#23
ナツミ、本棚に近づく。
ナツミ (部屋に入った時にまず、本の量に目がいくな。ジャンルは…タイトルを見た感じ雑多だ。知見が広がりそうなものから流行りものの小説、漫画まで。…あ、ファッション雑誌まである。見た感じじゃ普通。読書家なのかな?ってくらい。でも、これらはクレアちゃんの趣味じゃない。向こうにある、趣味の物と思われる、画材や楽器、手芸道具も含めてね。みんなみんなクレアちゃんの育ての親である“ジョーカー”によって与えられた物だろう。少しでも普通の子として生きられるように。それが彼女にできる唯一の贖罪だったと私は設定に書き記した。じゃなきゃ立場の難しいクレアちゃんがこれだけのものを手に入れるのは不可能だしね。育ての親からもらった物だからそれはそれは大切にしていたんだろうな。寮の部屋に移すくらいだし。…いや、あっちに置いておいても意味ないか。)
ナツミ、本棚から離れる。
ナツミ (さて、次は…。)
部屋を歩き回っているとき、ふと目に入ったドレッサーの鏡に違和感を感じ、ナツミは立ち止まる。
ナツミ (…。何かと思ったら、自分の顔…基、クレアちゃんの顔じゃん。いつも見慣れた自分の顔じゃないから違和感を抱くのもしばらくの間は仕方がないか。それにしてもこんな違和感、前にもどこかで感じたような…?うーん、いつだっけ…?)
自身の頬に手を当て考え込むように鏡の向こうの人物をのぞき込む。
ナツミ (ま、思い出せないくらいならそこまで大事なことじゃないんでしょっ。なんかの折に思い出したらその時はその時でまた考えよう。ついでだから次はドレッサー!)
ナツミ、ドレッサーの椅子を引き、試しに座ってみる。
ナツミ (部屋にドレッサーってお姫様みたいで前から憧れだったんだよね!どれどれ…鏡の前には大小さまざまな瓶。一番小さいのはマニキュアで、あとは香水とおそらくスキンケアグッズ。メイクブラシは一通り揃ってるね。あたしが見たことないような形のものまであるけど…。それで引き出しは…脇の引き出しはヘアセットが入っていて、メインの引き出しはメイク用品!今は病み上がりのすっぴんだけど、やっぱり年頃15歳ガール、おしゃれ用品は搔き集めちゃうよね~!う~ん、にしても羨ましいくらい充実している!?クレアちゃんのこの美少女フェイスにあたしの渾身のメイクの腕前を発揮できるとなるとワクワクしちゃうなぁ!楽しみ!)
ナツミ、ドレッサーの引き出しをしまう。
ナツミ (じゃあ次は近くにあるからクローゼット!推しの私服~!)
ナツミ、飛びつくように勢いよく両開きのクローゼットを開ける。
ナツミ (…あれ?服が全然ない…?)
一人用にしては十分すぎるサイズのクローゼットの中は閑散としていた。
ナツミ (目立つものは…クレアちゃんのような年の子には似合わない地味で煤けた赤い色のドレス。淵には金の刺繍が施されていて、かなりゆったりとした型となっている。腰のベルトで引き締めるタイプなんだな。それと、かなり使い古されたような黒いローブ。これは、フードまで被ったら全身を覆いかぶせそう。いくら何でも時代錯誤過ぎない?こんなの中世ヨーロッパものかおとぎ話でしか見ない格好だって。いや、ここの情勢知らないけど。あとは…誰の趣味とも言えない無難な服がほんの数着。…異様すぎる。さっきのメイク用品と比べて全然比にならない。この異様さがクレアちゃんが今までどんな道を歩んできたかを物語っている。まさか、自分が表現していないところでもそのキャラらしさが出てくるとは、この世界でクレアちゃんが本当に生きていたことを実感させられる。)
ナツミ、ゆっくりとクローゼットを閉める。
ナツミ (いつか、このクローゼットがクレアちゃんの好みのもので満たされますように。)
ナツミ、何気なくベッドに腰掛ける。
クレア 「はぁ、クレアちゃんにつけた壮絶な人生の設定を思い出すとブルーになっちゃうな…。」
ナツミ (ベッドはいたって普通だ。ふかふかでいいにおいがする。それに枕とぬいぐるみが置いてあって…。
ん?ベッドのサイドテーブルに本が数冊置いてある。モデルルームみたいに整理された部屋でクレアちゃんが片付け忘れたなんて珍しい。なんだろう…純文学から大衆文学まで、とくに当たり障りはないのかな?)
