1-11 暗転 中編

 お母様からお叱りのお手紙がきた。


 どうしようと慌てた私に


「リイティアの母親って、文字書けないんだよな。

 ならこの手紙は、誰が書いてると思う」


 ヨンゼに言われて冷静になれた。


 あの代筆士の文字に似てる。

 そう思うとバスクスに都合の良いことしか書いてないじゃない。


「でも、これ本当にお母様知らないのかな」


「知らん」


「ヨンゼが、この手紙は偽物だって言い出したんじゃない」


「オレは、文字を書けないと言っただけだ。

 読めもしないんだろう」


「そうよ」


「そうなると、周りから何を吹き込まれているか判ったもんじゃないな。


 馬車の貸し出し元は母親んとこだった。

 あそこの使用人もグルさ。

 バスクスの息子が執事長だし、間違いない。


 ここまで堂々と開き直るのは、長い間やってたからじゃないか」


「私にしたと同じ事を、お母様にもしていると」


「そんな気がする。

 そんな奴らがまともに報告すると思うか。

 お母さんは嘘だと気づきもしないだろうな」


「大変」


「何がだ」


「お母様に叱られてしまう」


「それが、どうした」


 どうしたって、そんな。


「怒られるとどうにかなるのか。

 しかもまともじゃない理由でだ、リイティアが気にする必要は無い」


「そんな」


 気にしないなんて出来るわけないじゃない。


「じゃあ実際、母親に怒られる以外、何が起きるんだ」


「え、怒られる以外って」


「リイティアの生活は、すでに母親とは切り離れている。

 生活の基盤は、すべて父親の公爵が援助している。

 理不尽な手紙がくる以外、何も起きないさ無視すればいい」


 何も起きない?

 本当にそうなの。


「母親の使用人にすぎない彼らは、公爵に訴える方法がない。

 もし出来たとしても、自分達のしたことを何と伝える。

 下手に騒げば罪が露呈する危険も有るんだぞ、奴らは臆病者だ出来ないさ」


 そうなんだろうか。


「母親は無理だろうな。

 ガッチリガードされてるだろうから、もう会う事は難しいだろう。

 それに、会えたとしても聞く耳をもっているかどうか」


「お母様も騙されているのよね、助けなきゃ」


「騙されているって言うのは、オレの考えでしかないぞ。

 悪いことは言わない、ここで手を引け」


 お話すれば判ってくださるはずよ。

 問題は、どうやって会うかよ。


 会いたいって手紙を出してもダメ。

 私が直接会いに行くのは貴族らしい行動じゃないから、下手をすれば偽物って門前で追い払われる。

 エルマやフギズナを先触れに行かせても、使用人が対応する。

 お母様につたわるはずがない。


 ん〜。

 忍び込むしか無いのかな〜。

 なにか良い方法がないの。




「公爵様から、お手紙が届いております」と起き抜けにエルマが。


 昨夜眠れなかったから、目が腫れてる開かない。


「エルマ読んで」


「リイティア様は文字がお読みになれるのでは」


 そーだった。

 でも私の顔を見てエルマ何かを納得してくれたみたい、読んでくれた。


 内容は、先にお母様からいただいたものと同じ。

 違うのは、バスクスに謝れと、このままなら近日中に私を罰すると追加されてた。

 そしてお父様の印も押してある。


「お父様もお怒りになっている。

 ヨンゼの嘘つき、もう私おわり。

 バスクスに謝るわ」


 エルマが手紙を呼んでいる間に、泣いてしまった。


「ヒック。

 お父様、じゅるしてぎゅださい」


 エルマがハンカチを出しながら

「あの、お嬢様」


「あ゛にー」


 受け取って、涙を拭く。


「恐れ多いのですが、公爵様はこの手紙をご存知では無いかと」


 ?

