第5話
「なんだ、お前。まさか取材受けてんのかよ、ずりーなオイ」
「……」
殺そうか。殺しておこうか。
けれど——、
「でもダメだぞ、一年は取材禁止なんだからウチ。聞いてねぇのか?」
「レンタイセキニンで、調子に乗るなって監督に走らされっからなー」
「……」
聞いた事も無い話をつらつらと、記者にも聞こえるように藤宮は放つ。
そして、
「てな訳で、俺達が甲子園でスターになるまで我慢してくださいっす記者さん!」
「あ、ああ、そう……残念だな。じゃあ、これからも期待してるから頑張ってね」
俺には絶対に出来ない間抜けな顔で朗らかに記者を突き放す。
「うぃっす! これからも静山ともども藤宮聡一郎をよろしこー」
言葉の勢いで記者を言い負かし、俺の体を引っ張るように動き始める藤宮。
「……」
「そんなブチ切れそうな顔すんなよ、ったく……」
こういう所が嫌いだ。馬鹿のくせに他人の事を悟りきっているような態度。
むしろ決めつけてくると言ってもいい。
高校球児に清らかな青春像を押し付けてくるのと同じ匂い。
俺は文字を書こうとした。指の疼きが収まり、スラスラと。
しかし、
「良いっつーの、書かなくても。言いたい事は何となく分かっから」
俺の肩から離れ、後頭部に両手を回した藤宮が、またも癪に合わる言葉を冗談の如き様相の声を漏らし、俺に黙れとそう言った。
「感謝の印にタクシー代を奢らせてくれって言うんだろ?」
「……」
『ワリカンだ。バカが』
全く以って度し難い。だが、まぁ記者の応対が面倒だった事実を鑑みて同席くらいなら許しておこう。肩に背負っていた肩掛け鞄を掛け直し、俺は淡々とタクシーの停留所へと足を進める。そんな折、
「マジかよ……学校まで結構な距離だぞ? 今月の仕送りが綺麗に飛んでいくっての」
「なら、三等分ね。その方が安くなるし」
「おわ⁉ マネージャー‼」
どうやら、次は昔馴染みのマネージャーが現れたらしい。背後から聞こえる藤宮の驚いた声が些か耳障りで。行く足も早まるというものだ。
「監督が監視して来いって。学校戻ってから二人が無茶な練習しないように」
「私は最初から祈に引っ付いてタクシーに乗っていくつもりだったけどね」
「それと祈のお父さんから、これ貰ったし」
「万札‼」
それでも背後からの声の距離感が離れる事は無く、RPGさながらにゾロゾロとついてきているらしい。煩わしいシステムだ。モンスターボールにでも閉じ込められないものだろうか。
「……試合、見てたみたいだよ、お父さん。祈と入れ違いで監督と話に来てた」
「……」
こんな昔馴染みのマネージャーが俺を気遣うような声を聞かなくても済むように。
「なんだ、喧嘩でもしてんのか?」
「ううん。喧嘩じゃないけど……昔ちょっとね。私からは言えないや」
「なにその幼馴染らしさ。まぁ別に良いけどさ」
ただ——罪悪感ばかりが込み上がって。他人様の家庭環境にズケズケと深く踏み入らない常識を藤宮が持っていたことが僅かばかりの救いか。
『タクシーを呼べ。父の万札は俺に渡せ』
「ダーメ。お釣りは部費の足しにしてだって」
「なぁ、そこのタコ焼き食いたいんだけど」
「……」
「藤宮くんのオゴリなら付き合うってさ」
「……」
————。
——。
——————。
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