右手がウルサイ 〜召喚した精霊が凄くてズルいんですけど〜

野紫

1章

1-1 最悪

「終わりました」疲れ切った男の声。


それを待っていたお母様が

「どお?」

と聞いてくる。


ジーッと右手を見るが、何も感じない。


私はゆっくりと、首を振る。

「駄目。

動かないよ」


「どうしたと言うのです。

治るのではないのですか」


お母様は立ち上がり、私の前にうずくまっている男に詰め寄った。


「何度も治る可能性は、低いと言っておりました。


誰もが知る、ファユードの英雄譚。

その中で、英雄の友である魔法使いスァニケーイも"呪い"に侵されたとあります。

スァニケーイは精霊を召喚し、その呪いを打ち払う。

伝説で語られていますが、残念ながらその方法は詳しく伝わっておりませんでした。


私はその方法が、シトルラ族に古くから伝わる"魂の召喚"では無いかと考え、研究をしておりました。

その噂をヒシア様が知り、今回お嬢様のために私が呼ばれたのです。


絶対の自信があるものでは有りませんでした。

お嬢様が受けた"虚の呪い"は、呪いの中でも最強に分類されるもの」


男は狂ったように言い訳を始める。

確かに、そう言っていたかもしれない。


「今更何を言うのですか」叱責が男の言葉を止める。

お母様は男の言い分を受け付けない。


私も治ると期待してしまっていた。


「私は出来る限りの事をしました。

これ以上は無理です。

家族の元にかえしてください。

お願いいたします」


疲れ切った声で男は、お母様に土下座した。


「この役立たずが、

お前のような治療師、この世に存在する必要などないわ。

この男を処分しなさい」


お母様付きの兵士が男の前に立った。


「ひいー!」男が悲鳴を上げる。


「待って!」

ポツリと言っていた。

私もこの治療師を蹴飛ばしたいが、殺すのはダメ。


お母様が私を抱きしめてくれる。

「優しい子。


その男を、牢に入れておきなさい」


「それでは、約束が違います」と叫ぶが兵士達に連れて行かれた。


お母様が私の頭を撫でる。


「私にまかせて。

きっと本当の治療方法を探してみせるわ」


「でも、11日後には」

時間がない。


「大丈夫。

大丈夫よ」


そう言うとお母様は立ち上がり


「エンギ、もう一度腕の良い治療師を探して。

歴史や秘儀に詳しい者でもよいわ」


兵士の1人に命じる。


「何としても呪いを解かなければ。

私は終わりだ」


「お母様」


お母様の顔を見ると、今まで見たことがない怖い顔をして、部屋を出ていった。





私は、シュサレア公爵家の第四子レイティア。

11日後には10才になる。

10才の誕生日にお披露目が行われる。

大事なお披露目会だ、そこで私は正式にお父様の子と認められる。


その日には、お父様からいくつかの贈りものがいただける。

せっかくなら自分の欲しい物をいただきたい。

お父様が、何を持っているのか知りたくて、宝物庫に入ろうと思ったのだ。

無論、立ち入りが禁じられている場所だ、簡単には入れない。


お母様に話すと、お母様も宝物庫の中の物に興味が有ったみたい、一緒に覗いて見ることになった。

お付きの魔法使いが、結界に穴を開け宝物庫に忍び込こめた。


これが良くなかった。

入って飾ってあった楽器に、目を奪われ手が伸びていた。

触れた瞬間に、呪いにかかってしまった。


すぐに手を引っ込めたが、右腕の感覚が無い。

動かすこともできない。

何も感じないし動かす事も出来ない、それが"虚の呪い”だった。


誕生日のお披露目会で"虚の呪い”に呪われているのが知られれば、宝物庫に黙って入った事がバレてしまう。

そうなれば、私もお母様もお父様に怒られる。

何としても避けなければ。





- おい、ガキ。聞こえるか -


泣きつかれて、いつの間にか寝てしまっていたようだ。

なら、これは夢?

私をガキだなんて呼ぶものはいないもの。


- 聞こえてるんだろう。返事をしろ -


妙にハッキリとした声ね。


「私はリイティア。ガキじゃないわ」

夢の中で応えてあげた。


- 十分ガキだ -


「失礼な言い方ね。

貴方は誰なの」


- さあ誰なんだろうな。

それに、オレを呼び出したのはお前達だろう -


「私達?」


- そうだ、さっき言ってたじゃないか"魂を召喚"したと。

呼び出されてお前の腕に押し込まれた、冗談じゃない。


いきなりこんな事になってみろ、パニックだぞ。

お前が眠って静かになったおかげて、何が起きたかが整理する余裕ができた。

オレは今お前の右手にいる -



「成功していたの!

