1-5 魔法とお菓子の約束

 引っ越しは、誕生日の翌日になった。

 いくら何もしなくていいと言っても、急すぎる。


 でも、お母様から

「これからはリイティアも人の上にたつのです。

 出来ることをお母さんに見せてください。

 頑張るのですよ」

 と送り出されてしまっては、頑張るしかない。


 お母様から、11人の使用人をいただいた。

 新しく加わった人は、全員お母様に仕えていた。


 執事長はバスクス、彼が私の屋敷全体を管理する。

 お母様に結婚前から仕えていて、今は息子がお母様のお屋敷の執事長を努めている。

 引退していたのを、お母様が私のために頼んで現役復帰させてくれたのだ。


 メイド長はエルマでは無くなった、新しくきたおばさん。

 彼女もお母様に長年仕えていた人だ。


「バスクス達にまかせておけば大丈夫よ」

 とお母様は何も心配していなかった。


 同じ敷地内への引っ越しだし、そんなに心配する必要はないのかもしれない。

 バスクス達はテキパキと仕事を行い、その日のうちに引っ越しを終わらせてしまった。


 すごい。

 私なんて、お菓子を食べてた記憶しかない。

 焦る、私も自分のできる事をしないとね。


 自薦他薦で先生の売り込みの手紙がきている。

 この中から新しい家庭教師を選でおこう。

 10才になったから勉強をしなければならないのだ。


 何が書いて有るかはわからないから、エルマに読んでもらった。

 法や歴史、音楽、詩と色んな科目がある。

 どれを選ぶか悩んでしまう。


「ありがとうエルマ。

 良く考えてみる」

 とエルマに出ていってもらった瞬間。


「この世界には、魔法が有るのか」


 ヨンゼがいきよいよく聞いてくる。


「当たり前じゃない。

 私は貴族それも公爵家の娘よ、魔法が使えなくてどうするのよ」


「リイティアも使えるのか。

 頼む見せてくれ」


「な、何言ってるのよ。

 これから習うんじゃない」


「使えないのか?」


「失礼ね。

 貴族は魔力を持っているの、それも位が高いほど強い。

 公爵家の人間なら当然強い魔力を持っているわ。

 私もそうよ」


「なのに魔法は使いない」


「だ〜か〜ら、子供は使うのは禁止されているの。

 制御できずに暴走させる危険があるから。

 魔法の練習は10才になってから、行うものなの」


「それならリイティアに魔力があるとどうして判ってるんだ?

