第五十二話 取り戻す右手
今思えばマオは両親の顔をまともに見た覚えがなかった。
家族写真だけで撮った写真の記憶もなければ、家族アルバムがあるのかすら家の中で見たことは一度もなかった。
それまで疑問に思わなかったのが不思議なぐらいだ。
ずっと海外で仕事をしていて、声だけを聞いたことがあるだけ。
それがどれだけ異常であることなのか気づけなかったのだ。
◆◇◆◇◆
「………………っ!?」
「……どうしたの、まーにぃ!?」
「さ……触るなっ!!」
自由落下を続ける“魔王”のメインコクピット内。
突然、声を上げたマオの異変の身体にミヤビは身体を引いた。
「な、何なんだ……そんな、セネス病はもう治ったはず……ぐっ」
小刻みに揺れる身体の震えと眩暈に襲われるマオは膝から崩れる。
頭の天辺から爪先まで全身に寒気を感じているのに、マオの身体からは大量に汗が吹き出ていた。
異変の中でも特に左手と両足に走る激痛がマオを苦しめた。
「おい、レフィ! そっちはなんとかならないのかッ!?」
「……片手で飛べたら苦労しない」
各担当のコクピットへ移動させられたアユムとレフィだったが、多少の姿勢制御は出来ても機体を動かすにはメイン操縦者であるするマオ次第であった。
『どうやら、その肉体に限界が近付いてきてるようだね』
「……うぅっ……どういう、ことだ?!」
『不完全な素体ではそう長くはないと言うことさ」
「もう止めてよパパ! なんでこんなことをするの?! ミャーたち家族じゃない!?」
倒れるマオを起こしながらミツキが叫ぶ。
『ミヤビ、パパを許しておくれ? 全て、遅すぎたのだよ。我が愛するセネスを蘇らせるために完全な力を復活させなければいけない。それをわかって欲しい』
ムリョウのヴェスティードは腰から取り出したのは長剣に似たライフル。
銃口を天に掲げると落ちてくる“魔王”に向けて照準を合わせる。
『安心したまえ、彼女たちも僕が丁重に預かろう。だが、マオ……お前はここで死んでもらう!』
ヴェスティードが引き金に指をかける。
その時だった。
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!」
少女の叫びが夜空の月の影から轟く。
月光を背に現れたのはX字の巨大なウイングを広げる“深紅の戦闘機”が空中で“魔王”を拐う。
『ちっ、邪魔者がぁ!』
ヴェスティードのライフルの矛先は“深紅の戦闘機”に向けられ、引き金を引いた。
「だ、ダイ君……?」
「真宮くん……いや、マオちゃんはボクが守るッ!! この“ジェットエンペラー”でぇ!!」
放たれたビームは“深紅の戦闘機”ことジェットエンペラーの機首に直撃する寸前で、機体を覆っていたバリアフィールドがビームの粒子が分散させた。
音速を越えたスピードで突撃するジェットエンペラーは、ヴェスティードを翼で押し上げそのまま空に昇っていく。
「今だ、マオちゃん!」
「くっ……うおぉぉぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁーっっ!!」
力を振り絞るマオに呼応して“魔王”は再び力を取り戻す。
助けてもらったジェットエンペラーの上を“魔王”は這っていく。
「ミツキを……返して、もらうぞ!!」
ウイングに引っかかるヴェスティードを持ち上げると、厚い胸部装甲を右手で貫く。
引き抜いたその掌の中にはミツキが気を失い、横たわっていた。
ジェットエンペラーはゆっくりと降下しながら町を外れた人気の無い田園地帯に不時着する。
「……もう終わりだ、父さん。全部を……話してもらうぞ!?」
息を切らしながらコクピットから飛び出すマオ。
機体から解放されると先程までの肉体を襲った嫌悪感と激痛は収まっていた。
「なんで、僕と同じ姿をしている? どうしてミツキを拐った? なんで今になって現れた? 母さんは? セネス病とは? このロボットたちはどういうつもりなんだ?」
「…………」
近付きながら思った言葉を思い付いただけ投げ掛けるマオ。
全身ボロボロのムリョウも、ヴェスティードの割れた装甲の中から出てきた。
ミヤビたちが“魔王”から心配そうに見守る。
月の光が照らすマオとムリョウのシルエットは、鏡に映っているからのようにそっくりだった。
「……いいだろう。全てを教える」
破れたスーツのジャケットを脱ぎ捨てるムリョウ。
二人は機体から降りてゆっくりと歩み寄る。
「……父さん」
「倅よ…………甘いなっ」
ニヤリと笑うムリョウはマオにいきなり飛び掛かった。
「はぁ!? 何を、どういうことだよ?!」
「全てを知りたいのだろう? だから理解(わから)せてやるのさっ!!」
抵抗するマオだったが、同じ体格とは思えないほどムリョウの力は強く、全く振りほどけない。
すると、二人の身体が突然、目映い光に包まれる。
「な、何だ!? 何が起きるんだ?!」
「合体する……いや、ただ戻るだけさ。元の形にな」
閃光の中で二つの人影は一つに混ざりあった。
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