第六話 帰り道は二人で寄り道

 ポッポー……ポッポー……ポッポー……。


 年代物の古めかしい鳩時計が掠れた声で鳴く。

 時刻は十六時を回った。

 学校には多くの生徒が下校し、残る生徒たちはそれぞれの部活動に励んでいる。


「っ…………かはぁっ?! はっ……はぁ…………はぁ……」


 がばっ、大きく息を穿いてマオは保健室のベッドから飛び起きて目を覚ました。

 窓の外から差す真っ赤な太陽の光は西へ沈む準備を始めている。


「あ? 起きたマオ?」

「ミツ……キ?」


 ベッド横のパイプ椅子に座り、ファッション雑誌を読んでいたミツキが心配そうに見つめていた。


「……ミツキ、僕なんかやった?」

「なにもないよ。ずーっと寝てたよ。今日の授業はノートに取っておいたから家に帰ったら勉強するのよ?」


 ペラペラとノートのページを捲ってみせるミツキ。

 綺麗で読みやすい字で書かれた授業内容の写しである。


「あの転校生、レフィって子は?」

「マオ、気になるの?」


 その前を呼ぶとミツキの表情が変わる。

 少し怪訝な視線が痛い。


「そんなことより帰ろう。今日はちょっと買い物に付き合って欲しいの」

「あ、あぁ……うん、良いよ」

「マオの荷物はもう持ってきてる。早く行こ?」


 保健室の先生に別れの挨拶してから二人は部屋を後にした。


 

 ◇◆◇◆◇



 颯爽とバイクを飛ばして約十分のところにあるデパートにやって来た二人。

 5階建ての屋上駐車場にバイクを止めて入店する。


「久し振りに来たな。自転車コーナー無くなってる?」

「でも薬局が入ったのは便利だよ。今日は寄らないけど」


 ミツキの買い物に付き合うマオ。

 まずはエレベーターで三階に織り、百均コーナーを物色。

 続いて二階、衣類コーナーを梯子しながら商品を購入していく。


「ねぇマオ、イヤホン百均のでいいの?」

「いい。消耗品だからね」


 一階にやって来た二人は一旦別行動を取る。

 マオを地下のフードコートに置いて、ミツキは夕飯時で大勢の人だかりが出来ている食品コーナーに飛び込んだ。


 それから約十分後。

 大量の買い物袋を持ったミツキはマオが待つフードコートの席に座った。

 この地域はメジャーなソフトクリームが売っているラーメンチェーン店である。


「ゴメンね、遅くなって。特売やってて買い物思ったより多くなっちゃった」

「そのお陰でソフトクリームが食べられる」


 ペロペロとバニラ味のソフトクリームを子供のように舐めながらマオはにこやかに言った。

 床に届かない足を椅子の下でプラプラさせているその姿は、どこからどう見ても小学生にしか見えない。


「ねぇマオ」

「なに?」

「マオのさ、セネス病が一生治らないってなったらどうする?」

「いきなりなんだよ」


 ミツキからの質問にマオはしばし考える。


「うーん、そうだな」

「治らなかったらミツキは僕から離れちゃう?」

「そ、そんなこと! ……私はマオの病気が治らなくたって…………」

「いゃぁごめんよ。質問返しが意地悪だったね」

 

 ミツキの言葉を遮ってマオは笑いながら言う。

 今のキャラじゃない台詞は自分でも攻めすぎたと思って後悔する。


「この病気とは一生付き合っていくしかないよ。別に人とベタベタくっつくなんて僕はしないしね。気を付ければ普通の人と変わらないよ」


 そう答えはしたがそれがマオの本心ではなかった。

 出来ることならこんな奇妙な病は治したいが、現代の医療ではセネス病を治す手段はない。


 正直に言ってマオは自分自身に絶望している。


 しかし、そんな気持ちをミツキに晒したくはないのだ。

 マオに対してミツキは優しすぎる。

 弱いところを見せれば見せるほど、ミツキの世話焼きは止まらない。

 だが、それを否定してミツキを悲しませたくもない。


 二人の関係は現状維持。

 それがマオの出した結論だ。


「さ、帰ろうか。マオの荷物も私が持つよ?」

「いいよ、僕が全部持つ」


 ワッフルコーンをサクサクと口に放り込んでマオは席から立ち上がる。

 ミツキから荷物を貰い、マオは小さな身体でヨタヨタとエレベーターに向かった。

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