#24

ノア 「…なぁ、どうせならおじやにしね?」


ロイド 「確かにな。馴染みのある料理ならクレアも落ち着くだろう。」


ノア 「じゃ、決まりね。お前、おじやの作り方わかる?」


ロイド 「いや、あれが初めてだったからな…。」


ノア 「美味しかったけどなんか全体的にドロドロしてたよな。腹持ちはスープよりも良かったけど。」


ロイド 「あれは米を煮詰めた状態らしいぞ。僕も気になって後でクレアに聞いてみたんだ。」


ノア 「あとは…出汁が効いていて、卵が溶いて入っていたのは覚えてるな。」


ロイド 「そんな感じだった気がするが、よくそこまで覚えてるな。まぁ、でも最悪消化にいいものが作れればいいし、消化にいいものは何でも鍋にぶっこんで煮れば大体できるだろ!」


ノア 「…。」


ノア (後でスマホで調べよ…。)




***




ナツミ (…ざっくりとだけど読み終えたな。話としては格別素晴らしい作品というわけではなかった。でも、普通というものを推し量るには適していて、その点、クレアちゃんにとっては優秀な作品だったのかもしれない。事実、あたしも魔法のあるこの世界のあたりまえが何なのか、なんとなくだけど理解できたような気がする。これを基に“クレア”が創られたとなると、実際の“クレア”はもっと高飛車で気の強い女の子であった可能性が高い。あと変な言葉で言うとビッチっぽい?ノリが軽いっていうのかなぁ?若干パリピっぽい軽さがあるのかも。平凡で立派なレディになることを夢見る少し気の強い、最近の普通の女の子。あたしが演じていたクレアちゃんはもっと後の展開の素に近いクレアちゃんの状態だったかもしれない。今から訂正しなきゃ、役を練り直して…。)

クレア 「大丈夫、あたしならいける。演技なら誰にも負けない。負けたくない…!クレアちゃんが演じる“クレア”に…。」



ナツミ、ゆっくりと目を閉じる。




***




ヴァミラード寮:共同キッチン

ノア、ロイドが二人並んで知恵を出し合いながらおじやを作っている。


ノア 「そんな不格好な形でいいの?切られたっていうか、切り刻まれたって表現のほうがふさわしい感じの無惨さなんだけど?」


ロイド 「腹に入ればみな同じだろう。包丁を使うときはにゃんこの手で安全が第一だ、形や手際は二の次だって母さん言ってたぞ。」


ノア 「まぁ、どうせ煮るからいいのかなぁ…?」


ロイド 「味付けはどうする?」


ノア 「えっと…出汁と…。」


ロイド 「出汁って何で取るんだ?」


ノア 「え?そりゃ、旨いもんブッ込めば勝手に旨味が出るんじゃないの?あとは…レシピには調味料は適量って書いてあるけど…?適した量ってどんくらい…?」


ロイド 「うーん…僕の経験だと寝込んでるときは味覚が弱くなる。だから、なるべく味を感じておいしく食べてもらうには濃いめにした方がいいんじゃないか?」


ノア 「おっけー、濃いめね。あとはお好みの具材をって書いてあるけど…。」


ロイド 「じゃああとはニンニクだ!セイがつくって何かで聞いたことがあるぞ!」


ノア 「それってこういうときに使うんだっけ…?まぁ、いいや。あとはやっぱ元気が出るには肉でしょ!がっつりいこうぜ!」


ロイド 「うーん…なんか…全体的に茶色いのだが…。」


ノア 「卵入れ忘れてるからじゃね?」


ロイド 「それだ!天才だな。」


ノア 「野菜もたっぷり入れたし、多少不格好でも完璧でしょ。」


ロイド 「あぁ!これでオーブンにぶち込めば完成だな!」


ノア 「は?煮るのにオーブン…?」


ロイド 「?水分がある状態でなんでも火を通せば煮たことになるんじゃないのか?」


ノア 「え、そうなの?知らんけど。まぁ、火が通れば最悪食えるっしょ。」



ロイド、おじやをオーブンに入れて加熱する。



ロイド 「ふむ。体にいいものしか入ってない、病人にとっては完璧な食事だ。我ながら誇れる。」


ノア (あれ…?クレアって病気だったんだっけ…?)




