兎と婚約指輪 八
しばらく車を走らせて海岸に着くと、シタはポ助に海鳥たちへの聞き込み調査を頼んで自分は近所の病院をくまなく回った。
すぐに警察からパソコンに張り付けられていた男の魂を保護したという電話が来たが、すでに書塔にいるヌイの身柄も確保したと聞いた時には、シタもさすがに驚いた。
「それじゃあ体をどうしたとかは聞けたのか?」
『聞けていたら電話なんかしない。何か有力な情報はないか?』
「今のところないな。慌てているので切るぞ」
シタは捜索を病院から海岸沿いに切り替えた方がいいだろうかと悩んだが、少し範囲を広げて病院を探す事にした。
するとポ助が海鳥たちから、それらしい二人組がタクシーに乗って東の方へ向かったと聞いてきた。
シタたちの住む隣県はここから西にあるので、注意して調べていく。
すると、市をまたいだ所にある私立の大病院に依頼人の息子が入院していたのだ。
見舞いだと言って入ると、管にはつながれてはいるが顔色の良い男が眠っている。
警察を呼んで一緒に話を聞くと、どうやら女は自分が診察してもらうと嘘を吐いて連れてきたらしい。
待合室で男が倒れ、女は自分を緊急の連絡先にして彼を入院させて帰った。
この後どうするつもりだったのかと溜め息は出るが、とにかくシタは依頼人に連絡を済ませると、ポ助を連れて書塔に帰っていく。
「それで……どうして家に帰ってくるんですか。シタさんの家は違うでしょう」
またもやカカが泣きそうな声を上げる。
シタとポ助は、カカたちの住む母屋の居間でウナの作る食事を頂いていた。今夜のメニューは肉じゃがに切り干し大根、茄子の味噌汁だ。
「迷惑をかけたからな。事の次第が知りたいだろうと思ったのだ。そうしたら偶然にも夕飯の時間にかち合ってしまったというわけだ」
「そんな事を言って、しょっちゅう夕飯を食べに来るんですから。あのあと警察の人たちが雪崩れ込んで来て大変だったんですよ! シタさんがたいした説明をしてくれなかったから、僕なんかシドロモドロになっちゃって」
カカは疲れた顔でうな垂れる。
その横でウナはニコニコと二人の話を聞いている。
「それは困ったろうな。お詫びにしっかり話そう。つまり、男は別れたかったんだ。婚約指輪は先月にも火の中に投げ入れて捨てた事があったらしいのだが、すぐに彼女がその婚約指輪を付けて来たので恐ろしくなって今度は海に捨てたらしい。ナカミ海岸でのケンカの原因は別れ話だそうだ」
「でも、彼女は仲が良いと言っていたんでしょ?」
ウナが聞くと、代わりにポ助が答える。
「海鳥たちから聞いたんだけどさ、ケンカしてる時にその女が、そんなに私の愛を試したいのね。不安で仕方がないのね、可哀想にって言ってたらしいぜ」
シタたちは揃って身震いをした。
「で、でもさ。魂なんてどうやって家まで持ち帰ったんですか? どっかフラフラと行っちゃうでしょ?」
話を変えようとしたのか、切り干し大根をかっ込んでカカが聞く。
「あぁ、あの光る金平糖のような物に張り付けて持ち帰ったらしい。あれが何かは本人も知らないという話だが、訪問販売の人から便利な光水核と言われて買ったそうだ」
それが、調べてみるとそんな会社はないし彼女の家の近所でそんな訪問販売が来た家は一軒もなかった。
謎の光水核といい、女心といい、ウサギの母親といい、人の心の不思議に迫る事件だったなとシタは肉じゃがを頬張りながら思う。
「あ、これそうじゃない?」
ウナがニュースの流れるテレビを示して言った。
そこには点滴を付けて車いすに乗った息子と、あのウサギのアバターによく似たふくよかな女性が映って涙ながらに熱弁を振るっている。
「僕、本当に怖かったんです! 僕の体がもう殺されてるんじゃないかと思って!」
母親はガタガタと震えて涙を流す息子を抱きしめ「あの女は悪魔です! 私たちは残虐非道な目に遭いました!」と自分もオイオイと嗚咽を交えて訴える。
そして息子が「あの女、全く話が通じないんです!」と言えば画面がスタジオに戻った。
シタは疲れ切った気持ちで、思わずテレビのスイッチを切る。
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