16 肉球は虹色!

「おやおや、やっぱりもう一人いたんじゃないか。しかもおじょうさんとは。ここは大人の会社だよ、子供は早く帰りなさい」

 キジトラ模様もようのデカネコは、メガネをずらして見るとスーツ姿すがたの大きなおじさん。パパの会社の社長がネコだったなんて…、もちろんみんな知らないよね。


「話をそらさないで! パパもママもみんなネコになっちゃうなんてやめてよ!」

心配しんぱいはいらないよ。いずれおじょうさんもネコにしてあげるから。そうしたらまたお父さんお母さんとらせるからね」


「わたしはネコになんかなりたくないの。その話はもうとっくにことわってるし、勝手なこと言わないで!」

 すると社長ネコの目つきが変わった。しっぽを左右に大きくっている。


「ネコにだと…? ネコほど美しく、自由じゆう知的ちてき哲学的てつがくてきな生き物はいない。人間ごときとくらべるな…!」

「あいつやばいな。凛花りんか下がれ」

 代わりにクロツキが前に出る。


 社長ネコはこしを落として体全体でタイミングをはかっている。これはネコが獲物えものびかかろうとする姿勢しせいだ。

「人間ごときが…人間など…! ネコにしてやる……身をもってネコのすばらしさを理解りかいするがいい! それが私の人類じんるいネコ化計画だああぁっ!」

 なにあれ! 社長ネコの右手の平、肉球にくきゅう虹色にじいろに光る。


「ふざけんな! ネコたちをじ込めて人の迷惑めいわくになることばっかりさせやがって! なんでそんなことさせるんだよ!」

 わたしの前におどり出るコタツ。動物のカンであの光は危険きけんさっしているんだろう。社長のネコパンチを右、左と身軽みがるけていく。


「人間とネコは一緒いっしょに生きていける。友だちになれるはずなのに、わざときらわれるようなことさせんなよ!」

「人間と友だちか。くくくくくくっ、むかしわたしもそう思っていたさ。しかし現実はそうあまくない。君は”殺処分さつしょぶん”という言葉を知っているかな?」


「!!」


 急にコタツの動きがかたまってしまう。あぶないっ! ギリギリで後ろにんでなんとかかわした。


「ほう、知っているのか。君の動きと今の反応はんのうで分かったぞ、君は魔女まじょの手下で元ネコだね? そして過去かこに”殺処分さつしょぶん”されそうになったことがある。そうだね?」

「ち、ちがう! オレは!」


 殺処分さつしょぶんっていうのは、引き取り手がいない動物をガスやくすりでなるべくくるしまないように死なせることだ。さくらのお母さんはそういうネコも保護ほごしているから聞いたことがある。


「君は生きたかったのに、人間の勝手な都合つごうころされそうになったんだね? まれてきてはいけなかったのかと絶望ぜつぼうしたんだろう? さあ思い出せ。つらかっただろうに」


「ちが…っ! オレはこのネコたちを自由じゆうにしてやりたくて! オレだってせまいところにぎゅうぎゅうにまれてイヤだったし、親やきょうだいたちがつかまって、その後動かなくなって出てきた姿すがたを見てげ出して…!」

 コタツは小さなひたいにシワをせて、その場でギュッと目をつぶってしまった。


「コタツ!」

「かわいそうに。ネコにもどって私と一緒いっしょにやり直そう」

 社長ネコが手の平をき出す。虹色にじいろ肉球にくきゅうがコタツのかたれると、ボンッ! って音がして、なんと黒ネコになっちゃった!


「えーーーっ!?」

 正真正銘しょうしんしょうめい、本物のネコ。サイズも普通ふつうのネコ。宅急便たっきゅうびんのユニフォームだけがバサッとゆかに落ちて、黒ネコがきょとんとした金色の目でわたしを見ている。


「コタツがネコになっちゃったよ!?」

「ひだまりのビー玉の力を手の中に取り込んでいるな。それに魔女様まじょさまのことも知ってる。どうやらあいつ自身がマンクス製薬せいやくのスパイだったみたいだ」


「にゃあー」

「おまえネコみたいな声で鳴くな!」

 クロツキはおこるけど、ネコはにゃーしか言えないもんね、コタツ。


「どうだ。美しいだろうこの毛並けなみ、くもりないひとみあいらしい声、丸みのある体にぴんとしたしっぽ! ネコは神だ! こんなにも気高けだかい生き物を人間は自分勝手じぶんかってころそうとするのだぞ。ゆるしてはおけまい!」


 コタツの姿すがたれしながら、社長ネコはまた虹色にじいろ肉球にくきゅうかまえる。


「ペットを溺愛できあいしすぎるこまったい主はいるもんだけど、ネコは神とかこのおっさん度をえてるな」


 けれどわたしにはチクッとくるものがあった。さくらも同じことを言っていたんだ。『放っておいたら数がえすぎるからとか、う人がいないからって人間だけの都合で生き物の命をうばっていいのかな。この世界は人間のものじゃないのにね』って。


 あの明るくてまっすぐでうそがつけないコタツに、殺処分さつしょぶんされそうになったかなしい過去かこがあったなんて想像そうぞうもしなかった。さっきのギュッと目をつぶったときの苦しそうな顔が忘れられないよ。


 でも社長ネコは止まってくれない。

「まだまだネコの魅力みりょくはこんなものではないぞ! いくらでも語ってあげよう。次は君たちだ!」

 デカネコのくせに敏捷びんしょうな動きで向かってくる。

「いいよもう語らなくて!」


「コタツを元に戻すのは後回しだ。つかまれ」

「え、えええええ~っ!!」

 クロツキに両手りょうてつつまれたと思ったら、お姫様抱ひめさまだっこされてた! 近い! 近いよネコの顔が!


