イタコと犬 六

「そろそろだ。ウナ、離れていろ」

 そう言ってからシタは自分も大穴から距離を取り、槍で地面を一突きする。

 バラバラと崩れる地面の下から淡い光が漏れる。


 しかし地面はシタを道連れにした。落ちていく中で、腰を低く構える黒い夜のような獣を見た。

 咄嗟にシタは岩塩の穂先を獣のデロデロとした心臓に向けて投げ、半ば覚悟を決めながら落ちていく。

 すぐにドンと背中が硬いものに打ち付けられ、シタの落下は止まった。彗星石と思われる石柱群に引っかかったらしい。


「シタさん! 大丈夫ですか⁉」

 カカとウナの呼びかけに応え、恐る恐る地面を見る。そこには黒い泥の真ん中に突き刺さる槍があった。

 ホッとシタは息を吐く。


 黒い獣の倒し方はトイから聞いていたが、この塔が彗星石で出来ているのではないかというのはただの推測だった。

 彗星石との契約によって建っている塔。壊しても一晩で直る塔。ならばそれは彗星石であり、塩で灰になるのではないかと思ったのだ。

 塩の雪で残らず灰になった神話のように。


 スルスルと梯子が下ろされ、二人が降りて来る。

 それから三人でゆっくり辺りを見渡すと、この地下空間はまるで本の中でいつも見るような景色だった。


 黒く光の渦を巻く彗星石の群れ。チロチロと薄く流れる水。水は淡く光を放ち、岩の隙間から外へと流れ出す。

 それは間違いようもなく彗星石で、穴の開いた書塔の真下に位置している。


 それらの真ん中に、他の石よりも光の多く渦巻く石がある。そこにはポ助の言った通り人骨が埋まっていた。

 その骨は緑のローブを羽織り、茶色の衣服に雪靴を履いている。


「トイだ……」

 シタは驚き、思わずそこに手を伸ばす。

 その手が石柱に触れた時、シタは雪景色を見た。そこに、見た事もないほどの悲しみを湛えた表情のトイが座っている。


 これは最終巻か、とシタは納得がいった。

 この書塔の核が、ポ助と最終巻を繋げたのだろう。

 そう言えばトイは核の場所を知りたがっていたなと思ったが、彼の表情にシタは声を掛けずに石柱から手を離す。


 あっという間に雪景色は溶け、シタは元の地下に立っていた。

 そうしてシタは岩塩の槍の穂先でほんの少し彗星石を削りとり、穴から這い上がる。

 その晩、シタはカカの部屋に泊めてもらった。



 朝日が山を包む頃、起き出した三人は書塔にいた。綺麗に石の敷かれた床には穴なんてなく、立て掛けられた槍とハンマー以外はいつも通りの室内だ。


「やはり元に戻っているな」

 シタが言うと、二人は信じられないという顔で頷いた。

「では私は急ぐから」

 朝ご飯は食べないのかと聞くカカに「適当に食べる」と返事をし、カカは駐車場へと階段を駆け下りる。


 車に乗り込むと、シタは鞄から布で何重にも包んだ彗星石の欠片を取り出す。

 それは間違いなく手の中にある。この時代に、存在してはいけない石が存在している。本当ならば塩でも撒いて破壊しなければならないのだろうが、シタは悩んでいた。


 トイの事だ。彼や塔が、核である彗星石を壊してどうなるのか不安なのだ。

 シタは欠片を鞄の底に深く押し込み、車を走らせた。


 車が温泉街に入ると、猫たちが道の角に座っている事がよくあった。初めは分からなかったシタだが、信号待ちをしていた時にボンネットに不満げな猫が飛び乗ってようやく気が付いた。


「案内してくれるのか?」

 それからシタは、猫のいる曲がり角を彼らが向いている方角へ曲がっていく。

 そうして着いたのは一軒のアバター専門店だ。まだ時間が早く店は閉まっているが、駐車場にポ助がいた。

 助手席のドアを開けてやると、ヒョイとポ助が乗り込んでくる。


「まずいぞ。昨日の夜から先生の体が行方不明だ」

「なんだって?」

 しまった、とシタは思った。


「自宅に帰って来なかったんだ。病院にもいないし、こりゃあ逃げられたぞ」

「私が昨日、鎌をかけたんだ。それがいけなかったんだ……」

「でも誰かと体を交換したなら、自分の体を返して欲しいから大事に扱うんじゃないか?」

「いや……」

 シタは頭痛のしてくる頭を横に振った。

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