第二話 バッドモーニング・マイ・シスター
四月某日。
時刻は朝七時。
真宮眞央(マミヤ・マオ)──マオ──はまだベッドの中だった。
近頃オンラインTPSゲームにハマり、夜中までプレイに没頭しているせいか、目覚まし時計が鳴っているのにも関わらず朝起きれなくなっている。
その為に目覚まし時計を複数個も用意したが、何日も経過する内に部屋外まで響き渡るアラーム音の大合唱に耐性がついてしまった。
「…………うーん……壁の建築が……早すぎる……チート使ってんのかよ…………んー……ぐー……」
掛け布団を掴みコントローラーを動かす手付きで寝言を言うマオは、夢の中でもゲーム三昧。
そんなマオに迫る足音が廊下から響く。
ゆっくりと部屋の扉を開けて、素早い動きで時計のアラームを一つ一つ切っていく。
全ての時計を止めてマオの眠るベッドに仁王立ちするのは中学生の少女だ。
「ねぇ“まーにぃ”起きて」
膝を曲げる勢いでベッドを揺らしながら、少女は自分より背の小さい兄のことをアダ名で呼ぶもマオは一向に目覚めない。
少女は更にベッドを強く足でギシギシと軋ませてみるが、マオは布団の中に潜り込んで眠り続ける。
「……んー……うんん……んー…………」
「こんなに妹の“ミャー”が頑張って起こしてあげてるのに、この兄は……」
自分をミャーと呼ぶ少女から見下されるように睨まれるも、兄マオは気付いていない。
先程のように大きな音を立てても、マオが起きる気配がないのは既にわかっている。
しかし、少女が直接に触れないよう気を配っているのに兄は未だ夢の中。
「こしょこしょこしょ……まーにぃ……起きて……起きろ……」
自分のツインテールでマオの顔をくすぐる。
「おい……起きろ、まーにぃ……ちびまーにぃ……」
「……んー…………うるさい……んー…………」
近距離で囁くもマオはむにゃむにゃ言うだけで起きる気配がなく掛け布団を被った。
「最後の手段を使うしかない……はっ!」
ベッドの反発を利用して少女は飛び上がり、寝ているマオの体にダイブした。
「……うっ……?!」
ポスン、と優しく少女が覆い被さるとマオは小さく呻く。
少女は掛け布団を捲ってマオの耳元に顔を近付けた。
「起きて……まーにぃ……遅刻しちゃうよ?」
「……んー…………ん? んっ?!」
「ちび……高校生にもなってガキンチョ体型……足短い……童顔……弱虫……意気地無し……声変わりしてな……あとは、えぇーっと……ざぁこ……ざぁこ……」
吐息混じりに少女が罵倒を囁き続けること一分。
するとマオの顔は段々と苦悶に満ちた表情に変わっていく。
「くっ、ぐぐっ……ああぁぁああああーっ!!」
叫び声と共にマオは飛び起きる。
その勢いは天井に届くかと思うぐらい高い跳躍を見せると、少女はわかっていたかのようにマオから素早く離れた。
「僕を殺す気か、ミャーっ!!」
「キャハハ! まーにぃパジャマがびっしょり、おねしょ?」
少女、真宮雅(マミヤ・ミヤビ)──ミヤビ──は兄マオの姿を指差して爆笑した。
「高校生にもなってありえないわぁ……見た目は小学生だけど」
「くっ……これは汗だっ!!」
後ろを振り返りマオは赤面して言った。
背中からの異様な発汗はパジャマを通してベッドシーツを濡らし、大陸のような模様を作っていたのだ。
「自分で布団もパジャマも洗ってよね」
「こうなったのも、お前のせいだろ!?」
「別に体重かけて乗っかってた訳じゃないでしょぉ?」
ニヤニヤ、と笑うミヤビ。
昔からイタズラ好きで、現在もあの手この手でマオを困らせている生意気な妹なのだ。
「僕にとっては命に関わるんだよぉ!」
「だったら早く起きてよね。朝ごはん冷めちゃうんだから」
「わかってる! 着替えるからさっさと出てってよ!」
そう言ってミヤビはマオの部屋を後にする。
残されたマオは早々にビショビショに濡れた毛布をベランダに干し、部屋のカーテンを開けてベッドに日が当たるようにすると着替えを持って風呂場に直行した。
◇◆◇◆◇
マオがこの特質な病に侵されたのは小学校五年生の時であった。
大きな事故に遭ってしまい、意識不明のまま半年間も生死の境をさ迷うことになった。
そして、ようやく眠りから目覚めた時、マオは記憶を失っていた。
家族や友人の手助けの甲斐があり、少しずつ自分の過去を取り戻すマオだったが一番の問題は別にあった。
その病の名は、知覚神経系機能過敏性症候群。
通称“セネス病”と呼ばれるその病は他者に触れたり、触られたりすると身体が異常な反応を示すようになる奇病。
体温が急上昇し全身から大量の汗を噴き出す。
心臓の鼓動が徐々に早くなって段々と呼吸も苦しくなり、そのうち意識を失う。
最悪の場合、死に至る可能性もある世界でも数億人に一人の割合で発症している大変、珍しい病気だと言われるものであった。
マオの場合、犬や猫など動物に触れることには何も問題ない。
あくまで人にだけ反応するようで、中でも特に同世代の女性が触れる場合に限り、発症までの速度が異様に速くなる、と言うことがリハビリと言う名の実験でわかった。
マオがセネス病にかかって五年が経過する。
日常生活が送れるぐらいに慣れたものの未だ病が完治することはなかった。
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