九月十九日

不自由な僕らは 一

 時折り涼しい風が吹き、そろそろ蝉も鳴き止もうかという頃。時節は彼岸。真っ赤な花が咲き乱れる田んぼ道を進むと、山の斜面に沿って墓地がある。

 シタはカカたちと待ち合わせて、ワッカの墓参りに来ていた。


「シタさん」

 バケツを持ったカカが控えめに手を振っている。

「遅くなって悪かったな。ウナは?」

「そこのスーパーに花を買いに行ってますよ」

「そうか。で、どうだ?」


 シタがそうとだけ聞くと、カカは「良くはないですね」と答える。

 ウナの話だという事は言わずとも伝わっているのだ。

 二人は階段をのぼりながら話す。


「ウナが気にするので、ワッカ爺さんの事を調べてみたんです。僕は遠縁のお爺さんだと聞いていたので、親や親戚の人に聞いたりして。家系図を持っている家もあったのでそれも見せてもらいました」

「なにか良くない事でも分かったのか?」

「いいえ。何も分からなかったんです。それどころか、うちの祖父が子供の頃には既にだいぶ高齢だったという話ですよ」

「それは……まさか」


 いや、その可能性は十分にあった。

 あの日、ウナが谷底から無傷で帰ってきた日から三人とも気が付いていたはずなのだ。それを知らない振りした。


「やっぱり、書塔の主は死ねないんでしょうか」

「いや、結局ワッカ爺さんが何歳まで生きたのか分からんが、今は亡くなっているんだ。死ねないという事はないだろう。なにか方法があるはずだ」

「それはそうでしょうけど、この話をしてからウナの様子がおかしいんです」


 皿を割ったり転んだり、考え事をしているのがハッキリ分かるほどなのだと、カカは言う。

 シタはワッカの墓に手を合わせながら、なんで何も言わなかったんだ、と故人に文句を垂れる。


「分からない事は何より恐ろしいからな」

「でも、今日でそれが分かるんですよね?」

 カカは言った。

「どうだかな。あいつは自分の事を全て話す、と言ったんだ」


 シタは答えながら、先日の事を思い出す。

 シタがいつものように塔に夕飯を食べに行くと、ウナが言うのだ。


「彼岸の初日、トイが自分についての全ての話をするから三人でおいでって言ってたよ」

 そしてウナは「塔以外の場所から本に入って来るようにって」と続けた。

 どうもウナは、内緒で何度もトイに会いに行っていたらしい。けれどトイは何も話さなかった。

 そしてトイは折れたのか、三人で来るようにと言ったそうだ。


「本は持って来たか?」

「もちろん。トイに指定された通り、二十四歳、機械鳥の野生化の記録と、三十八歳、戦う孤児院の記録の二冊を持ってきました。でも、どこから入ります?」

「そうだよなぁ。また救急車を呼ばれたら困るしなぁ」


 そう言えば、とカカは笑う。

「シタさん、運ばれたんでしたよね」

「仕方ないだろう。あれは社長にまんまとやられたのだ。それはそうと、塔の下でコソコソとしていた奴らはどうなったんだ?」

「あぁ、あいつらなら、最近ぱったりと来なくなりましたよ。別に僕らが嫌がらせをしたわけでも通報した訳でもないんで、ちょっと不気味ですけどね」


 あいつらは、どうも光水を違法に採取しているらしい。

 塔の核があるからだろうが、塔の下の川で採れる光水は他より濃いのだ。

 シタには他にも気がかりがあった。もちろん、光信社の事だ。


 カイは逃げられただろうか?

 サキは酷い目に遭っていないだろうか?


 そんな考えばかりがグルグルと頭を回るのは、光信社に関するニュースが全くないからだ。

 警察が話を聞きに来たという事もないし、光信社の商品が出荷停止になったなんて話も聞かない。

 それに書塔へ戻ったら集霊器は問題なくあったし、あれから誰かに襲われた事も後を付けられた事もない。

 シタにはそれが、お前の事は全て知っているのだという社長の余裕の態度に思えて仕方がないのだ。

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