ナツミ、本を手に取ってパラパラとめくる。
ナツミ (なになに…共通点としてはどれも平凡な女の子が主人公のものってとこかな。いくつか例外でレディに憧れる女の子が出てくるけど…。)
クレア 「ん?レディ…?…!」
ナツミ (待ってもしかしてこれってクレアちゃんが“クレア”を作るのに参考にした作品たちじゃない!?)
ナツミ、再び本たちに注意深く目を落とす。
ナツミ (クレア・ジョーカーは嘘でできている。…いや、嘘というと乱暴だな。…偽物。偽物で塗り固められている。彼女の性格も好みも仕草や話し方まで全部全部彼女が作り上げた。すべてに対応できる綿密な設定をもって。つまり、彼女は“クレア”を演じ続けているのだ。あたしが今ノアたちを騙してクレアを演じているように。彼女が“クレア”を演じていたのであれば、あたしだって同じ設定があれば“クレア”を演じられるはずだ。この世界であたしがクレアちゃんの体にいる限り、他全員を欺けなければ終わりを意味する。本物のクレアちゃんを探すことも元の世界に帰ることもきっと叶わなくなる。そうならないためにも、もう一度今演じるべき“クレア”を洗い直そう。完璧な役作りをするんだ…!)
ナツミ、本を精読し始める。
***
学園:廊下
ノアとロイド、リズからの頼まれごとを終え、食堂で夕ご飯を済ませた二人は並んで大食堂から寮への帰り道を歩いている。
ノア 「なぁ、今日のクレアなんか変じゃなかったか?」
ロイド 「変?」
ノア 「変っつーか、いつもと違ったっつーか…。」
ロイド 「あぁ、言いたいことはなんとなくわかるな。」
ノア 「だろ?はっきりここがこう!とかじゃないんだけど…妙に大人しくって調子狂うんだよな。別に元気がないとかそういう訳でもないみたいだし。」
ロイド 「でも、そんなの久しぶりに目を覚ましたんだから仕方のないことじゃないか?急にいつも通りなんて難しい話だろ。」
ノア 「病み上がりの元気の無さだったか?」
ノア (そうだと言われればそのような気もしてくる。でも、そのくらい些細にだけどあの時見たクレアの横顔は何だか知らない人みたいで、引っかかる。)
ロイド 「そうじゃないのか?現に食堂にも顔を出さなかっただろ。部屋から出てもいないみたいだし。リズ先輩の言う通り実は相当疲れていたんだろう。」
ノア 「ん?食堂にも来てないってことはアイツ飯食ってないの?」
ロイド 「む、確かにそうなるな。ご飯を抜くのはよくない。特に病み上がりの時は栄養を取ってしっかり休んだほうが回復も早くなる。」
ノア 「あー…どうしてあげる?」
ロイド 「今から食堂に戻ってお願いするのは迷惑だろう。だから…寮のキッチンで僕たちが作る、とか…?」
ノア 「え、こういうときって何作るの…?」
ロイド 「そりゃあ消化のいいものだろう。栄養が取れる野菜がたくさん入ったチキンスープとか。」
ノア 「あー、言われてみれば俺も風邪ひいたときそういうの食べてたわ。へぇ、詳しいんだ?」
ロイド 「実は僕、昔は体が弱くて病弱だったんだ。それで、寝込むたびに母さんが体にいいものを作ってくれてな。」
ノア 「ロイドが病弱?今じゃ面影もないな。」
ロイド 「…。健康が一番だよ。よし、とりあえず方向は決まったな。」
ノア 「寮のキッチンでチキンスープな。」
ロイド 「こういうこと前にもあったよな。」
ノア 「あー、ゴーレムの時に俺たちが保健室送りにされた件だろ?あれとは全く立場が逆だけどな。」
ロイド 「あの時もクレアが手作りのものを作って持ってきてくれたよな。」
ノア 「そうそう!病気じゃないのに消化にいいもの作ってくれて…。」
ロイド 「あれは何て名前だっただろうか?僕は今まで見たことも味わったこともなかったが、確かクレアの国の食べ物だよな。」
ノア 「おじやだろ?スリーズとかそこら辺ではチキンスープじゃなくておじやを病気の時に食べるのが一般的なんだってよ。」
ロイド 「それは知らなかった。また、一つ賢くなったな。」
ノア 「…お前その一言アホっぽいからやめたほうがいいよ。」
ロイド 「どうしてだ!着実に前進している感じがしていいだろ!」
ノア 「…なぁ、どうせならおじやにしね?」
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