***




クレアの部屋



ナツミ (捉え方を変えよう。そうだな…これからあたしの、あたしだけの舞台が始まる。観客なんていないけど、クレアって役がもらえたんだ。あたしが主役の舞台が幕を開ける。)



クレア、バルコニーへと出る。



ナツミ (そう考えると懐かしいなぁ…。…よし!これ以降、クレアナツミ自分は分離させよう。役になりきり、役を生きるんだ。絶対に素を露わにしてはいけない、絶対に素につられてはいけない。)



見渡す限り空しかないヴァミラードは満天の星空の夜景色へと変わり、大きな満月が夜空を照らしていた。室内にも関わらず、穏やかな夜風が吹き、クレアの頬を優しくなでる。



クレア 「…。」



クレアは眩しそうに手を満月の光にかざした。



ナツミ (大きな月があたしだけに差し込んで、まるでピンスポットみたい…。あの時欲しかった照明、あの時立ちたかった舞台、それが今ここにある。さぁ、完璧な演技をしよう。見る者すべてを騙す、圧巻の演技を。もう、あたしのやり方を馬鹿にさせない。不当な評価は受けない。見くびっていた奴らみんなみんな見返してやるんだ…!)



クレア、一歩踏み出すと、ゆっくりと踊り始める。

足の先、指の一本一本まで神経を張り巡らせ、繊細に優美にかつ魅惑的に。



ナツミ (この踊りをあの舞台で踊れたらどれだけ気持ちよかったのだろう。ずっと憧れだった。ピンスポットが当たり、観客全員があたしに釘付けになる。けれども現実はそんなことを考えながらいつも袖の裏から見ているだけだった。あの時踊りたかった踊り、やりたかった役、立ちたかった舞台。何一つ手に入れることはできなかった。誰にも正しく評価されることはなかった。それはいつまでも悔しい、悔しくてたまらない。でも、今、あたしだけの舞台が始まろうとしている。全身全霊でいこう。千秋楽のように。生き残るためにも、元の世界に戻るためにもナツミあたしは誰も信用しない。すべてを舞台上の出来事として見届けるの。だから、ナツミあたしはこの踊りをけじめとしてこの体から離れよう。またね、次会うときはすべてが終わった帰り道に。)



余韻を残すように月明かりの静寂の中、ナツミによる舞が終わった。



ナツミ (あぁ…最高に楽しかった…!やっぱりたまんない!)



汗ばむ身体と弾んだ息を感じ、それらを整えることもせずクレアは満足感に満ちた表情で顔をあげた。



クレア 「!」



目の前には大ホールの満席の観客が見惚れるような、それでいて活力に満ちた顔でナツミに拍手を送っている。はずだった。それはクレアの表情とともに一瞬にして曇っていく。



ナツミ (あれ?あの時見たかった舞台の向こう側はどんなだったっけ…?上から降り注ぐ照明の明るさ、温かさは…?ずっと幕の裏から見てた憧れの景色…思い出せない…。どうして…?ただ、だって、舞台は平然と目の前に広がっていて…いや違う。…?そんな、なんで?



―コンコンコンコン



クレア 「っ!」



混乱し始めるナツミをよそに、部屋の一番向こう側、廊下に面する入り口のドアがノックの音で響いた。




***




ロイド 「…すまない。待たせたな。」



寮の廊下、クレアの部屋までの道のり

ロイドは遅れてノアに合流する。



ノア 「別にいいけど。急に部屋戻って何してたの?」


ロイド 「クレアに渡したいものがあってそれを取りに帰ったんだ。」


ノア 「ふーん。…布越しだけどだいぶ熱くなってきたな…。」



ノアの手にはミトンがはめられ、そこには彼らが作った特製おじやが収まっている。



ロイド 「大丈夫か?代わるか?」


ノア 「ミトン渡せないからいい。」

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