イタコと犬 二
「あの……何をしているんですか?」
訝し気にユリが聞く。
「餌をやっているんですよ。こんな事もあるだろうと思って、私はいつもカバンに鳥と猫用の餌を持っているものですから」
「いえ、そうではなくて……」
「え? あぁ。手懐けて情報収集に協力してもらうんですよ。ご友人のサイガワさんの病院がここの温泉街にあるのだから、ここに住む猫たちほど役に立つ諜報員はいません。動物は嘘を吐いたり見栄を張ったりしない分、人間よりずっと情報が正確ですからね」
人間から正確に情報を聞き出すより難しい事はない、とシタは思う。
推測を見てきたかのように語り、見栄の為に話を盛るその言葉にシタはさんざん翻弄されてきたのだ。そうしてポ助と出会い、動物たちを助手にする事を覚えた。
ボス猫に会話用の首輪をつけて指示を出した後、シタはユリと共に山を下りる。
向かうのはサイガワの部屋だ。
「大丈夫なんでしょうか?」
「問題ありませんよ。あなたはサイガワさん本人から部屋の鍵をもらっているのだし、相手が自分こそサイガワだと言っているのなら何も気にする事なんてありません」
不安がるユリに、シタは力強く言った。
しかしシタは、ユリが玄関のカギを開ける後ろで事件の臭いを嗅ぎ取っていた。
誰かに見張られているのだ。
サイガワの家は小さな平屋の一軒家なのだが、柵というのは背の低い生垣くらいのもので後は見通しがいい。
通りの角の自販機の前に一人、電柱にもたれてケータイをいじっている若者が一人、アバターと思われる怪しいフランス人形が道端に一体。計三人がシタたちを見はっていた。
しかし、ここへ来て急に引き返すのも怪しかろうと、シタはユリには何も知らせずにサイガワの自宅に入る。
「あぁ、カーテンは閉めたままでいいですよ。電気を付けましょう」
室内は畳敷きの部屋が二間と台所だけ。自室に使っているらしい八畳間にはマットレスが直に置かれている。
特に変わったところなど無く、荒らされてもいない。普通の医者の部屋といった印象だ。
クジャクの彫られた座卓には医療新聞やら医師名簿やらと一緒に、書きかけの論文らしきものも広げられている。
壁にはコルクボードが吊るされ、山や渓谷、滝に樹氷などの写真が飾ってある。
「この写真はサイガワさんが?」
「はい。彼は山登りが趣味でしたので」
「なるほど。ではこちらの字はどうでしょう? 彼の字に見えますか?」
ユリはしばらく論文を眺めてから、ふるふると首を横に振った。
「間違いなくとは言えませんが、たぶん違うと思います」
そう言われてから論文を見ると『怒りによる悲しみの代用性について』と書かれている。
けれど自分には分からないだろうなと思い、シタはすぐに読むのを止めた。
それから部屋をくまなく調べたが奇物は一つも無かったし、黒枝の集霊器で呼んでもサイガワの霊は来なかった。
本人が帰ってくるといけないからと調査を早めに終えて外に出ると、三人はまだそこに立っていた。変わった事と言えば黒い犬が隣の屋根の上からこちらを見下ろしている事くらいだ。
最近ではアバターの流行によってあまり珍しい光景でもなくなった。けれど近づかなければアバターか本物か判別できないのは困るな、とシタは呟く。
それから、シタは門のそばで聞こえよがしにこう言った。
「私も調べますが、警察に相談だけはしておきましょう」
するとすぐにケータイの若者がフランス人形を拾い、自販機の男と二人、わざとらしく反対の方角へ足早に走っていった。
犬はじろりとこちらを見ていたが、シタと目が合うとパタパタと屋根伝いに去って行く。
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