イタコと犬 五
コーヒーの香りに目を開けると、視界の端をウナが走っていくのが見えた。心なしか塔の中がザワザワとして落ち着かない。
「ふぁ……。あぁ、どうした?」
「シタさん! 依頼です! お仕事お願いします!」
そう言ってカカは一目散にシタに飛びついた。
「なに? 仕事だって?」
「そうなんだよ。洞穴でやばい物を見つけたんだ」
答えたのはポ助だ。
「ポ助! お前、さっき本の中にいなかったか?」
「いる訳ないだろう。それより聞いてくれよ」
そうだよなと思いながら、シタは話を聞く。
それによると、ポ助は洞穴の中に石柱と人骨を見たと言うのだ。
「石柱?」
「あぁ。気持ち悪いぐらい黒くてさ、キラキラして、この前のあの黒い枝みたいな石だぜ」
「それって……」
シタとカカは目を合わせて息を呑む。
おそらく彗星石だ。
「人骨はその石の中にあったんだ。それだけじゃないんだぜ!」
シタたちの様子など気にもせず、ポ助は得意気に話す。
「何を見た?」
シタの問いに、ポ助は「黒い獣」と答える。
目も口もない、ただ黒い影のような獣がいたのだとポ助は確かに言った。
「間違いないのか?」
信じられなくて聞くと、ポ助は「間違いなく黒いライオンだった」と答える。
ポ助の話によれば石柱も人骨も黒い獣の事も、うろついている人間たちは知らない。そこは積み上がった岩で塞がれているらしいのだ。
狸一匹がようやく通れる程度の隙間に体をねじ込むと、そこには強風のような唸り声をあげる黒い獣がいたという事らしい。
あまりの事でシタがソファーに体をどっぷり沈めると「お願いします!」とカカがコーヒーを差し出しながら隣に座った。
「そうは言っても私は探偵だぞ。人骨の調査くらいならまだしも……。あ、いや?」
そう言えばと思い出し、シタはポ助に聞いてみる。
「洞穴はどの辺りだった?」
「そうだなぁ。ちょうどここの真下くらいじゃないか?」
ポ助がトントン、と足で床を叩く。ウナはその洞穴やら怪しい人らの様子を見に行ったのだとカカが言った。
「よし、塔を壊そう」
シタは言った。
カカは先ほどの本の中でのシタのような顔をしている。
「核があるのだ」
そうしてシタはカカと、帰って来たウナにトイから聞いた話をする。
「では、決行は今夜だ」
月さえ沈んだ夜半。真っ暗な山の中にポツンと灯りの付いた書塔。
岩塩を穂先にした槍を構える男が一人と、塩を塗りたくったハンマーを構える女が一人。さらに頭を抱える男が一人。
「やめましょうよ……」
カカは言うが、シタとウナはお構いなしで武器を振り上げた。
しっかりとした石造りであるはずの床は、武器を受け止めきれずにバラバラと砕け散る。しかしその欠片が灰になったのを見ると三人は目を見開いた。
「これは、光水の元であるというあの灰だろうな」
シタがサラサラとした粉雪のような灰を触りながら言うと、二人もしゃがみ込む。
「でも、そうしたらこの塔って神話に出てくる彗星石で出来てるって事にならない?」
「なるな。トイの契約か……」
シタはウナに返事をしながら、ハッキリと聞いた事のないその契約の中身を思った。
「そんな事より止めましょうよ。最近は光水から違法に結晶を作る人たちがいるとかで取り締まりが強化されてるんですから。やばいですよ! それよりポ助はどこに行ったんですか? あのフカフカに癒されたいのに……」
カカの言葉に「あいつには別の仕事を頼んだ」と返すと、あからさまにガックリとうな垂れる。ポ助はカラスにエサ場を横取りされるくらい弱い奴だが、世渡り上手なのだ。
そのポ助は今、例の温泉街の猫たちと合流してサイガワの体の見張りやら情報収集を行っている。
「トイによれば、一晩で元に戻るという話なのだ。なるべく早く壊してしまうに越した事はない。急ぐぞ」
シタはそう言って、また床を槍で突き始めた。
しばらく続けると湿った土の地面が見え、またその地面さえ灰になる。
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