12 野良ネコの反乱?

 手を引かれてものすごい速さで走った。これなら運動会でもぶっちぎりの一位を取れると思う。

 ロシアンブルーに帰りつくと、ナナちゃんが「みゃぁー」と出迎でむかえてくれた。

 

 もう足がガックガクで割れそうだし、イスにすわってもまだ呼吸こきゅうととのわない。

 お猫様ねこさまはトイレにれて行ってもらい、それからたなの上にき上げられてさっさとてしまう。ぐちゃぐちゃ色の全身まだら模様もようで丸くなると、どこが頭でどこがおしりなのか分からないや。


「とんでもないことしてくれやがって。しかも魔女様まじょさまに会ったのは今日が初めてじゃないって、おれにかくしてたな」


 クロツキはさっき『人間は自分のことしか考えないし、うそばかりつく。ネコにして一生しゃべれなくしてはどうですか』と言った時と同じ、くらい目でわたしを見た。


 だって魔女まじょネコに口止めされてたんだもん、うそをつこうとしたわけじゃないし。けれどクロツキはわたしのことをずっとそんな風に思ってたのかな。


「もう暗くなるし、わたし帰らなきゃ」

 次に何か言われる前に、わたしはいそいでカフェから飛び出した。


 体の中がチクチクもやもやする。夕飯を食べる間も、お風呂ふろに入っていてもずっと、電子レンジでじわじわ加熱かねつされてるみたいで落ち着けない。

 どうすることもできなくてベッドにうずくまっていると、いつの間にかちゃったみたいで朝になっていた。


「なにこれ…!」

 木曜日の朝、リビングに下りると、いきなりママの機嫌きげんわるい。庭の花壇かだんり返されていたんだ。しかも一つ二つどころじゃなくて。


「だれがやったのこれ? もしかして野良のらネコ?」

「最近野良ネコなんて見ないし、一体どこのネコがやったのかしらね!」

 今までこんなことはなかったのに。

 しかも、うちだけじゃなかった。


「えっ、さくらの家も?」

 学校でその話題わだいが出ると、うちもうちもとみんな言っててびっくりした。

「うん。モグラでも出てきたんじゃないかと思ったよ」


 けれどそれだけでは終わらなかった。金曜日の朝は、庭がウンチだらけにされていたんだ。


「やっぱりさくらの家も?」

「うちだけじゃなくてとなりも近所もみんな。おかしいよ、ネコはキレイ好きでふつうこんなことしないのに。ちゃんとめるはずだし、自分のナワバリじゃないところではめったにしないんだよ」


 これはどう考えてもおかしいから、日曜日に野良のらネコを調査ちょうさしようと約束して、さくらとはバイバイした。名探偵めいたんていレンみたい!


 その夜は、ネコの大合唱だいがっしょうだった。あっちでナァアオン、こっちでなーおぉぉん。赤ちゃんの泣き声みたいにも聞こえるけ合いが頂点ちょうてんたっすると、フギャーッ! ってガラスがれそうな絶叫ぜっきょう


 一匹いっぴきが鳴けば他のだれかかが反応はんのうして、いつまでも連鎖れんさしていく。うるさくて眠れないよ。

 何なの!? ネコたちどうかしちゃったの?


 こういう時にかぎって土曜日も学校があるんだよね。眠さをこらえて登校すると、先に着いていたさくらがかない顔をしている。

「どうしたの? 昨日ネコがうるさくて眠れなかった? わたしもだけど」


「うん…。それで朝ね、近所の人から言われたんだ。おたくのネコなんじゃないですかって。何匹なんびきってるみたいだけどちゃんと世話できてるのかとか、あることないこと次々言ってきて。うちの子たちは外になんか出してないし、昨日は落ち着かなかったけどさわいだりしてないのに、決めつけるような言い方してきてさ!」


 言いながら泣き出してしまった。

 わたしの一番大切な親友のさくら。ネコだけじゃなく動物が大好きで、将来しょうらいゆめ獣医じゅういさんなんだ。自慢じまんの親友をやってもいないことで泣かせる大人なんて、絶対ぜったいゆるせない。


「よしっ」

 家に帰って昼ご飯を食べると、わたしはロシアンブルーへ向かった。元ネコのクロツキなら何か知ってるかもしれないでしょ。

 あれから気まずくて行くのをためらっていたけれど親友のためだもん。わたしだって行動しなきゃ。


 お店はちょうど開店したばかりの時間で、ドアが開いてメニューの黒板が出ている。


「おおお邪魔じゃましまぁすぅ…」

「いらっしゃいま…、あぁ」


 目が合ってから、おたがいにそらした。

 ほら、何か言わなきゃ。何か言わなきゃ。


「あの、手伝いに来たんだけど…」

 ちがうちがう! 言わなきゃいけないのはそうじゃなくて!

「お猫様ねこさまれ出すためにしたんだろ。小学生なんだからはたらいてないで遊べよ」

 はぅう! やっぱおこってる…


 クロツキはわたしに背を向け、オーブンの中身をじっと見つめている。バターのあまくていいにおいがするから、何かいているんだろう。

 むねのモゾモゾした気まずさに一歩引いてしまう。


 けれどさくらのためだし、それに頭からはなれないのは他でもないクロツキの言葉なんだ。

『人間には言葉があるじゃないか。伝えようとしたらきっと変われる。それは目に見えないほんの小さなものかもしれないけど、だまったままじゃ何も変わらない』


 クロツキがこっちを見ていない今がチャンスだ!


