第3話
「よっしゃー! 温まってきたぜー!」
「打たせてくんで、よろしゃーす‼」
藤宮の調子は前述どおり決して悪くない。しかし、やはり実力不足と言う他ないのである。わざととしか思えない程にコントロールがクソ過ぎる。どうしたものか。
俺は少し困り、ベンチの監督に視線を送った。
それでも監督は、藤宮で最後まで行くらしい。じっとコチラを見つめ返して。
——嫌になるな。
そうしている間に、試合は再開する。
本日、二安打一得点の四番バッターが投手から見て右側のバッターボックスに立つ。初見の印象は、かなり大柄。見るからにパワーに自信のありそうな絵に描いたような四番打者だ。
しかし、バッターボックスをホームベース寄りの立ち位置。やや短くバットを持っている辺り、それなりの技巧も伺える。
アウトコースの球を狙っているように魅せて、血の気の多いインコースに投げられた球を、肘を畳んで打つつもりらしい。
それを心待ちに肘が笑っているようだ。
『アウトコース低め、ストレート』
俺はグローブをしていない手を使い、一塁手に引っ張り方向への警戒の伝令を送った後、マウンドでウズウズとした表情の藤宮に配球を指示した。
いや——一応、指示はする。
《さぁ——一年生右腕、藤宮くん。立ち上がり、大きく振りかぶって——》
「……‼」
まさかの逆球。しかも高い‼
「ボール‼」
審判の威勢の良い宣言を合図に、場内は一斉に詰まっていた息を吐いたようだった。
阿鼻叫喚にならず、心底ホッとする俺。
当の本人と言えば、調子の悪さを疑ってかマウンドで首を傾げて素知らぬ顔。
——自分の実力を疑ってんじゃねぇよ、この腐れノーコン。
だが、まぁ、良い。調子は悪くない。
藤宮の強烈な初球を見て、少し冷や汗をかいたような顔色を敵チーム四番にさせられたのは上出来だ。もういい、いつまでも成長しないコントロールに期待できないなら出し惜しみもナシだ。
俺は静かに藤宮に指でサインを送り、奴が一番自信を持っている変化球を要求する。
コースでバッターを迷わせられないのなら球種で悩ませるしかない。
『ど真ん中で良い。思い切り腕を振れ』
そう構えたキャッチャーミットに、藤宮はニヤリと笑う。グローブ越しでも何かを仕掛けようとしているのが丸わかりの表情。
——関係ないが。
《二球目、振りかぶって——》
藤宮聡一郎の決め球は、なんと言っても俺のお気に入りの木製バットにヒビを刻んだ事もある、重い剛速球ストレートである。
しかし、それでもホームランを俺に打ち込まれ続けた藤宮は翌日、一つの変化球を覚えてきた。
それこそが——、沈む速球。【スプリット・フィンガー・ファストボール】
人差し指と中指の二本をボールの縫い目に沿えて掴み、やや掴んでいるボールの外側を押し出すように投げる球。
これは正直、厄介だ。
「ストライク‼」
やや直球より球速は劣るものの、それでも手元で沈む球はバットの芯に当て難い。
球速も劣ると言うが、目の悪い奴には見分けも付かないレベルに加え、藤宮のスプリットは特徴的でシンカー気味に斜めに沈むと来ている。
まぁ、俺は初見で打ち抜いたがな。大空振りの四番さん。
ありきたりな定番だろ? 速球野郎がスプリットを使うなんて。
歯ぎしりを始めそうな四番の表情に、俺は嫌味の一つでも言ってやりたい。
サディスティックな自分の一面に、野球を始めて気付く今日この頃である。
さて、今回はストレートとスプリットの二種類で十分だろう。
ストライク、残り八つ。打者三人、適当に摘みに行こう。
二球にして相手チームの四番の精神を追い詰めたと、俺は確信する。
——もう一球、スプリットを魅せておくか。
スプリットの方が肩の力が抜けるせいか、不思議な事にストレートよりコントロールが良くなる傾向にあった。初登板時の緊張のせいで初球ストレートのコントロールが狂っただけだと誤魔化しておきたい。
《さぁ三球目、振りかぶって——‼》
——。
————。
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