イタコと犬 三
ユリと別れたシタは温泉街の一角に宿を取り、次の日サイガワの病院へ患者としてかかってみる事にした。
白い院内には革張りの豪華な椅子がいくつも並んでおり、人との距離が保たれる待合室になっている。
ご自由にと書かれたティーパックとポットが置かれており、その横では無表情な受付嬢が淡々と業務をこなす。
番号を呼ばれてシタが診察室に入ると、細面で長髪の男がティーシャツ短パンに白衣という格好で座っていた。
男はシタに言う。
「幻聴が聞こえるって?」
「はい。ボチャンと、重い物が水に落ちるような音がするんです」
特に精神科に掛かりたい理由のなかったシタは、そのように症状をでっちあげた。
「そうだ、先日はありがとうございました。おかげで珍しいものが見られましたよ」
「ん? あ、あぁ……はいはい。あれね、どうでした?」
初対面のシタのカマかけに、サイガワ先生はかかった。
「見に行く時に途中でお会いして、一緒に行ったんですよ。あの、すみません。お名前なんでしたっけ? 先生の恋人の……」
「彼女に会ったんですか。それは良かった。すみませんが後がつかえているものですから。またゆっくりお話ししましょう」
サイガワ先生はクーラーのかかった室内で汗を流しながらそう言った。その笑顔が不自然に引きつっているのを見ると、シタは立ち上がって真っ直ぐに彼の目を見た。
「あぁ、すみませんね。内科の先生と間違えていました。それじゃ」
シタが診察室の扉を閉める時には、血の気の退くのが見えるようだった。
確信を抱いて病院を出たシタは、その足で書塔に向かった。トイに会うためだ。彼なら何らかのアドバイスをくれるかもしれないと思ったのだ。
それとポ助に会うためでもある。
ポ助は半野生といった暮らしをしており、基本はシタの周りをうろついているが他所の家で飯にありつく時もあれば、山で果物を食べては蝶を追っかけまわして遊んでいる事もある。
周辺の山にはネグラが三つはあると自慢していたし、自身は情報通タヌキを自称している。
白くて目立つので探すのに手間はないが、とシタは思う。
書塔の真下の駐車場に駐めてフラフラとポ助を探して歩くシタ。
じりじりとした陽射しに熱せられた土の香りは濃く、一歩ごとに水分が搾り取られる。光水だとは分かっていても目の前の煌めく川に飛び込みたくなる。
こういった自然道は夏になると大概は人出が増えるのだろうが、この山だけはいつも静かだ。それを心地良く思いながら、シタは耳を澄ませる。
サラサラと川が、サワサワと木々が、ミンミン、ピーヨピーヨ、ヒソヒソ、ガサガサ。
ん? とシタがヒソヒソとした人の話し声に耳を澄ませると、急に足もとの茂みがガサガサと揺れ、ポ助が出てきた。
「久しぶりだな、相棒」
「静かに!」
本人の意向で首輪をつけっぱなしにしているポ助が、押し殺した声で言う。
「どうした?」
「何か怪しい事してる奴らがいるんだ」
そう言って歩き出すポ助に付いて行くと、そこは書塔の真下の河原だった。
河原には小さな倉庫か小屋のような物が建てられ、数人の作業服の男が崖の洞穴の中へ入って行くのが見えた。
「あの穴の中でなんかコソコソやってるんだよ。悪そうだろ?」
ポ助が言う。
「あぁ、確かにな」
男たちはカチャカチャと音を立てる木箱を抱え、しきりに洞穴と小屋を行き来している。
「ポ助、頼めるか?」
「おぅよ!」
そう答えると、ポ助はやる気満々で尻尾を振りながら河原へ降りていった。
そしてポ助が男たちに写真を撮られたり撫でられたりし始めたのを見ると、シタは書塔の方へ向かう。
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