第2話
——藤宮聡一郎。無遠慮な無神経なこのお調子者の球は、これまで俺がキャッチャーミットの構えた所に飛んできた試しがない。
正直、コイツと組まされる事が、この野球部に入ってから一番のストレスだ。
それでも——、
「藤宮、静山。出番だ」
あのヒゲ監督が、やれと言うなら仕事として完遂せねばならないのであろう。
「立ち上がり、初球は大事に行け」
「うっす。もっと投げたくてしょうがないけど、三人で終わらせてきますよ」
いつだって俺は、バッティングセンターの公衆の面前で頭を下げてスカウトを試みてきた監督の姿を思い出す。
《——頼む、ウチの部員を甲子園に連れて行ってくれ》
ご立派な人生を生きてきた大の大人が、小生意気にバッティングセンターで腐りながら遊び続けていた生まれた頃から喋れない、こんな役立たずの欠陥品に頭を深く下げた事には、驚いたものだ。
『もとより、大事にしなくていい球なんて無い』
少年野球、中学野球、そして高校野球。俺には才能があると、輝かしい未来があると、誘ってきた人間は沢山いた。
けれど——、この人だけがチームの為に、野球の為に、プライドを捨てて魅せた。
俺に、俺の人生を、青春を、他人の為に捧げろと堂々と言い放ったのだ。
『全ては甲子園の為に必要な球だ』
それほどの価値が——、そこにあると俺に期待を抱かせた。
「……そうだな。任せた」
「最終回だ。締まっていけ!」
《しゃああああああ‼》
両手を強く叩き、チームを鼓舞する監督の号令に、不覚にも滾る血潮を感じながら、ベンチを抜け出し炎天の空を再び見上げる。
——少し、遠回りしてもいいか。
「静山。ほれ」
「……」
そんな回顧に浸る最中、ふと藤宮が自身の拳を俺の眼前に差し出す。
「青春のカオリがするだろ?」
「俺達が主人公だ」
「…………」
「あ、おい! 無視すんな、コラ‼」
キャッチャーマスクの匂いには、未だに慣れない。
が——、少し許せそうな気もしている。
マウンドのお山で不貞腐れる大将を尻目に、俺はキャッチャーのポジションに腰を落として項垂れて息を吐く。
投球練習。まずは、藤宮の調子の良し悪しの確認。
俺は三塁に向けて指を指す。三塁を守る先輩はコクリと頷き、グローブと殴り合って威勢を吐いた。
守備側で唯一、打者の後ろに位置するキャッチャーの仕事は多い。投手の配球は勿論の事、守備全体の統率や指示。球場を扇に例えた時、まさしく要と称される訳だ。
そんな重要なポジションに、声の一つも出せないコミュニケーション障害者を起用するなんて、我ながらどうかしていると思う。本来なら正面の味方に向けて大声を張り上げて鼓舞するのもキャッチャーの仕事の一つなのだ。
だが——、
「行くぜぇ」
藤宮聡一郎が振りかぶって全力で投げた荒れ球を——、
チーム内で俺にしか完璧に取れないとあらば、仕方も無い。
痛烈なキャッチャーグローブでの捕球音の余韻の中、俺は素早く立ち上がり三塁に向けて送球する。それを受けた三塁手は次に、一塁へと球をリレーして。
「どうよ、どうよ!」
うざ。褒め称えろ感が相変わらずウザイものの、確かにドヤ顔が出来るくらい、今日の調子は良さそうだ。球が活き活きと伸びてくるようだった。
よし。残り、二、三球。コントロールを中心に見ていくことにしよう。
——。
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