第五十三話 170年前

 とある昔話。


 一つの国が歴史の闇に消える。

 それは“魔王”と呼ばれた一人の男によるものであった。


 ◆◇◆◇◆


 西暦1899年。


 西方の小国に一人の男がやって来た。


 その男の名はマミヤ・エイジロウ。

 東方の国からやって来た甲冑師である。


 江戸時代から続く鍛冶屋の息子で、幼い頃から学んできた鎧作りの技術を世界に広めるため家を飛び出し単身、海外に渡り各地を旅していた。


 そんなエイジロウが流れ着いた国。

 その国では内紛が勃発し、領土を巡って勢力争いの真っ只中にあった。


 その中にある老貴族が納めていた小さな領地。

 民衆も老人ばかりで若者が一人もいない、そんな寂れた領に現れたエイジロウ。

 しかし、そこで戦う老兵たちは戦うことを諦めてはいなかったのだ。

 彼らの心意気に打たれたエイジロウは自慢の甲冑を製作すると、領の兵士たちに配った。

 すると、敗戦濃厚だったのがエイジロウの鎧を身に纏った兵士たちは人が変わったかのように戦いで活躍する。


 エイジロウの作る甲冑には不思議な力があったのだ。


 自分達の領土を奪還しただけでなく、他の領地にまで侵攻して最後には国を統一するにまで至ったのだ。


 領主の老貴族改め新国王は、エイジロウに「いつまでもこの国に留まって欲しい」とお願いされる。

 初めは断ったエイジロウであるが一人の少女との出会いがエイジロウの運命を変える。


 ◇◆◇◆◇


 その少女の名はセネス。

 小高い山に一人で住む、十代前半ぐらいの変わった娘だった。


 国にやってきて甲冑製作に勤しむこと十年が経った。

 他国への進攻を計画する国ために毎日、新たな甲冑作りで忙しい日々を送っていたエイジロウがある日、材料探しに山へ出掛けた時に偶然出会う。

 崖から落ちそうになっていたセネスを助けたエイジロウは一目惚れをした。


 セネスの気を引くために手を変え品を変え、エイジロウは様々な方法で猛アプローチを試みた。

 しかし、結果はどれも失敗する。


 何故、こんなにも愛を囁いているのにセネスはエイジロウに好意を寄せないのか。


「僕はこんなにも君を愛しているんだ」


 ある違和感を覚えながら、エイジロウはセネスに告白する。


「出会った頃から君は少しも変わらない……それは何か秘密があるのだとは想像できる。良かった話して欲しい」

「……」


 驚いた様子もなくセネスは答える。


「それは貴方の愛は私にとって侵略行為なのです」

「侵略だって? 僕はただ、君に、君のために尽くしたいだけだ」


 そう言ってセネスはエイジロウの身体にそっと触る。


「ほらね……これでも貴方、私を愛せる?」


 すると、エイジロウに触れたセネスの手が突然、真っ赤に腫れ上がった。

 驚くエイジロウが離れるとセネスの腫れた手は少しずつ元の状態に戻っていく。


「この国はもう少しで滅びそうだったのに……貴方のせいですよ」


 それは、この国に何百年も伝わる病。

 別の言い方をすれば“呪い”だと言う。


「何百年も前に、恋人を人間に取られて狂った魔女のお伽噺を聞く?」

「……本当の話なのか?」

「本当も嘘も、そんなお伽噺にこの国は苦しめられている。貴方が助けに来なければ、こんな感情を抱かずに済んだのに……」


 人を愛すると発現する死の呪いは肉体を不老化させる力も秘めていた。

 セネスは見た目の何倍も歳を取っていると言う。


 真実を明かされエイジロウは、それでもセネスを諦めることが出来なかった。


「ならば君に触れられる鎧を作ろう」


 エイジロウは決心する。


「僕の作る鎧はただの鎧ではない。一族に代々伝わる製法で作られた特別な鎧だ。人を愛せる万井だって作れるはずさ」


 だが、それがきっかけでエイジロウを後に“魔王”にすることになるとは本人も知らなかった。

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