第三話 幼馴染みとピーキーバイク
シャワーを浴びてさっぱりしたマオは学校の制服に着替えると、ダイニングで朝食を取る。
「朝から時間のかかることさせないでくれよ……まったく」
「まぁまぁ、ミャーなりの実の兄に対する愛情表現だよぉ?」
「それで死にかけてたんじゃ命がいくつあっても足りないわ」
「これも病気を治すためのリハビリ、リハビリ。ほら冷めるよ、早く食べちゃって」
今朝の献立はシジミの味噌汁、炊きたてのごはん、チーズオムレツ。
既に朝食を食べ終えたミヤビは自分が食べた後の食器を洗っている。
「食べたら食器下げといてよね。洗うから」
「ミャー……カイナさん、どこ行ったの?」
チーズオムレツにケチャップを掛けながらマオはミヤビに言った。
「ううん。朝一に遠くのスーパーで大安売りがあるってまーにぃ起こす前に出てったよ」
カイナさんとはマオたちの両親が雇った住み込みのお手伝いさんである。
真宮家の家事全般を支えて今年で四年になる、炊事洗濯をパーフェクトにこなすスーパー家政婦。
両親は仕事で海外出張しているため、季節の変わり目ごとにしか家に帰ることはない両親の代わりに真宮家を守ってくれている母であり姉のような存在だ。
「そう言えば今年は帰ってきてなかったか……お金だけ送ればいい思ってんのかな」
仕送りは多すぎるほど貰っているのでマオ、ミヤビ、そしてカイナの三人で十分に裕福な暮らしが出来ている。
もう馴れたが、親の愛情と言うものを感じさせてもらえないのは寂しさよりも苛立ちが募るばかりだった。
「そろそろ“ミツキちゃん”が来る時間じゃない?」
「うわ、もうそんな時間か?」
時計を確認していると、外から低い唸り声のようなエンジン音が響き渡る。
「来た! 急がないとっ!」
急いで朝食を口に掻き込むマオとミヤビは荷物を持って家を飛び出した。
「ごめん、遅くなったよミツキ!」
玄関を出て開口謝るマオ。
ドルンドルン、と力強いエンジン音の正体はサイドカー付きの黄色い大型バイクだ。
スカートを押さえながらバイクから降りるセーラー服の美少女はヘルメットを外す。
「いいよマオ。私も今来たところだから」
赤い眼鏡がよく似合う黒髪の綺麗な美少女。
マオと同じ高校に通う二年生の右京光希(ウキョウ・ミツキ)──ミツキ──は屈託のない笑顔で返した。
「あっ、ミャーちゃん。この前の煮物ありがとうね。私も家族も大喜びだったよ。カイナさんに美味しかったですって伝えて」
「うん、伝えておくね。ミツキちゃんのロールキャベツも美味しかったよ。また食べたいな!」
「ふふふ、どういたしまして」
上機嫌に微笑むミツキは、バイクの荷台から取り出した空のタッパーをミヤビに渡す。
成績優秀、容姿端麗、学校ではクラス委員長も務める、幼稚園から関係が続くマオ自慢の幼馴染みである。
「ミツキちゃん相変わらず凄いのに乗ってるね」
ぐるり、とミツキのバイクの周りを一周するミヤビ。
「乗りたい?」
「ミャーが免許取ったらくれる?」
「うーん、これは私用に改良したバイクだからねぇ。ピーキー過ぎてミャーちゃんには無理かな」
「学校の通学にこんなのに乗ってる方の気が知れない……」
二人のやり取りを横目に、マオは文句を言いつつもバイクのサイドカーに乗っていた。
頭に子供用のアニメキャラクターヘルメットを被って出発準備は万全だった。
「私の《ライトニング》よ。ちゃんと車検だって通ってるんだから!」
「そりゃ自分の所でやってんだから“通せる”だろ?」
ミツキの家は規模の小さいマイナーな自動車メーカーだが、今年で創立百年を迎えたたかなり老舗の会社だ。
他のメーカーにはない個性的なデザインは隠れたファンも多く、特にバイクは種類も豊富で愛用するライダーも多い。
「あら、そんなこと言ってると乗せてあげないわよ?」
「はいはい、わかったよ……さっさと行こう」
「じゃあね光希ちゃん。ふつつかなまーにぃをよろしく」
通学路が反対方向のミヤビと別れ、マオとミツキの二人を乗せたバイクは稲妻のように発進した。
◇◆◇◆◇
「なんか先で工事中やってるみたいだね。迂回しようか?」
「ミツキ、ちょっと待った!」
「どうしたの、マオ?」
「そこのコンビニ寄って欲しい……トイレ行きたい」
「うん。わかった」
真宮家を出てから僅か一分後、渋滞に嵌まってしまう。
一向に先に進まない道路に痺れを切らし、二人を乗せたバイクは道を外れて近くのコンビニへと向かう。
マオとミツキの通う高校は、マオの家からバイクで約五分ほどの距離しかない。
徒歩で学校まで行くのに余裕で通える距離であるのだが、道なりに駅やバスが近く学生やサラリーマンの通勤時間帯で非常に人通りが多い。
近所のコンビニぐらいならば出歩くこともあるが、セネス病のせいで雑多な場所を歩き辛いマオのため、ミツキのバイクに乗せてもらい毎朝通学している。
ミツキがマオの為にここまでするのには理由があった。
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