第4章 僕を合体させないで
第四十七話 夏休みが始まる
昇る太陽がアスファルトを焼き始め、セミの鳴き声が合唱を始める朝。
時刻は八時を過ぎる。
髪もボサボサ、寝ぼけ眼でMs.を一杯飲もうと台所にやって来たミヤビは驚くべきものを見てしまった。
「おはよう、ミヤビ」
「…………あー……また夢かな?」
ベーコンの焼ける音と匂いでミヤビの意識は覚醒する。
そこには、せっせと三人分の朝食を作るエプロン姿の兄マオがあった。
七月に入ってからマオの様子がおかしいことにミヤビは不安を感じていた。
普段、家に引き籠っていたのが一人で出歩くことも多くなり、何故か傷だらけで帰ってくることもあった。
外で偶然、マオを見かけたアユムによると、町中で困っている人の手助けをしているらしい事を聞く。
それだけであるならまだしも、素行の悪い不良グループに自分から喧嘩を売りながらアチコチで潰し回っていると言う。
そして、今日から夏休みに入る。
家政婦クロガネ・カイナが居なくなって毎朝の朝食はミヤビが担当することになっているが、ここ何日間はマオが先に起きて料理を始めている。
「この前はジャーマンポテトと野菜スープ、その前はチーズオムレツだっけ?」
「目覚めちゃったかなぁ、料理の面白さに」
マオは自慢気に笑った。
夜中のゲーム三昧で朝は不機嫌で寝坊しがち、料理と言えばインスタント食品を分量や時間を几帳面に説明書通りに作っているイメージしかないミヤビにとって、朝から手の込んだ料理を作る兄の姿はとても違和感があった。
「……って言うか三人分?」
「レフィもいるよ」
「わっ、本当だ!?」
ミヤビはテーブルに目をやると、いつもカイナがいた席にレフィが座っていた。
今日の髪型は珍しく、お馴染みのツインテールではなくポニーテールとなっている。
「さぁ出来たぞ。今日は朝マッキュ的なベーコンエッグマフィンを作ってみた」
「やった! レフィ、マッキュのマフィン好き」
ワクワクしながらレフィの前に出来立てのベーコンエッグマフィンと、オレンジジュースをコップに注ぐマオ。
「ねぇ、まーにぃ」
「どうした妹よ」
「……ミツキちゃんは?」
ミヤビの感じたもう一つの違和感。
基本的に学校のない日を除いて、ほぼ毎日朝からやって来る幼馴染みミツキが今日は来ていない。
特にカイナが居なくなってからは土日も真宮家に来ることが増えたが、どうしても来れないときはミツキの性格上、連絡はするはずだった。
「さぁ、家の手伝いで忙しいんじゃないか?」
「…………まーにぃ、最近変だよ。前はそんなんじゃなかった」
「それもそうさ。セネス病もどんどん落ち着いてきたっていうかさぁ、気分がいいんだよね」
マオはズボンのポケットから取り出した錠剤入りのミニケースをカチャカチャと振ってみせる。
そのケースを見た瞬間、マフィンを美味しそうに頬張るレフィの顔色が変わった。
「……マオ君、その薬は」
ピンポーン。
レフィの言葉を遮るように家のチャイムが鳴り響いた。
「朝から誰だろ?」
ミヤビは壁のインターホンから玄関カメラを確認する。
そ 柔らかく大きな二つの山が画面一杯に揺れていた。
「このバカでかい胸 ……噂をすればミツキちゃんだ」
『あっ、ミャーちゃん? 私』
「わざわざチャイムなんか鳴らさなくても入ってくればいいのに」
『う、うん。じゃあ……お邪魔します』
「早く来てよ。まーにぃがまだおかしいの」
そう言ってミヤビはインターホンを切ると玄関の扉が開かれる。
ととととっ、と廊下を軽快に走る音。一瞬、止まったと思いきや、ゆっくりと覗くようにミツキは台所にやってきた。
「おはよう、ミツキちゃっ……」
そんなミツキの髪型を見てミヤビは固まった。
「ミツキちゃん?! どうしたのその髪型!?」
「えへへ、夏だから短くしてみたんだけど……どうかな?」
照れながらミツキは言う。
いつも後ろに結ったセミロングの髪は短くカットされ、全体的にスッキリと活発的な印象になっている。
「すっごく似合ってるよ! なんか別人みたい」
「ありがとう。マオも、どうかな?」
「ん? ……あぁ、うん」
恥ずかしがりながら言うミツキだったが、マオはマフィンに被りながら素っ気ない返事をする。
「って、まーにぃ感想それだけぇ!?」
ミヤビは呆れた声を上げた。
「だって……まぁ短いなって」
「女の子がこんなに髪を切ったんだよ? ……もしかして、まーにぃミツキちゃんになんかしたの?!」
「何もしてないって!!」
兄妹喧嘩を始める二人。
それを横から間に入って止めたのはミツキだ。
「な、なんだよ」
「…………マオ、来てっ!!」
突然、大声を上げるミツキはマオを連れて出すと、勢いそのままに玄関へと急ぐ。
「ちょっ、待っ、お前どこへ連れてくんだよ?!」
「まーにぃ! ミツキちゃん!」
追うミヤビだったが、ミツキはマオをサイドカーに突き飛ばすと、バイクに乗り込み何処かへ走り去ってしまった。
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