じゃなんで何も感じなかったの。

動きもしなかったし」


- 言ったろう、状況を飲み込めなかったんだ。

何故か周りの音は感じていたが。

目は無い、状況を視る事は出来なかかった。

どうなっているんだと、叫ぶ口も無い -


「そんな事はどうでもいいわ。

私の腕は動かせるの、治ったの?

嬉しい、お母様も喜んでくれる」


- そいつは、どうかな -


「どうかなって、どう言う事?」


- オレが、お前の想いどおりに動くかは、判らないと言っている -


「何故?

どうしてそんな事を言うの。

意地悪しているの、私は公爵家の娘よ。


私にしたがいなさい」


- お前が誰の娘でも、オレには関係ない。

不愉快なんだよ。

いや、怒っていると言ったほうがよいか -


「怒っている?

何に」


- オレを召喚した治療師。

 あれは無いだろう -


「え?

お前を召喚した事を怒っているの」


この精霊が選ばれたのは偶然のはずだ。

自分が召喚された事を怒るのなら、あの男に怒ってよ。

何故、私達を怒っているの。


- オレを召喚した事は怒ってはいない。

何故右手なのかという思いはあるが、まあそこはいい。


彼に何の罪がある?

聞いてた限りじゃあの治療師には何の責任もない、それを牢屋に入れるってのはどうしてだ -


「彼を牢屋に入れたのを、怒っているの」


- そうだ -


「判ったわ。

私もやり過ぎと思ってたし、男は明日牢から出す。


それでいいのね。

そうすれば私のいうことを聞くのよね、約束したから」


- 約束とは双方の合意で成り立つ。

こんな一方的なものは約束とは言わない。

オレは見ているぞ -


目が無いと言ってたくせに、見ているだなんてえらそうに。


「はい、はい。

判りました」




翌朝はメイドに起こされる前に、目が覚めた。

変な夢のせいだ。


左手で右腕をなでて確かめて見るが、やはり何も感じられない。


夢と言うには生々しかった。

そもそも私はあんな下品な言葉使いを知らない。

知らなかったら私の夢にも出てこないはず、だからあれは夢じゃない。


メイドのエルマが、私が起きた事に気づいて部屋に入ってきた。

着替えを手伝ってくれる

あまりかわいいドレスではない、これから行く場所を考えてだ。

戻ってからもう一度着替えよう。


ここは、公爵家の敷地の中にあるお母様専用の離れ。

離れと言っても、きちんとした館だ、その地下には牢も備えてある。

その牢に向かった。


牢は地下に有り、地下部屋に入るとすぐに大きな鉄格子がある。

牢は奥にあるようで、治療師は見えなかった。


鉄格子の前にい眠そうな衛兵がいた。


私を見て

「誰だ!」


この屋敷にいて、私の顔を知らないのかしら。


「私はリイティアよ」


私が教えて上げると、驚きの声を上げる。


「お嬢様!

何故このような所に」


普通、私はこのような場所には来ない。

ただ、アイツは"見ている”と言った。

命じただけでは駄目だ、実際彼を出した所に私がいなくては。


「昨日、連れてこられた治療師はいる」


「は、はい、おります。

牢に入れられた時は騒いでおりましたが、今は黙り込んで静かにしています。

それが」


「出して」


「?」

牢番は戸惑っている。


一瞬、何かを考えたようだが

「おい、あの治療師を連れてこい」


鉄格子の向こうにいた、男に命じた。

男は走って奥に入って行った。

鈍い音の後に、治療師を連れて戻ってきた。


「出ろ」と衛兵は鉄格子のドアの鍵を開ける。


おどおどと治療師が出てくる。

彼は私の右手を見ている。

自分がどうなるのか判らず不安なのだ。


「開放する。

自由にしていいわ」


と言うと、治療師も衛兵も驚いている。

そんな変な事を言ったかしら。


キョトンとしている治療師に

「好きにしていいって言ってるの。

家にでも帰ればいいわ」


その言葉で治療師は、弾かれたように走り出す。

"ありがとうございます"と礼をして去る。


その笑顔を見たら少し嬉しくなった、私は良い事をしたんだ。


心が弾んだのは少しの間。

自分の部屋に戻っても、右手は何も感じない。

相変わらず動かすことも出来ないのだ。


あれは夢だったの。

何とか言いなさいよ!

私を騙したの?


「私は約束を守ったわよ。

何とか言いなさい」


衝動的に、朝食用に用意されていたホークを右手に突き刺した。

真っ赤な血が流れ、すごく痛い!

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