「おいっ! 落とすからちゃんとつかまれバカ!」

「はひっ!」

 そう言われましてもぉ! いくら相手あいてはネコとはいえずかしいじゃない? わたしは黒ジャージを指先でにぎる。


 クロツキって、男の人にしてはそんなに大きくない。なのにわたしをかかえてそのまま横に飛んだ。するとその場所に社長ネコの肉球にくきゅうり出される。


「お、おお重いでしょううぅおおお?」

「いいからちゃんとつかまれって言ってるだろ!」

 やばい! ネコみたいにやわらかく体をひるがえした社長ネコが迫ってきて、あとほんのちょっとで肉球にくきゅうスタンプを押されるところだった。ずかしがってる場合じゃない! 無我夢中むがむちゅうでクロツキの首にしがみつく。


 こんな時だけどモフモフしてあったかくて気持ちいいの。あとキュロットのひざのうら、フワフワの毛がちょっとくすぐったい。走って飛んで、ネコの動きで身軽にけていく。なんだかわたしまでネコになった気分。さすが毎朝走ってるだけあるよね。おじさんはもうハアハア言っちゃってるもん。


「カギはあったのか?」

「うん、持ってる」

「じゃあおれがやつを引きつけるから、そのすきに開けるんだ」

「分かった。カギの位置いちはあそこね?」

 黒ネコのコタツがツメをカリカリやっている。


「よし、二手ふたてに分かれるぞ」

 できるかな…。また大事なところでミスっちゃうんじゃないかと不安がよぎる。けど、さっきだって一度でカギを見つけたんだし、きっとできるはず! わたしは自分に言い聞かせた。


 わたしを下ろしたクロツキは鼻にしわをせて、ツメを出す。

人類じんるいネコ化計画とかふざけたこと言いやがる。人間のくせに! 野良のらネコたちをこんなところにしこめておいて!」


 今度はクロツキの方から攻撃こうげきを始めた。右に左に社長の肉球にくきゅうをかわしながら、身軽にネコパンチをり出す。

 思わず見とれてしまうけど、わたしも動かなきゃ!


誘拐ゆうかいした野良のらネコからひだまりのビー玉を集めて、その力を手に入れたんだな」

勘違かんちがいをしているよ。私は野良ネコを無理むりやりつかまえたのではない。ネコたちはみんな人間へのうらみを晴らしたいとすすんで私に協力きょうりょくしてくれたのだ」

「何言ってる? あんた人間のくせに頭おかしいのか?」


 おたがいにはげしく手を出して攻撃こうげきをし合ったと思ったら、今度はぴたりと止まってにらんでいる。ネコ同士どうしのケンカでうなりながら相手あいての出方をうかがっているみたいだ。

 わたしはダッシュでコタツがいるケージのところにたどり着いた。


「にゃあああおう、なゃあああお!」

「うん、わかったコタツ。すぐ開けるからね」


 必死ひっしさけぶ黒ネコにむねがキュッと苦しくなる。この子たちを出してあげたいんだね。きっと自分にもたような経験けいけんがあったから地下に下りてこのケージを見た時、あんなにおこってたんだ。ネコになってもこんなに一生懸命いっしょうけんめいに…!


 南京錠なんきんじょうって言うんだっけ、手さげバッグみたいな形のカギ。学校のウサギ小屋もこれなんだけど、わたしいっつもカギを裏表うらおもてぎゃくしこんじゃって開かない。ほら、今もそう。二回押しこもうとしても入らないし、回らないから反対はんたいだ。


「人間のふりをしてるが本当はネコだな? 少年よ」

「……おれは人間だ」

「ふふふふふふふふふっ! わかる、分かるぞ…! 心のそこでは人間をうらんでいるな。にくんでいるのだろう!」

 答えないクロツキ。


『いつも身勝手みがってで、自分たちの都合つごうしか考えてなくて、自分のためなら他のものをきずつけてもかまわないくせに! 人間なんてっ…!』

『人間は自分のことしか考えないし、うそばかりつく』

 やっぱりあれは本音ほんねだったの?


 信じたくなかったけど、答えないってことは本当なんだ。人は心にかくしていたことを指摘してきされるとだまってしまうって、担任たんにんの西田先生が言ってたもん。


「にゃああああ!」

 コタツの声にはっとさせられる。そうよ、今はここを開けるのが先!

 しかしその声に反応はんのうしたのはわたしだけではなかった。


「君とは仲間になれそうだが、まずはこっちのおじょうさんからだな!」

 社長ネコがわたしに向かってくる。

 やばい早く! けれどいそごうと思うほど、手がふるえてカギが入らない。


凛花りんかッ!」

 クロツキは一瞬いっしゅん出遅でおくれて、社長ネコに間をかれてしまう。


「ニャアアアウッ!」

 すると黒いものがんだ。コタツだ! 

 社長ネコに向かって体当たり。でも人間の体と大きさがちがいすぎて、いきおいいを止めることはできない。四本足で着地すると、今度は足にまとわりついて転ばせようとする。


 バランスをくずしておっとっと! となる社長。けれど足がもつれただけで持ち直し、ぎゃくにコタツがくつまれてしまう。


「ギャンッ!」

「コタツ!」

 やばいネコにされちゃう! でもここを開けなきゃ。もう少し。おねがい入って!


 社長ネコが右手の肉球にくきゅうをわたしにき出した時、カギがはまり気持ちよくカチャンと回る。南京錠なんきんじょうがはずれて、思いっきりケージのとびらを開けた。

 それから虹色にじいろの光がせまってきて、わたしはぎゅっと目をつぶった。

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