「あっ、あの、魔女まじょネコに会っていたことかくして、だますようなことしてお猫様ねこさまを連れ出してごめんなさい!」


 言った! 緊張きんちょうして手がふるえてしまう。

 おこるかな? ネコパンチされちゃうかな?


魔女様まじょさまに口止めされてたんだろ。おれだってお前をだましてためしたし。けど、お猫様ねこさまはお前をネコにさせなかった。だからおれはお猫様にしたがう」

 クロツキは背中を向けたままだ。

 なによ、わたしちゃんとあやまったからね。もう言わないからね。


 それからミトンをはめたネコの手で、オーブンから天板てんぱんを取り出した。冷ましながら丁寧ていねいり付けていく間も、一言もしゃべってくれない。


 やっと口を開いたのは、わたしにおさらを出した時だ。

「スコーンっていうんだ。食べてみろ」

 出されたおさらにはき立てのいい香りがするスコーンに、オレンジ色のジャムと白いクリームが小さなうつわにきれいな二色でおさまっている。


「このジャムは何味?」

「アプリコット。あんずだ」

「これも作ったの?」


「ああ。ジャムは一つ作れば他のスイーツや紅茶こうちゃにも使えるからな。クリームも一緒いっしょにつけて食べるんだぞ」

「ふぅん。いただきます…あれ、あんまり甘くないね。でもこのジャムがすごくおいしい!」


 手に持ったほかほかのスコーン。キツネ色のき色で、カップケーキやパウンドケーキみたいなのを想像していたけど、もっと軽くてざわりはサクッフワッだった。手作りジャムにとっても合う。

 クロツキはわたしの顔を見てほんのちょっと微笑ほほえんだ。


「大人向けだし、ミルクティーに合わせるからあまさをおさえたんだが、ちょっと物足ものたりないか…。初めてにしてはざわりとしっとり感は良いな」

 大きなネコ口でかぷっ。ヒゲにクリームがついちゃったけどそれにはかまわず、ぶつぶつ言いながらすぐにノートに何かを書きつけている。


 ヒゲにクリームをつけたネコ。やばっ、かわいいんですけど…

 本当は気まずいはずなのに、突然とつぜんべつの気持ちがむねの中に広がって、わたしはいそいで本題ほんだいに入った。


「ああああのねっ、野良のらネコたちの様子がおかしいの気づいた?」

一昨日おとといからだろ。うちの裏庭うらにわもやられて現行犯げんこうはん一匹捕いっぴきつかまえたが、ぼーっとしてしゃべろうとしないんだ。まるであやつられてるみたいにな」


あやつられてる?」

「考えてみろ。最近野良のらネコ見たか?」 

「ううん。あ、前にここに誘導ゆうどうされた時、白ネコは見たけど」


「あれはコタツの彼女カノジョいネコだ。首輪くびわしてただろ」

「へー、コタツ彼女いるんだ」 

「向こうは彼氏カレシだと思ってなさそうだがな」

 えぇー、それでいいのコタツ?


「最近見なくなってた野良のらネコたちが急にたくさん現れて、夜中に一斉いっせいにうんこしたり鳴きさけんでいる。誘拐ゆうかいしたやつがネコたちをあやつっていると思わないか」


 野良のらネコを誘拐ゆうかいしてあやつると言われて、思い当たるのは一つ。

「マンクス製薬せいやくがあやしいよね」

「ああ、あいつらやっぱり何かしようとしてるな」


 眼光鋭がんこうするどく目を細めたけど、クリームがついた口のまわりをネコの長いしたでぺろぺろするのは忘れていないみたい。


「パパにさぐってみるよ」

「パパはマンクス製薬せいやくでなんの仕事をしてるんだ?」

「スッキライザーZっていうくすり開発かいはつをしてるの。日本全国で売れまくってるんだって。知ってる?」


 言いながら目の前にフッサフサの灰色はいいろのしっぽがゆれていて、わたしは誘惑ゆうわくに勝てずにそれをなでた。

「ッ!! 何すんだいきなり! シャーーッッ!!」

 ふり返ったクロツキは鼻にシワをせて両方のキバをむき出しにする。


「えへへ、気持ちよさそうだったからつい」

 舌打したうちしながら作業さぎょうもどるクロツキだけど、またしっぽがわたしの目の前で左右に大きくれる。

 もう一度手を伸ばすと、今度はさわる前に気付かれてしまった。


「シャアアァァッ! しつこいんだよ! しっぽはダメだ!」

「ごめんごめん」 

 だってネコのしっぽってふしぎでかわいいんだもん。おかげでむねのモゾモゾも軽くなっちゃった。


 でも家に帰ると、心臓しんぞうが飛び出そうになる。

「ママどうしたの!? 大丈夫!?」

 ママがキッチンのゆかたおれていたんだ。


「んん…、お帰り」

 体をすったら目を開けてくれて、ホッとしてなみだが出そうになった。


「どうしたの? 具合悪ぐあいわるいの?」

「なんでもない、ちょっと眠くて。こんなところでちゃうなんてどうしちゃたのかしら、昨日の夜はちゃんと寝たし、いつも昼寝ひるねなんてしないのにね」


 そう言って夕飯を作りながらあくびばかりしている。ご飯を食べ終わるとまたねむそうにして、テレビを見ながらソファで丸くなってしまった。

「ママつかれてるの?」

「そうみたい、もうるね。パパはまだ帰って来ないし、先にお風呂ふろ入っちゃいなさい」


 けれどもお風呂を出て、十時を過ぎてもパパは帰ってこなかった。

 しんとした一人きりのリビングに、わたしの不安ふあんはむくむくふくらんでいく。

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