1-3 右手の名

 驚かされっぱし、くやしい。


 それに

「私はお前じゃないわ、リイティアって立派な名前があるの。

 これからはそう呼ぶように」


「それは、すまなかったリイティア」


 あれ、随分すんなり。


「これから長い付き合いになる。

 離れる事は難しそうだしな。

 ケンカをしているよりは、仲良くしていたほうがいいだろう」


 そうか、コイツずーっと一緒なんだ〜。


「そんな嫌そうな顔をするな。

 この状況を望んだのは、そっちだろう」


「腕に目と口が開いて、ごちょごちょと色んな事言われるなんて望んでないわよ」


「諦めろ」


「イヤ」


 コイツ、口がニヤニヤしている。


「なんて嫌なヤツ」


 ヤツ?


 コイツは魂を召喚されたんだから、何処かで暮らしていた事になる。

 普通に名前を持って、普通に生きてたはずだ。


「私は、貴方をなんて呼べばいいの。

 名前、有るわよね」


「どうした、いきなり暗い顔をして。

 オレの召喚前の事でも気になったのか。


 気にするな、ここに呼ばれた時オレは死ぬ直前だった。

 もう少し遅ければ意識も無くなって、完全な死をむかえていただろうさ」


 それじゃあの治療師が行ったのは、蘇生術や反魂みたいなモノ。

 使ちゃいけないヤツじゃない。


「悲しんだり驚いたり、忙しい娘だな。

 確かにオレはここでない場所で生きていた。

 そして死んだが、それはお前たちのせいじゃない。


 向こうではそれなりに楽しく暮らしていたし、無論多少の未練もある。

 だが、死んだのは理解できている、受け入れるしか仕方がないさ」


 さっきまでの、私をからかっていた軽い口調じゃなくなっていた。


「幸い、オレには親も恋人、それに子供もいなかったからな。

 悲しんでくれる友人はいたと思うが、彼奴の日常にオレの死が影響する事はないさ。


 残ってる未練を断ち切りたい。

 区切りをつける、向こうの名前は使わない。


 リイティアが名付けてくれ、好きなのでいい」


 私が名付けをするの。


「右手にちなんだのが良いかな」


「ただし、右手だからと言ってミギーはやめてくれ、色々と問題がありそうだ」


 何よ、その問題って。

 注文が多いな。


「そうだ、少し前に右手の神様の話しを聞いたと思う。

 なんだっけかな」


「神の名前なんかつけていいのか」


「思い出した、右腕で人の魂を掴み上げて、その重さで善悪を裁く神様だった。

 確かヨンゼ様だったかな。


 ドゥネーベニア様の仮のお姿だし、今は信仰している人たちもいないはずだから、名乗っても大丈夫よ。

 今から貴方はヨンゼね」


「かまわないが、何でこんな事を知っているんだ」


「家庭教師の読み手が、読んだ本に有ったの。

 アイツは色々な本を読むから」


「それにしても信じる者がいなくなった古い神の名前など、教えるにしてもかなり特殊な先生だな」


「アイツはただ本を読むだけよ。

 毎日本を読むだけ、その本も適当に選んでいるみたい。

 物語みたいなお話から、モノの売り買いの話、本当に色々。


 続きがあるものでも、次の本は全く別ものを持ってくる。

 すごくイライラする、真面目に聞く気も無くなるわよ。


 ヨンゼの話は最近聞いたから、たまたま覚えていたの」


「この世界では、家庭教師と言うのはみんなそんななのか?」


「他がどうなってるかなんてしらないわ。

 その家庭教師しか知らないんだから」


 家庭教師のチナ先生の、私を視る冷たい目を思い出した。

 右手の件で最近休んでたんだ、治ったらまたあれが始まるのか、やだな〜。


 先生の前に行儀よく座る自分を思い受けべて、うんざりする。


 ん?!