 彼女はおどおどしてる、もし違ったら大変だからだ。


「責任は私が持つわ、誰にも言わない。

 そう思った理由を教えて」

 あ、ヨンゼ、勝手に。


「はい。

 貴族が使用する印ですが、御当主が使う印はすべて焼印のはずです」


「ならパピルスに書かれた場合は、どうやって本物って判断するの」


 今回のような場合よ。


「パピルスを使用する場合は、ご本人がお書になります。

 その筆跡で、誰が書いたかが判ります。


 逆に言えば筆跡を知っている方へお送りする、ごく私的なものだけにパピルスを使います。

 パピルスの手紙を代筆させるなど、本来ありません」


 お父様の手紙って、私的なものだったの。


「貴族が代筆士を使うのは、文字を綺麗に仕上げるためです。

 見栄えを重視する公式なものに書かせます。

 それでは代筆士を使えば誰でも作れてしまうので、内容を証明するためにご本人が印を押すのです」


「それってみんな知ってる事なの。

 なら、この手紙は偽物だって事になる。

 なんですぐにバレる嘘をつくの」


「知らなかったのだと思います、ヒシア様は文字をしりません。

 奥様のお屋敷ではその手の事にあまり関心が有りませんでした。

 それに印を持つのは、各家の御当主様のみ。

 ヒシア様の使用人では、本物を見たことも無かったのでしょう」


「エルマ、これまでにお父様にいただいたお手紙、全て持ってきてくれない」


 そんなに数は多くない。

 広げて中を確認した。


 パピルスに書かれた短い文は、すべて同じ筆跡。

 そして印が無い。


 そして羊皮紙にかかれている文字は、美しく今回の手紙に似た文字で書かれている。

 公爵家の印はハッキリと焼き付けてある。


「馬鹿じゃないの」


 こんな簡単な嘘で、騙せると思われている事に。

 私を簡単に欺けると侮った行いだ、悔しい。

 怒っている。


「フギズナを呼んで、出かけるわ」


 馬車は無いので歩くしかない。

 歩いて行っても会えるはずがない、でも行かないと。

 向かったのはお父様のお屋敷。




「館を出てから付けられてる。

 こりゃ何処かで襲ってくるな」


 お父様の敷地で娘の私を襲うだなんて正気じゃないわ。

 とっくに狂っていたのね。


「行き先もバレてるようだし。

 こっちのタイミンで襲わせるか。

 フォンシータ」


 先行していた、護衛の一人を呼ぶ。


「俺が合図したら、お前はお嬢さんを連れて走れ。

 ケリ用意は良いか」


 もう一人にも声をかける。

 聞こえているのか、彼は剣に手をかけた。



「いまだ!

 走れ」


 フォンシータについて私も走り出す。


「迂回します」


 待ち伏せされている可能性が高いから、まっすぐお父様のところには向かわない。


 私達が曲がった道を、ケリがまっすぐ走ってゆく。


 途中でフォンシータが私の後ろについた。

 その途端矢が飛んでくる。

 フォンシータは走ったまま、その矢を切り落としていた。

 フギズナの紹介だと彼はあまり剣の腕は良くないと言ってたけど、そんな事ない。


 弓を持った男が木々の中から出てきた。

 フォンシータが迎え撃つため反転した。


 私とフォンシータが少し離れたタイミングで、もう一人私の前に、狙っていたんだ。


「そのまま走れ。

 足首を狙って突くんだ」


 ヨンゼの助言にしたがって加速した。


 私が止まると思っていた賊は一瞬遅れた。

 大きく振り回した横殴りの剣の下に潜り込み、くるぶしを狙って突き刺す。


 ぐぅぁ!

 革ブーツじゃ私の剣は防げないわよ。


 一撃後、下がって距離をとる。

 そして剣で相手を牽制した。

 一度痛い目に有ってるから迂闊には近寄って来ない。


「頑張りましたね、お嬢様」


 フォンシータが追い抜きざまに褒めた。


 そして、あっという間に倒した。

 振り向くと弓を持った者も倒れている。




 二人で走り、無事にお父様の屋敷前までたどり着けた。


「これは何の騒ぎだ」


 2人共、門番に槍を突きつけられる。

 これでひとまず追いかけっ子は終わり。


 息が切れたままだが

「私は、ジュアンソン・シュサレア公爵の第四子リイティア。

 お父様に急用が有り参りました」


「リイティアお嬢様?!

 何故、馬車にも乗らずに」


 門番はどうしようかと、困っている。


 貴族の娘が、徒歩で父を尋ねるなどありえない。

 だが公爵家の屋敷の前でそんな嘘をつく馬鹿はいない。


 私が本物か判断できないでいる。

 無下な対応は出来ない、かと言って取り次いで違っていたら責任をおわされる。


「ご家族でも、お会いになるお約束がなければ、お会いする事はできません。

 後日、日を改めておいで下さいませ。

 その時は、馬車でおこしいただきますようお願いいたします」


 問題は追い返す事にしたようだ。


 そこへ、ケリが来た。

 私の後ろで膝をついているフォンシータの横に、同じように膝をついた。


 ケリを見て、門番が驚いてる。

 彼には返り血が飛びちっていたからだ。

 何か尋常じゃない事が起きていると、彼らも理解した。


「このように突然おうかがいしても、お会い出来ないのは知っております。

 ですので、判断が出来る方に会えないでしょうか」


 私の申し出に、考えた後


「それであれば、人を呼んで来ましょう」

 と一人中へ入っていった。


 少しして、門番と一緒に出てきた男に見覚えが有った。

 お父様主催の舞踏会でお菓子の乗ったトレイで「どうぞ」と、勧めてくれたのを私は覚えている。


「リイティアお嬢様、そのようなお姿でどうなされたのです」


 向こうも私を覚えてくれていた。

 彼の声で、向けられていた槍が一斉に空へ掲げられた。


「どのような御用でおいでになられたのでしょうか」


 隠し持っていた手紙を渡す。

 エルマの言っていた事が間違っていれば、私は叱られるだけではすまないだろう。

 これは、賭けだ。


 渡した手紙を広げ見て顔色が変わる。


「ご説明いただけますか」


「そのために、来ました」


「公爵家の敷地内で、剣を振りまわすなんて考えていなかったよ」

 フギズナも来たみたい。

 振り向くと全身血まみれ。

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