第七話 夕暮れの宣戦布告

 マオが自宅に帰ってきた頃には十八時半を過ぎていた。


「まずい……遊びすぎたな」


 辺りはすっかり暗くなり夜空に月が上っている。

 ミツキはバイクをゆっくりと玄関前に寄せ停止した。


「ごめんね、こんな時間まで付き合わせちゃって……」

「ミツキが謝ることないよ、でも」


 サイドカーを降りたマオが自宅を見上げる。

 聞きなれたバイクのエンジン音に気付いた妹ミヤビが、二階の部屋の窓から二人を睨むように覗いている。


「おーい、ミャーちゃん!」

「あれは相当、怒ってるよなぁ」


 ミツキの方へはにこやかにするミヤビだったが、マオに対しては「べー」と舌を出して部屋の中に消えた。


「て言うか僕の部屋で何してんだよアイツ?」

「ふふ、おみやげの御菓子あるからちゃんとあげるのよ?」


 ミツキはサイドカーの荷台から今日買った買い物袋からマオの分を出して渡す。


「わかってるよ。じゃないとミャーが煩いからなぁ」

「聞こえてるよ!」


 バタン、と大きな音を立ててミヤビが玄関からドタドタと走ってきた。


「ズルいズルいズルいズルい! 二人だけで楽しんでたんでしょ!」

「楽しむもなにも買い物に付き合っただけだよっ」


 弁明するマオ。

 しかしミヤビはマオの顔に近付くと、口の周りに微かに残る甘い香りを嗅ぎ分けた。


「ソフトクリーム食べたんだ! まーにぃの癖に生意気だぞ!」


 半べそをかきながらミヤビはマオの背後に回ってヘッドロックをかける。


「ぐっぐるじぃ……ミャー……ストップ! 今日はマズ……!」

「はいはい、ストップ! ストップ! 今度は三人で行こうねミャーちゃん」

「……本当に? いや、でも二人がいい。それと最近出来たメロンパソフトがいいな!」

「本当本当。絶対行こうね」

「約束だよっ!!」


 ミヤビはマオの拘束を解き、突き放した。


「かはあっ、あぁ……じゃ、また学校でな」

「うん、明日ねマオ」


 大量のお菓子が入った袋を抱えて満身創痍のマオとミヤビは家に帰った。


「いいな……」


 そんな後ろ姿を名残惜しそうに見送るミツキ。

 兄妹二人の騒ぐ声を背中に感じ、ミツキはヘルメットを被り直し、バイクを発進させた。


「…………危ないっ?!」


 突然、前から高級リムジンに道を阻まれミツキのバイクは急停止する。

 遠くまで聞こえる甲高いブレーキ音をさせるハイパワーなマシン故に、コンクリートの地面にバイクのタイヤ痕がくっきり出来た。


「もう、なんなの?!」

「こんばんわでございます」

「あなたは、レフィーティア……さん?」


 謎の挨拶をしながらリムジンから降りてきたのは転校生・遊左レフィーティアだった。

 にこやかなレフィに対してミツキの表情は険しかった。


「……そこ退いてよ」

「どうして……?」

「私のライトニングが通れないでしょ?」

「……むぅ……」


 ぼんやりとした顔で首を傾げるレフィ。

 独特なぼんやり感に少しイライラしてエンジンを吹かすミツキだがレフィは全く動じない。


「むぅ…………アナタはマオ君のなに?」

「なにって、なんのこと? 貴方こそ、どうしてマオにあんなこと……?!」

「危機が迫っている。マオ君の力、必要だからレフィは彼の……と“合体”したい」

「勝手なこと言わないでっ!」


 レフィの言葉にミツキはヒステリックに叫んだ。


「レフィはムリョウに言われた」

「どうしてあなたがマオのご両親の名前を知ってるのよ?!」

「知ってちゃダメ?」

「……例えそうだとしてもマオはもう“合体”なんてしない、させない! そんなことになったら私は……私がマオと……っ!」

「わかった」


 俯いてふるふる、と肩を震わせるミツキの元に近寄るレフィは顔を覗き込む。


「お手並み拝見。どっちがマオ君と合体できるか勝負しよ」

「だから、合体なんてさせないって……!」

「じゃ、またねミツキ」


 顔を上げるミツキだったが、レフィはいつの間にかリムジンに乗り込み手を振り去っていった。

 ミツキは鞄からスマホを取り出してある人物に連絡を取る。


「…………もしもし、お父さん? ……うん、もうすぐ帰るから…………そうじゃなくて実はマオのことで…………聞いてる? だったらなんで教えてくれないの…………うん……そうなんだ…………じゃあ…………そうね……私のライトニング……急がせてね……うん……わかった……じゃあね…………はぁ」


 しばらくミツキはその場から動けなかった。


「どうしよう……マオ」


 ミツキは振り返り真宮家の方向を見詰める。

 転校生、遊左レフィーティアの登場はミツキの心を大きく揺さぶった。

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