「ダメじゃない。


 目と口のある手なんて、人前に出られないじゃない。

 後10日後には誕生日だって言うのに」


「それは大丈夫だ。

 ほら」


 ヨンゼが目と口を閉じた、と同時に無くなる。


「すごい、無くす事ができるの。

 これなら誰にも判らないわ」


「人に見られる場所では、表には出ないようにする」

 口も無いのにしゃべった。


 手が返る。

 今度は手のひらに口がある。


「この右腕の中なら、結構自由にできるようだ」


 やめて、気持ち悪い〜。



 その夜は自分の右腕が気持ち悪くてなかなか眠りに付けなかった。

 朝、エルマおこされてもまだ眠い。


「腕が治ったのですから、本日から午後はダンスの練習を再開します。

 ここ数日の遅れを取り戻しませんと」


 そうだ、もう日にちがない。

 ダンスは得意だから一応踊れるようにはなっているけど、もっと練習して完璧にしなきゃ。

 私の大事な日になるんだから、失敗はできないもの。


「すぐダンスの練習を始めなきゃ。

 先生を呼んで」


「いいえ、ダンスの練習は午後からです。


 午前の勉強も再開します。

 早く朝ごはんを食べてください、家庭教師のチナ先生がもうすぐ来る時間になってしまいます」


 え〜、あれも始まってしまうの。

 ダンスだけで良いんだけどな。

 まあ、居眠りしてても怒られないからいいけど。


 食後のお茶を飲んでいると、チナ先生がきた。

 軽く頭を下げる、先生も同じだ。

 何故かこの時だけは正式な挨拶をしない。


 チナ先生はいつものように、私の前に座り本を読み始める。

 私が何をしていも気にしない、ここに座ってさえいればいい。

 退屈な話の場合はつい寝てしまう事も有ったが、そんな時もチナ先生は眠った私をそのままにして出ていく。


 今日は大陸を横断の旅をした冒険者の話、これはいい。

 旅に前半が終わった所で、鈴がなる。

 これから面白くなる所だったのに、まあ良いわこれから数日はこの本が続くんだから。


 そうだ

「チナ先生。

 お聞きしてもよいですか」


 と声をかけると、立ち上がろうとした先生が止まった。

 不思議そうな顔をしている。


「なんでしょう?」


「何故10才になってから、お披露目が行われるのでしょうか。

 私はお父様の子供なのは変わらないのに、何故生まれた時に行われないんですか?」


 昨夜ヨンゼに聞かれた事だ。

 "理由も知らないで、何故お披露目を楽しみにしているんだ"とも言われた。

 あの目は私をバカにしていた、今まで誰も教えてくれないんだから仕方ないじゃない。


「そういう決まりです」

 と言って、チナ先生は部屋を後にした。

 やっぱりアイツ使えない。


 答えは意外な人が教えてくれた。

 昼食の用意をしていた時、エルマにも同じ質問をした。

 彼女は知らなかったが、給仕をしてくれていたサヤが知っていた。

 サヤは生まれたときから私の世話をしてくれていた、一番古い使用人だ。

 エルマが来た時、平民の彼女は食事係になってしまったので、すこし悲しかった。


「子供が死んでしまうからです。

 貴族様の家では、滅多に亡くなる事はありませんが、平民では10才になるまでに半分以上死んでしまいます。


 そのほとんどか赤ん坊の時です、私の子供も2才にならずに死んでしまいました」


「え、サヤに子供がいたの」


「私は最初、リイティア様の乳母としてお使えしておりました。

 奥様が、乳が出る人を探していたのです」


「そうだったんだ」

 サヤに懐かしい香りを感じるのは、お乳を飲んでいたせいだったのかな。


「ごめん、サヤ悲しい事を思い出させてしまったわね。

 でも残念だったな、お姉さんか。

 一緒に遊べたのに」


 ここに年の近い子供はいない、いたら絶対仲良く遊んだはずだわ。


「ありがとうございます」

 そう言って礼をしたサヤは、しばらく頭をあげなかった。


「娘にはいただいたお金で精一杯の事はしました、あれ以上は仕方がなかったのです」


 顔を上げたサヤの目が赤い、泣かせてしまったんだ。

 サヤは厳しいけど優しいんだ、泣いてほしくない。


「兄弟はいないの」


「生まれた子が最初の子でした。

 それに、残ったお金を持って夫が何処か行ってしまったので、弟も妹もおりません」

 とこれは何故か笑って。

 イヤな笑い方じゃない。


「今はここが私のいる場所です」


「じゃ何処にも行かないでよ」


「はい、リイティア様」


「だから私も10才で、技能習得の学校に入れられたんですね」とはエルマ。


「10才で学校に入れられてしまうの」


「いいえ、リイティア様が学園に入るのは13才です。

 私が入ったのは、下級貴族しかも家を継げない立場の者が入る学校でした。

 将来のため技術を身につけるためです」


 エルマの出身家は、たしか男爵だった。


「淑女を目指し、貴族としての行儀見習いを学びました。

 今考えば淡い想いが有ったのだと思います。

 "妻は上がり、夫は下る"と言うことわざにすがっていたのでしょう」


「エルマは私の先生だったの」


 初めちょっとうるさいメイドだと思ってた。


「基本的な事は直させていただきました。

 ですが私など、先生と名のれるほどの知識は身につけておりません。

 上級貴族の所作も学び始めましたが、私には必要ないと思い知りました。

 そこに、公爵家で働くお話がありお受けさせていただいたのです」


 4年前来た時、エルマは16才だった。


「本当の上位貴族の作法は、複雑で微細、状況に応じ多岐、そして意味不明なモノです。

 私がお教えしたのは、ほんの触りていどです」


 エルマが、私を可愛そうな子を視る目で見てる。

 やめて。

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