第四十九話 レストランデートと乱入者

 夕暮れの真芯市を一望できる真芯駅にそびえ立った高さ約250mのランドマークタワー。

 芦田建設の実力派デザイナーが手掛けている、壁面が二重構造で螺旋を描きながら天まで伸びるデザインの巨大建造物。

 その名も、マシンスパイラルツリー。


「今日は好きなもの食べていいんだよ、って言ったけどさぁ…………」


 200m地点にあるホテル内の高級レストラン。

 服を着替え、ばっちりとドレスアップしたマオとミツキ。

 大人な食事デートにワクワクしていたミツキだったが、マオは空気を読まなかった。


「一度、やってみたかったんだよミツキ」


 少しブカブカなスーツを着るマオはワクワクしながら言った。


「なにも今日じゃなくてもいいでしょ?」

「こういうところだからだよ……来た!」


 カートを押してやってきたウェイターが、マオの前に並べたのは熱々の鉄板が二つ。

 じゅうじゅう、と肉の焼ける美味しい音を奏でているハンバーグとステーキだ。


「や、柔らかい……! ナイフがスッと入るぞ?」


 切り分けた中身がほんのりピンク色のレアステーキをマオは一口頬張る。

 噛み締めるほど広がる肉の旨味、かけられたソースも絶品だった。

 当たり前だが、近所にあるチェーン店──マオは年一でしか行ったことがない──のステーキとは比べ物にならないほど旨かった。


「ハンバーグも……もぐ…………はぁぁ~っ!」

「……マオったら子供なんだから」


 コース料理の前菜を口にしながらミツキはマオのはしゃぎっぷりに恥ずかしさを覚える。


「何か……言うことないの?」

「何かって何が?」

「……もう、いいわよ……」


 せっかくの綺麗なドレスも、マオの前では花より団子だった。

 端から見ても小学生の弟を連れ込んだ姉なんだろう、と周りの客からも高校生同士のデートだとは思われていなかった。


「なぁ、ミツキ。こんなことって前にもなかったか?」


 皿に盛られたライスに、ソースをたっぷりつけたステーキを乗せながら食べるマオは言った。


「……前? あったっけ、そんなこと」

「そっか、記憶違いだったかなぁ……もぐ」

「……」


 マオは人目も気にせず夢中になってステーキとハンバーグをバクバクと食べ進める。


「こうやって、外に出られたのもカイナさんのお陰だな。感謝しないと」

「でも、あの人は私たちに嘘ついてたんだよ? 学校を襲って、マオを襲ったのだって……そうだよ、それもこれもレフィが転校してきてからだ」

「ミツキ、皆を悪く言うなよ」

「だってそうじゃない!? 私は、もっと静かに平穏に、マオと……」


 声を荒げるミツキだったが、周りの目を気にして押し黙った。


「……やっぱり、まだおかしいよマオ」

「どっちがさ。お祓いはもう済んだでしょ? 満足してくれよ」

「マオは食事をするとき、もっとお行儀よく綺麗に食べるもの」


 問題の場所を指差しながら指摘するミツキ。

 皿から溢れたごはん粒がテーブルや水のグラスなどアチコチに付けられ、口の周りがステーキソースまみれになっている。


「本当にマオはマオなの?」

「……11月11日生まれのB型、十六歳の高校二年生。得意科目は美術。好きな食べ物は硬めのプリンと麻婆春雨。妹の名前は真宮雅で中学二年生。幼馴染みは同級生の右京光希。セネス病という謎の病気で女の子に触れられなかったが、ここ最近はそれも完治しつつある……そんな俺が真宮真央なのさ」


 マオはナイフとフォークを置き、ゆっくりと立ち上がる。


「どうしたの……?」

「ちょっとトイレに行ってくる。すぐに戻るよ」


 お腹を優しく擦りながら、ゆっくりとした足取りでマオは店の奥へと入っていった。

 その背中をミツキは訝しげに見詰め、深いため息を吐いた。


「……惜しかったね。マオは自分のことを“僕”っていうんだよ」


 日が沈み行く真芯市の夜景を見ながら酷く落胆するミツキ。

 幼い頃からずっと側に居たミツキであるからこそ分かる、最近のマオに起こった変化は“魔王”によるものだとわかった。


「いいや、君は誤解しているよ」


 頭の中で考え込んでいたことに返答されミツキは驚いた。

 聞いたことのある声に振り向くと、そこいたには一人の少年だった。

 トイレから戻ってきたにしては早すぎる。しかし現れた少年の顔はマオに瓜二つであった。


「変わったんじゃない、本来の魔王に戻ろうとしているのさ……ミツキちゃん?」

「あ……えっ?」

「ショートカットにした君も素敵だよ。もちろん、その衣装も」


 触覚のように伸びた二本の白髪を揺らしながら少年はニッコリと微笑んだ。

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