1-6 家庭教師

 魔法の先生は背の高い痩せたおじいちゃん。

 侯爵家の出身だそうだ、聞いてないけど教えてくれた。


「このワンドを、リイティアお嬢様にお贈りしましょう。

 はめ込まれいる宝石が、魔法の触媒になります。

 魔法使いは、師匠が弟子に魔法の杖を贈るしきたりがあるのです」


 短いワンドを渡された。

 小さい赤い石が埋め込まれてある。


 これで私このおじいさんの弟子って事になったの。

 さっき初めて会った人なんだけど。

 師匠と弟子って、もっとこう何ていうか...


 私がモンモンとしているの無視して、先生は話を続ける。


「まず手本を見せましょう」


 先生がワンドを構え意識を集中した。


「ノーユホァシル・ヴァナクィーガ・ビミナ・ツリャラー」


 先生が呪文を唱えると、ワンドの先から炎が吹き出た。


「今のは、古ツメーシュ語の下級魔法語での呪文。


 上級魔法語ですと。

 "トリニア"」


 短い呪文を唱えると、さっきより大きな炎が出た。


「となります。


 上級魔法語が使えるか、お嬢様しだいです。

 頑張ってください」


 出来なかったら、先生にも責任あるでしょと思うけど。


「初めは、基本中の基本の呪文で魔力を集めるモノです。

 下級魔法語をお教えしますので正確に真似をしてください」


 その日は、この魔力を集める呪文の練習を繰り返した。

 結局、出来なかったけど。


「では次時も同じように」


 その日の授業は終わってしまった。



 先生が立ち去った直後にヨンゼが

「面白いな」

 興奮してる。


「何が、面白いの」


 私は魔法がうまく使えず落ち込んでいるのに。


「先生の使った呪文さ。

 同じ呪文が、ちょうど昨日オレが読んでいた本にも書いて有った」


 興奮しすぎてちょっと声が大きいかも。


 私は庭にある東屋の日陰に逃げて、エルマにお茶を頼んだ。

 私がここにいる間は、エルマも離れ屋敷の影で休む。

 かなり距離があるのでヨンゼの声は聞こえないはずだ。



「オレが昨日読んだのは、古代ツメーシュの魔法を考察してる本だった。

 古い記述を書き写して、その説明をしていた。

 謎を解き明かしたと自慢げに書かれていた内容は、見当違いもいいとこだったがな」


 エルマが離れたのを確認したら、また話初めた。


「元にしていた部分は古い資料を写したもののようだったが、すごく正確なものだったぞ。

 そんな事が可能なのか」


「自動書記人形を使ったんじゃない。

 見た物を覚えて書く魔法道具、文字なら知らない文字でもそのままに書き写すわ」


「そんなモノが有るのか。

 グーテンベルクの出番はなさそうだな」


 グーデン、なにそれ。


「高価な魔法道具だから、気軽に使えないわよ。

 普通は木版画を使う」


 木版画でも100枚は刷れたと思う。


「写しが正確だとどうなるの」


「読める。

 そこには、今日習った魔力を集める呪文が書いて有った」


 ズルい、ズルい、ズルい、ず〜る〜い。


「また例の'ズルい力'のおかげなの。

 卑怯よ」


 呪文まで習う必要が無いなんて。


「そう言うな。

 リイティアにもいいことがあるぞ」


 良いこと。


「本に書かれていた呪文と、先生が唱えた呪文はオレには違うように聞こえた」


「先生が間違ってるの」


「わからん。

 でも先生は正しく古ツメーシュ語を理解していないというのは判る。

 もしかしたら、呪文を言葉とは考えていないのかもな」


「古ツメーシュ語だなんて古い言葉、全部理解してる人なんでいないわよ。

 呪文としてだけ唱えられ続けられてきたのだから」


「その間に意味が変わってきたというのか。

 元々の呪文は、魔法を発動させるまでの手順を示したものだった。

 言っている事は違っていても、大体意味は同じだったから魔法は発動しているのか。

 なら、同じ意味が込められていれば魔法は発動すると言う事じゃないか」


「同じ意味」


「先生はリイティアに呪文を教えていた時、もっと魔力を意識してとか、杖に魔力を流すイメージでとか言っていただろう。

 あれはオレが聞こえた先生の呪文と同じ内容だった、彼は呪文を唱えるときそうイメージしてるのだろう。

 その証拠に下級魔法語と上級魔法語の呪文はオレには同じに聞こえたぞ」


「同じに。

 じゃなんで上級魔法語で唱えた時炎が大きくなったの」


「本には魔法の発動には発音する必要があるとされていた。

 そして、短く唱えると魔力が圧縮され強化されるとも書いてあった。

 下級魔法語も略語を集めたものだし、上級魔法語はそれをもっと略したもののようだ」


「ヨンゼが判った事はもういいわ。

 何が私にいいことになるの」


「リイティアの呪文はオレには意味のないものに聞こえた、唱える時何もイメージしてないからだ。

 オレは古ツメーシュ語でかかれた正しい手順が読めるんだぞ、それを知れば魔法習得が早くなると思わないか」


「意味が判っても、正しく発音出来なきゃ魔法は...」


「発動すると思うぞ。

 発音や言いずらさは古ツメーシュ語の問題だ」


「じゃ、魔法を集める呪文の正しい意味を教えてよ」


「大いなる意思よ我が声に答えよ、小さく眠るものよ目覚めよ、原初たる幹に魔力を流す、

 大気に漂う力よ我が幹を目指せ、集え、そして光りとなりて原始に戻れ」


「何それ、長い。

 呪文としてそれありえないわ」


「炎を呼び出す呪文は、もっと長いぞ。

 先生の唱えた呪文はこの3倍も長かった、正しいモノが判ってないから無駄なものが多いだと思う」


