1-2 悪い笑い

 - 随分、無茶をするな。

  オレの体だが、お前の右手でもあるんだ。

  痛いのは当たりまえだ -


 夢じゃなかった。


「やっと出てきたわね。

 腕が動かせないのは、何故。

 私は治療師を開放したわよ」


 夢の中で怒鳴るというのは、なんだか妙な感じだ。


 - 話せるようになったのは、お前が痛みで気絶したからだが、夢の中でしか話せないのは不便だな -


「そうじゃなくて、何で動かないの。

 約束が違うじゃない」


 - オレは約束はしていない。

  お前が言っただけだ -


「そんな」


 - そもそも、オレはお前達の行った事に怒っていたのだぞ。

  それを無かった事にして、はい、終わりのつもりか。

  彼への謝罪も無かったしな。


  それに、あれは開放なのか?

  ボロボロの彼を放り出しただけだ。


  大抵あんな事をさせる時には、報酬を約束しているものだが、それはどうした。

  少なくとも半分は成功しているのだぞ、どうするのが良いと思う -


 確かに、半分は治療師の言ったとおりになっている。

 右手にこいつが宿っている。

 うるさくて偉そうな精霊だが、いることはいる。


「すごく痛かった」

 痛みは感じれたのだ。


「動くようになるの?」


 これが一番重要な事だ。


 - 動く、それは保証しよう。

  お前の自由になかは、お前次第だが -


「何、それ。

 私は命令されるのは嫌い。

 貴方の言うとおりに動けだなんて、冗談じゃないわ」


 - オレの言う通りに動けとは、言っていない。

  人として筋の通らない事をするなと、言っているだけだ。


  いきなり捕まえてきた男に無理な事を要求し、出来なければ牢に入れ。

  約束していた報酬も払わない。

 