 魔法は使えないのに」


 使えない、使えない言い過ぎ。


「名前は忘れたけどある魔物から油が取れるの。

 その油で燃えている炎に魔力を放出すると、魔力に応じて炎が変化するわ。


 私がおこなった時には、炎の大きが倍に、色が青く変わったわ。

 それで私が魔力を持っている証拠になるわ」


 その炎を見てホッとしたのを覚えている。

 その場にいた大人が、みんなすごく緊張していたのが伝わっていたからだ。


「オレも魔法が使えないかな?」


 ヨンゼが、とんでも無いこと言い出した。


「私の魔力を勝手に使う気。

 右手のくせにそんなの駄目よ」


「ちぇ」


 その後もあれこれ先生を選んだが、「私の方ですでに手配しております」とバスクスに言われてしまった。

 もともと選択の余地がなかたんだ。


 でも

「リンの練習をしなきゃ駄目」

 これは言わないと。


「楽器の練習はしなくてもよろしいかと。

 リイティアお嬢様は公爵家のご身分、聞く側の人間です。

 演奏など位の低い者が行うもの、必要ございません」


「何を言っているの、私はお父様にリンをいただいているのよ。

 どうしていると聞かれて、埃をかぶっていますと答えなきゃならないの。

 絶対練習しなきゃダメなの」


 バスクスが困った顔になる。


「判りました、リンの練習も加えましょう。

 ですが私は楽器を使える者などしりません、リイティアお嬢様がお選びください」


 私が選んでいんだ、もう決めてある。

 リンの奏者で、元宮廷音楽団にいた人。

 お父様のお屋敷でも演奏した事が有って、その時私も聞いた。

 すごく上手い人だった。



 数日後から先生がき始めた。

 授業は午前中毎日行われる。

 あの本を読んでいるのをただ聞いていた時間が、勉強の時間に変わったのだ。


 でも本を読む先生はいる。

 その先生が、私の代筆も行う予定だ。


 それを知ったヨンゼが

「リイティアは文字を習わないのか?」と驚く。


 文字を勉強するのが、当たり前だと言う気なのだろうか。


「それがどうしたの。

 そのために代筆士がいるのよ、貴族は文字を知らなくてもよいの。

 お母様も人を使っていたわ」


 これ以上、勉強の時間を増やすのが嫌だったのも有るが、それは言わない。

 リンの練習は午後の時間になった、空き時間がないからだ。

 そこに文字の勉強を入れたら、大変になってしまう。


「そうだ、お父様から本を借りる許可をいただかないと」


 本を読んでもらうのは同じでも、その本を選ぶのは私。

 公爵邸には書庫が有り、その中にはたくさんの本が収められている。


 チナ先生が読んでいた本も、そこから持ち出したもの。

 本は高価だ、家庭教師があんなに沢山買えるわけがない。

 お母様は書庫の使用を許されている。

 チナ先生に指示して、本を借り出させていた事になっていた。

 でもつまらない本を選んだのは、チナ先生だったはず。


「オレにも借りる本を選ばせてくれ」


 最近ヨンゼは変だ。

 もっとも、正しい状態って知らないけど。


「突然なに言い出すの、なんでヨンゼが本を選ぶのよ。

 変なのを借りて私を困らす気?」


 これ以上つまらない本を読まれるのは嫌だ。


「オレが読みたいんだよ。

 この格好では人と話すわけにもいかない。


 せっかく新しい世界に来たのに、何も知らないままだぞ。

 いい加減限界だ、色々と知りたいんだよ。


 オレが辛抱出来なくなっていきなり喋りだしても、リイティアはいいのか」


 ヨンゼ、まさか。


「文字が読めるの!」


「そっちに反応するのかよ」


「だって、ヨンゼこっちきたの最近だよね。

 なんで」


「それを言うなら、言葉もすぐに理解出来てたぞ。

 オレは話す時、こっちの言葉を意識していない。

 今までどおりに話しても、こっちの言葉に変わっている。

 勝手に翻訳されるようだ、重さや長さの単位まで変わってしまう。


 それは文字にも当てはまるみたいで、この部屋に見える文字も理解できている。

 全部、意味が理解出来ているんだよ」


「なにそれ、ズルい。

 勉強しなくていいだなんて、絶対ズルい」


「そう言われてもな。

 こうなっているのはオレのせいじゃない。

 特典って言うやつじゃないか」


 ズルい、ズルい、ズルいったらズルい。


「選ばせない」


「は?」


「ヨンゼに、本は選ばせない」


「何だそれは。

 嫌がらせをするつもりか。

 それなら、これからは勝手に人に話しかけるぞ」


「ヨンゼは、そんな事しない。

 私も困るけと、ヨンゼはただじゃすまないもの。

 判ってるでしょう?」


 面倒な事がおきるに決まっている。

 そう思って言い返したら、黙った。

 当たってたらしい。



「お願いします、リイティアさま〜」


「そんな情けない声だしてもダーメ」

 とクッキーを一口。

 なんか楽しくなってきた。


 クッキーをもう一つ摘もうとしたら、手のひらに開いた口がパクリ。


「これからお菓子は全部、オレが食い尽くす。

 もうリイティアは食べれなくなるぞ、それでいいのか」


 呆れた、何言っているの。

 左手で菓子の籠を移動させ、右手の届かない場所へ。

 そして左手でクッキーを掴む。


「どうぞ、出来たらね」


 ニヤニヤしちゃう。


 ヨンゼは、また黙った。

 今度はどうするのかな。


「ダメだ、ダメだ。

 これじゃホントに子供のケンカだ。

 リイティアがガキだからオレまで子供ぽくなってる」


 なに、私のせいにする気。



「お前、お菓子好きだろう」


 戦法を変えてきた?


「好きだけど」


「これまで見た菓子はすべて焼き菓子だった。

 こっちの菓子は全部焼き菓子なのか」


「ん〜、全部じゃ無いけど、焼き菓子以外って少ないかな」


「見た事の無い美味しい菓子を、食べて見たくないか」


「新しいお菓子?

 もしかして」


「そうだ。

 オレは、趣味で料理をしてた。

 お菓子も造っていた、見栄え優先だったが、味も悪くは無かったぞ。

 それを作って食わせる、その代りに本を読ませろ」


 お菓子か、魅力的だな。


 ヨンゼはなぜか勘違いしてるみたいだけど、そもそも借りれる本は1つだけじゃないしね。

 読んでもらう本は、私が選べばいいんだし。


「約束よ。

 でもお菓子が美味しくなかったら、この話しは無し」


「約束しよう。

 さっきクッキーを食べて判ったが、味覚は同じようだ。

 多分、気にいると思う」


「決まりね。

 早速お願いするわ、美味しいお菓子を作って」


「いいが。

 良く考えろ問題があるぞ」


「なに、もう約束破る気」


「オレが作ると言うことは、リイティアが作るという事だ。

 させてもらえるのか?」


「… 調理場なんて入ったことない」

 どうしよう。


「サヤさんに頼めないのか」


 それしか方法無いけど、サヤ何て言うかな。

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