 それを呪文の詠唱の間に思い浮かべるの。

 難しいよ、それあんまりズルになってないじゃない。


 試しに、ヨンゼの言ったように唱えたが魔法は発動しない。

 でも魔力が集まるのを感じた。

 悔しいけどヨンゼの言ってるのは正しいかも。


 今度は言葉を思い浮かべながら、下級魔法語で唱えてみた。

 やっぱり魔法は発動しなかったけど、さっき練習した時と違い魔力を感じれた。

 これならと何度か繰り返したら、ワンドの先が少し光った。


 でも

「先生のお手本はもっと光ってたよね」


「練習しかないんじゃないか。

 今度はオレにやらせてくれ」


「大いなる意思よ我が声に答えよ、小さく眠るものよ目覚めよ、原初たる幹に魔力を流す...」


 ヨンゼはそれで魔法が発動するの!


 そんな事なかった、今度はちゃんと下級魔法語で詠唱。

 でも言い方はめちゃくちゃ。


「ダメだ呪文が勝手にここの言葉になってしまう。

 音だけに意識すると言葉に意味が無くなってしまう。


 呪文が勝手に翻訳されて、長い言葉になってしまうせいで、魔法が発動しない」


 あの'ズルい力'のせいで魔法が使えないなんて、いい気味。


 魔法の授業の遅れはその日の午後で取り戻した。

 もしかして私は魔法の才能が有るのかも。


 次の授業で魔力を集める魔法を見せたら


「リイティア様は天才ですな。

 師匠として教えがいのある弟子です」


 喜んでいたけど、なんで自分の手柄だと思ったのかな。


 魔法を使えるかは、お父様とお母様も心配していた。

 使えるようになったとお伝えしなければ。

 でも先触れを出してお会いするほどの事でもないので、手紙でご報告したわ。


 お父様は

 "おめでとう。

 より一層励むように"

 と短い返事。


 パピルスにはまだまだ書く隙間が有りますよ、と教えて上げたい。


 逆にお母様は文字で埋め尽くされたご返事。

 魔法が使えるのは当たり前と思ってたらしく褒めてくれなかった。

 代りにリンを習っていることや、無茶を言ってバスクスを困らせないようになどと小言が一杯。


 そのリンの先生は、ちょっとふくよかなおばさん。

 自分でおばさんって自己紹介したのだから、私がそう言っても良いわよね。


「聞いた話では、コーシャル男爵家の奥さんが生んだのが...」

 噂話が大好きで、聞いていないのに色んな話をする。


 最後に

「ここだけの話にしてね」

 と言うのまでがセットになっている。


 今まで周りにいなかったタイプの人、この方のお話なら面白くて飽きないわ。


 リンの腕は確か。

 弾いてくれる曲にすべて心を奪われてしまう。


「お嬢様のお年で、ここまで弾く人は初めてです。

 お一人で練習なさってたのですか。

 素晴らしい」


 と初めて先生の前でリンを弾いた時には、褒めていただいた。


「私も本気でお教えしますので、覚悟してください。

 でも13才で学園に行かれてしまうのですね、何ともったいないと思ってしまいます。

 賦存な考えですね、お許しください」


 自分に正直な人で、思った事をすぐ口にする。

 でも、嫌な気持ちにはならない。


 リンに関しては厳しい。

 でも、怒らないし出来ないことを馬鹿にもしないので頑張れそう。


「あ〜、下手になってる。

 絶対、練習出来なかったからだ。

 もっとできたはずなのに」


「そうなのか、オレには2人の差はあまり感じなかったが」


 リンに関してはヨンゼは弾くどころか、聞く力もない。


「1つ忠告だ。

 人は自己評価が高い。

 もっと出来ていたと言うのは、リイティアの思い込みじゃないのか」


 相変わらず嫌なことを言う。




 新しい読み手の先生は、若い女性。

 なんか冷たい感じ、チナ先生もそんな感じだったから、読み手の先生ってみんなそうなのかな。


 でも声はチナ先生の何倍もいい。

 話に筋がある場合は、抑揚を付けて読んでくださった。


 書庫に入れるようになり判ったけど続きのある話を途中でやめるのは、チナ先生のせいではなかった。

 続編が発行されていなかったからだ。


 本を作るのには時間とお金がかかる。

 ある程度の発注主がいなければ作られない。


 貴族の間で物語物は低俗と思われていて、あまり本にしない。

 たまに、私のような若い女性が気に入るので作られる。

 だが続編を作っている間に娘ではなくなる、妻や母になって読まなくなってしまうのだ。


「完結しているモノを選んだらいいじゃないか。

 布の本になら、完結しているものも有るぞ」


 書庫には、布で作られた本もある。

 羊皮紙の本より安くできるので、色んな本が有った。

 チナ先生は見栄えを気にして、羊皮紙の本しか借りていなかったようだ。


「パピルスの本は無いようだが」と本を物色してたヨンゼが。


「パピルスはすぐダメになちゃうから、手紙ぐらいにしか使われないわよ」


 それも使うのは金持ちだけで、庶民は木の板だと聞いた。


 ヨンゼは魔法関係の本を選び、私が聞く本として旅行記を勧めた。

 旅行記は楽しいので私もいいと思う。




 そして、上級貴族令嬢としての作法の授業。

 酷い、としか言えない。


「苦行だなあれは。

 意味が判らん」


 ヨンゼの漏らした感想に同意する。

 終わってから何もする気力が残っていない。

 エルマが何も言わずお茶を入れてくれた、優しくて嬉しい。

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