  それをお前はどう思う -


 言い方が悪いけど、たしかに結構ひどい事をしている。


「私も、嫌かな」


 - よかった、価値観は同じようだ、

  もし違っていたら、今後は口もきかないと思っていたからな。


  オレが嫌な事を、お前がしたら、伝える。

  それにお前が合意できたら、行動を変えてくれ。

  いくらオレが嫌でも、お前が出来ない事も有るからな、それは仕方がない。


  話し合いを持つ限りは、右手はお前の思うように動く -


「全部、従わなかったら」


 - それでは、話し合う必要も無いだろう -


 そうなると、腕は動かなくなる、か。

 右腕を人質にするなんて卑怯だけど、無理な話でもなさそう。

 なんとなくコイツは無茶は言ってこなそうだし。


「判ったわ。

 これは約束してもらえるの」


 - 約束しよう -




「お嬢様、目が覚めましたか?」


 エルマが覗きこんでいる。


「お水をちょうだい」


 エルマが、水の入ったコップをトレイに乗せ持ってきた。


「ありがと」


 コップを受け取り、飲んだ。

 すごく喉が乾いていたので、全部飲んでしまった。


 右手には包帯が巻かれている。

 エルマがしてくれたのだろう。


「お、お嬢様。

 右手が...」


「治ったわ」


 一瞬、間があったが

「おめでとうございます」


 エルマはいつも優しい。

 笑顔で本当に喜んでくれている。


「ありがとう」


 窓の外を見ると、日がだいぶ傾いている。

 随分眠っていたんだ。


 そうだ、やらなきゃ。


「敷地の出かけるわ馬車を用意して、目立たたない方がいいわ。

 お忍び用のが有ったわよね」


「はい、ございますが。

 何方へ」


「そんな遠くないはずよ」


 そう言えば場所をしらない。

 どうしようと思ったが、心配は不要だった。


 治療師は、街で有名で家はすぐに判った。

 郊外に治療所を開いていた。


 治療所に着くと、見知った兵達が4人いる。

 お母様の私兵、エンギ達だ。

 私に気づくと馬車の前に跪いて出迎える。


「何か有ったの?」


「それは...」


 エンギの口が重い。

 お仕事中だったのかな。


「隊長ちょうどいいのでは。

 中にご案内しては」


 後ろにいた兵が、私を見ながら言った。

 言い方が、すごく感じ悪い。


「何がちょうど良いのよ。

 ちょうどいいのは私、こんな汚い所に入るのは嫌よ。

 治療師呼んで、報酬を渡すわ。

 半分だけどね、全部成功してないのだから妥当よね」


 と金貨の入った袋を出す。


「お嬢様、その腕は」


 エンギはお金の入った袋ではなく、その袋を持つ右腕を見ている。


「だから報酬を出すのよ。

 動かすには、問題が無くなったわ」


 別の問題は有るけど。


「その事をヒシア様は、ご存知で」


 そうだ、急いできたからお話していない。


「これからお話するわ」


「それはお喜びになるでしょう。

 大変、ご心配されておりましたので。


 急ぎ奥様にご報告に行け」


 命じられると同時に1人の兵が馬に乗り走り出した。


 あ、待ってよ。

 私が言いたいのに。

 お母様が喜ぶ顔を一番に見るのは、私じゃなきゃダメなのに。

 あ〜あ、仕方がないな。


「あの治療師をよんで」


 出番を取られてちょっと不機嫌な声が出た。


 兵達が顔を見合わせた後に


「それが、この治療所にいた患者が人に移る病ににかかっている事が判り、私達はこの治療所を封鎖しておりました。

 中の者との接触は禁じられています」とエンギ。


 そんな事になっていたの。


「あの治療師は、隠れて患者を治療していたようです。

 お屋敷にいた間に患者の容態が悪化し、他の者への移るようになってしまいまして。

 お金はお預かりします、後で渡しておきましょう」


 それなら仕方がない、移る病気の患者がいる所には入りたくはない。


「頼むわ」

 エンギに袋を渡した。

 これでアイツには文句は言わせないわ。


 それにしても患者を黙って治療するなんて、あの治療師、いい人なのか悪人なのか良く判らない。


 たしか、人に移る病の患者は届け出る必要が有ったと思う。

 なんで隠れて治療していたのだろう。



 お屋敷に戻ると、お母様が迎えてくれた。

 涙を流し、喜んでくれている。


「リイティア、本当に良かった。

 宝物庫に入った事がシュサレア卿に知れれば、私達は終わりでした。

 本当に良かった」


 お母様はギューと力いっぱい抱きしてめくれる。

 嬉しくて私も思いっきり抱きついたわ。


「でも勝手に治療師を牢から出したり、会いにったのはいけません。

 兵からの報告に驚きました。


 今後は母に相談してからにしてくださいね」


 お母様の言うとおりだ。

 人に移る病の患者を隠してたとしたら、あの治療師はまだ牢に入っていなければならなかったのかも。

 それを勝手に出してしまった。

 腕を動かすためだったとわいえ、まずかったかも。


 久しぶりにお母様と夕食が一緒。

 一日中何も食べていなかったから、お腹が空いていたので思いっきり食べてしまった。

 お母様に"はしたない"と注意されてしまうぐらい。


 腕の事をお母様に話したら、夢の中で話せる事に驚かれていたわ。

 精霊を抑え込む方法を探すとも言っていただいた。

 私もいつまでも、あの生意気なやつの言いなりになるつもりはないからね。


 お部屋に戻っても、まだお腹が満たされていなかった。


 お菓子を用意させ、ゆっくりと味わっている。

 エルマ達メイドは隣の部屋に控えて、今この部屋には私1人。

 お菓子は残ればメイド達の口にも入る、だから私がお菓子を食べているのを見る視線が熱い。


 だからお菓子を食べている間は1人になる。


 クッキーをつまむ右腕の包帯を見る。

 大事な体に傷がついてしまった。

 女性なのだから傷になるような事は注意していたのに、何であんな事したんだろう。


 思いっきり刺した、どのくらいの傷になったんだろう。

 恐る恐る包帯を外す。


「あれ?」


 全部の包帯をとっても腕に傷跡がない。

 そういえば、痛みも無くなっている。


「腕のキズは治した。

 この体はある程度、オレの思いどおりになるらしい」


 え!

 夢の中でも無いのに、アイツの声が聞こえる。


 なぜと思ってると、腕が勝手に動いて前に伸びる。


 手の甲に口がある!

 そして、口の上に目が。


 悲鳴を上げそうだったが、右手が口を抑えたので声が出せなかった。


 ジタバタともがいたら、ドアを叩く音がして

「お嬢様、物音がしましたが何か有りましたか」


 ドアの向こうから、エルマが心配して声をかけてきた。


「なんでもないわ。

 ちょっとつまずいただけ」


 え、私の声!


「お怪我をされてませんか」


「大丈夫よ。

 心配させたわね、何もないから大丈夫よ」


 コイツ、私の声を真似ている。


「離すから、声を出すなよ」

 今度は、小声を出す。


 私は声が出せないので、首をブンブンふるしかない。


 ゆっくりと右手が離れてゆく。

 その甲には間違いなく、目と口が一つある。

 二度目なので悲鳴は出ないが、やっぱり気持ちが悪い。


「夢の中でしか話せんのは不便だからな。

 キズを治せるのならと思って試したら、出来た。


 音と匂いは前から感じれていたが、見える事で周りの状況は把握しやすくなった。

 声を出せれば、お前が眠っている時以外でも話が出来るしな」


 こんな変な事、平然と言わないでよ。


「いつから見ていたの」


「お前と母親が、オレをどうにかしようと話していた頃からだ」


 いまった、聞かれてた。

 私、何であの時コイツが聞いていないと、思ってたんだろう。


「オレをどうにか出来るのかは興味がある。

 協力しよう」と笑う。

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