女は、リイティアを道具としてしか見てなかったて事だ -


「もういい。

 そんな事、聞きたくない」


 - なら、元気になってくれ。

  オレは泣いてる子供も女も苦手なんだ -



 朝にはサヤがいなくなっていた。

 自分の仕事に戻っていた。

 私がゆっくり起きてしまったので、せっかく作った朝食を温め直す仕事も増やしてしまった。


 調理場に行くとサヤはもうお昼の準備を初めていた。


 入ってくる私を見つけると。


「リイティアお嬢様、どうかなさいましたか」


「せっかく早く起きて作ってくれたのに、起きれなくてごめんなさい」


「どうされたのです。

 朝食を作るのはサヤの仕事です。

 お嬢様はお気になさらなくてよいのですよ」


「…ねえ、サヤって私のホントのお母さん」


 なんか、そうだったらいいなって思った。

 でも違うみたい、サヤすごく困った顔をしてる。


「なぜ、そんな事をいわれるのですか」


「サヤが昨夜、お母様が、お母様じゃ無いって」


「起きていらしゃったのですか。

 申し訳ありません。


 私は魔力をもたない平民です、もし私の子供であったらお嬢様はそこまで魔力をお持ちではなかったでしょう」


 違うのか。


 サヤはソワソワして

「あの〜」


「誰にも言わないよ。

 でもサヤの知ってること教えて」


「わかりました。

 私がお屋敷で働き初めたのは、お嬢様がお生まれになる直前です。

 その時にヒシア様をお見かけしたのですが、お腹は大きく有りませんでした。

 私が知っているのはそれだけです」


「私のホントのお母様って誰なの」


「私は知りません。

 知ろうといたしませんでしたので」


 サヤに謝られてしまった。

 知らなくてもサヤのせいじゃないのに。



 部屋に戻ると、ガヤガヤと大勢の人がきた。

 やってきた人を率いてたのは、昨日私をお父様のお屋敷へ入れてくれた人だ。


「ポンバルと申します。

 公爵様よりご指示を受けまいりました。

 いなくなった者の代りに、お嬢様の身の回りのお世話をさせていただきます。

 新しくお嬢様が人をお選びになるまでの間ですが、よろしくお願いします」


 そうか、いなくなっていたんだった。


「それと昨日お乗りになられた馬車でございますが。

 公爵様より、リイティアお嬢様へ褒美として贈りされます」


「ご褒美」


「公爵家に巣食う害虫を駆除なさいました。

 あのままでは、主は笑いものになっていました。


 お嬢様は、そのような事態を避けたのですから、褒美は当然の事」


「お父様は怒っていないの」


「何故そう思うのですか。

 公爵様は、お嬢様の行動を大変喜んでおられます」


 いただいた馬車を見た。

 派手な粧飾はない、でも使われているものは一級品。

 私は地味すぎると思うけど、公爵の娘が乗るにはちょうどいいのだろう。


「行きたいところが有るの」


 街の郊外、あの治療師の診療所。

 今は何もない。

 焼け跡に数本の柱が残っているだけだ。


「...」

「調べてまいりましょう」


 火事だった。


「近くに住む者に聞いたのですが、詳しい事は知らないと拒絶されてしまいます。

 あれは逆に何かを知っていますね」


 馬車を降り診療所跡に入ってゆく。

 1人にしてもらった。


「こんなことまでするだなんて」


 涙が出てきた。

 昨夜全部出し切ったと思ってたけど、まだ残ってたんだ。


「気づいてたのか、リイティア」


「考えないようにしてたの。

 ヨンゼは、判ってたんでしょ」


「事は終わっていたようだった。

 言ったところで、どうしようもなかったからな」


「あの時、この中に入っていたら。

 右手が動いて無かったら。

 私もこうなってたのかな…

 本当にイラナイコだったんだ」


 涙を拭く。

 お母様の事は言えない、私もお母様を慕う思いはこれで無くなってしまった。

 元々そんなになかったのかも。


「もう誰も私のせいで死なせはしない。

 お父様も愚か者は嫌いだって。

 私勉強する、もっとお利口になる」


「オレも手伝おう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る