第四十三話 雨上がりの午後

 台風は去ったものの、じめじめとした天候が続く真芯市。

 雨が降ったり止んだりを繰り返す梅雨の時期をマオは嫌いではなかった。


「人が少ないってのはいいもんだ!」

「そうだね、マオ」


 小雨が降り続ける平日の午前八時。

 通勤通学時間だというのに通行人は疎(まば)らで少ない。

 そんな日は傘を差しながら徒歩で学校に行くことにしているマオとミツキだ。


「でも午後から止むらしいよ雨。朝のテレビでやってたよ」


 重そうなリュックを背負いながらミツキが言った。


「そうなんだ……そう言えばレフィ今日も来ないね」

「このところずっと休んでるみたいだし何かあったのかな?」


 マオ誘拐事件から数日。

 あの時以来レフィは学校を休んでいた。

 学校には連絡が入っているようだが、マオたちから何度電話やメールを送っても反応はなく、直接家に出向いたりもしたが中からの応答はなかった。


「ミツキ、お前なんか言ったのか?」

「なんで私が?! 何も言ってないよっ!?」


 コンビニの前を歩いていると、飲食スペースで紙パックの野菜ジュースを飲みながら、ブリトーにかぶりついているアユムを発見した。

 

「おはよう、芦田さん」

「うーすっ! ミッちゃん、マミヤン」

「朝ごはん?」

「そうだよマミヤン。欲しいファッション雑誌の発売日だったからさァ、誰かに変われる前に~っと思って」


 口の回りをトマトソースで汚しながらアユムは言った。


「ちょい待って、すぐ食べるから」


 アユムは残りのブリトーを口に放り込み、紙パックを握り潰して野菜ジュースを流し込む。


「ふぃふぉー」

「口、付いてるよ」


 ミツキはポケットティッシュを取り出したアユムの口の汚れを拭う。


「うん……もういいよ」

「ありがとねぇ、お母さん」


 食べ終わったものを片付けて三人はコンビニを後にする。

 たわいない会話をしながら雨の中を楽しく登校した。


 ◇◆◇◆◇


 あっという間に午前の授業が終わり、昼食の時間。

 天気予報の通り、雨も止んで青空が雲の隙間から覗かせていた。

 結局、今日もレフィが学校に現れる様子はなくマオは後ろの席を見つめていた。

 ここ最近はアユムがマオたちの弁当目当てに教室までやって来て、レフィの席に座っていることが多い。


「アユム先輩、補習だって」


 マオのスマホにアユムからメッセージとスタンプが送られてきた。


【この間のテストがマジヤバで担任がマジで激おこ! ベントー食べてて】


 画面に熊のキャラクターが土下座していた。


「こういうときに限って、お弁当をたくさん用意してるのよねぇ」


 ミツキがリュックから取り出したのは四段の重箱だ。

 敷き詰められた数種類の具材が入ったおにぎり。

 一口サイズのハンバーグや唐揚げ、卵焼きにソーセージ。

 煮物やポテトサラダ、フルーツもたっぷり入った特製弁当である。


「運動会か」

「実は大半は昨日の晩御飯の残りだったり……作りすぎちゃって」

「まぁ食べるけどね。いただきます」


 ミツキから箸を貰って手を合わせるマオ。

 早速、唐揚げから頂こうと箸を伸ばそうとした、その時だった。

 教室のドアが勢いよく開かれた。


「……レフィ……っ!?」


 振り向いたミツキが息を飲む。

 教室に入ってくるなり、ミツキは愛用の刀を抜いて一直線にマオへ向かって駆け出した。


「れ、レフィっ?!」


 マオはとっさに後ろへ飛び抜けた。

 振り下ろされた刃がマオの座っていた椅子を真っ二つに両断する。


「何するんだよ、レフィ!?」

「……」


 マオを見るレフィの顔は感情を失っていた。

 半開きな口に虚ろな瞳で、まるで死んだような顔をしているが、その太刀筋は確実にマオを仕留めようと刃を振るっていた。

 騒然とする教室。


「ねぇレフィ! どうしちゃったのよ」

「…………」


 ミツキは呼び掛けてみるが、レフィは全くの無反応だった。

 刀を床にひきずり、机を押し出しながらフラフラとした足取りでマオに迫る。


「くっ……こっちだ!」


 一体何がレフィに起こっているのかマオはわからない。

 だが、自分が狙いならここに居ては他の生徒に被害が出ててしまうだろうと考え、急いで教室を出た。


「……っ」

「待って、マオ! レフィ!!」


 逃げるマオを追いかけてレフィも走り出す。

 二人の背中を見ながら一人残されたミツキはどうするべきか考える。


「うぅ……み、皆! このお弁当、食べていいからね! 食べ終わったら机の上に置いといて!!」


 ミツキは重箱弁当をクラスの生徒たちに託し、二人を追って教室を後にした。


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