#20

今度は難なく箒で下り談話室へと到着する。しかし、そこには誰もいない。ここを後にする前にいた揉めていた生徒たちも。



ナツミ (あれ、ノアたちいない。どこに行っちゃったんだろう?果たして穏便に事が済んだのだろうか…?)



そんなことを考えつつもクレアは談話室のキッチンがある一角へと向かう。

ログハウスに似つかわしい温かみのある木製の可愛らしいキッチンだ。



ナツミ (すごい!まるで絵本の世界にいるみたい!可愛い!)



棚や冷蔵庫、キッチン用品まで綺麗に整頓されている。



ナツミ (むさくるしいヴァミラードでキッチンが綺麗なのはきっとここがクレアちゃんの聖域だからだろうな。)



なんとはなくで開けた戸棚にはたくさんの種類の茶葉がしまってあった。



ナツミ (しまった。あたしそんな優雅じゃないからお茶とかちゃんと淹れたことない。いけるかなー?)



可愛い小瓶に小分けされた茶葉にはそれぞれ綺麗な文字でラベリングされていた。



ナツミ (疲労回復、リラックス効果を見込むならウバかな。でも、ウバはストレートだと癖が強くて好き嫌いが分かれるからミルクティーにしよう。)



クレア、戸棚からウバとラベリングされている瓶を取り出す。

キッチンからミルクをミルクピッチャーに移してティーカップとティーポットを取り出す。お湯を用意して、ティーカップとティーポットに注ぎ温める。温め終わったお湯は捨てて、茶葉を注ぎ…



ナツミ (あれ?あたしできてる。お茶なんて淹れたことなかったのに何かそれっぽく、しかも茶葉の使い分けまでできている…!何も考えてなかった。ただ体が動いて…。そっか、クレアちゃんの体が覚えてるんだ。記憶を頑張って思い出さなくても体に残っていることがいくつかあるんだな。それだけ習慣づいてやっていたことなのかな?)



茶葉を注いで濃いめに抽出できるようにお湯を少なめにポットに注ぎ蒸らす。



ナツミ (蒸らす時間は移動時間でちょうどくらいかな。じゃあトレイにティーセットを乗せて…ルイスのところに戻るか。)



クレア、談話室を抜けてテラスに出る。



ナツミ (あ、しまった。この状態だとうまく箒に乗れない。どうしよう?)



クレア、片手にトレイを移し空いた手で箒を召喚する。



ナツミ (うーん…今こそクレアちゃん流立ち乗りに挑戦してみる時では?)



クレア、箒を地面に置くとその上に慎重に乗る。

右足を前にし、12時の方向に、左足を10時の方向に構え。魔力を使い箒を浮かす。



ナツミ (おっとっと…!これは…スラックラインだ!綱渡りとトランポリンを掛け合わせたような競技であるスラックラインの要領とよく似ている。何かのイベントで少しだけ挑戦したことがあったけど、すごくバランス感覚が問われて立っているだけでも難しかったのを思い出すなぁ。箒はスラックラインのベルトと違ってしならないし、今はクレアちゃんの体だからあの時よりもずっと楽だけど。)



箒を飛ばし、ルイスのいる上層までまっすぐ上昇する。



ナツミ (クレアちゃんは身体能力は並みと比べて規格外に設定したから体幹もバランス感覚もさすがだな、安定している。これなら両手も空くし、使いやすいな。)



ルイスのいる層に着くとふわりと着地する。



ナツミ (箒に乗るのもまだ3回目なのにずいぶん慣れたな。クレアちゃんの体だから適応が早いのかも。)



真っすぐと執務室に向かい再びノックをして扉を開ける。

ルイスは書類に目を通していた。しかし、顔には疲れが表れている。



ナツミ (例に洩れずルイスも休めてないんだな。)


クレア 「お待たせしました。」

ルイス 「あぁ。」



ルイスは書類から目を離さない。



クレア 「疲労回復、リラックス効果のある紅茶をお持ちしました。」


ルイス 「そうか。」



クレア、ティーセットを執務机の上に置く。

ルイスは相変わらず目もくれない。



クレア 「癖の強いものなので親しんでもらえるようにミルクティーにしますね。」


ルイス 「あぁ。」



クレア、濃く抽出した紅茶をミルクで割る。



クレア 「お砂糖は使われますか?」


ルイス 「そうか。」


クレア 「ルイス先輩?」


ルイス 「あぁ。」


クレア 「あの…。」


ルイス 「そうか。」


クレア 「ルイス先輩!」



―バンッ!



クレア、机をたたく。



ルイス 「!」



ルイス、初めて書類から目を離す。



ルイス 「…悪い。」


クレア 「ちゃんと休めてないまま続けても効率が悪いだけですよ。それで、お砂糖はどうされます?」


ルイス 「二つ頼む。」


ナツミ (ボーロ持ち歩くくらいだし甘いのが結構好きなんだな。)



クレア、シュガーポッドから角砂糖を二つルイスのカップに沈める。



クレア 「どうぞ。」


ルイス 「あぁ、ありがとう。」



ルイス、紅茶を一口含む。



ルイス 「…うまいな。」



わずかにルイスが微笑んでいるように見えた。

クレアも微笑み返す。



ナツミ (あたしはどうしようかな…。初めて飲む紅茶だし砂糖で味が損なわれちゃうのも嫌だな…。適当に一つでいいか。)



クレア、自分の分には一つの角砂糖を沈める。



ルイス 「…。」



クレア、ティースプーンでかき混ぜると優雅に飲む。



ナツミ (…うん。メントールのスッキリとした香りが鼻から抜けてさっぱりしている。ミルクで割っているからえぐみも少なくておいしい。こんな紅茶初めてだ。)


クレア 「あ!あたしとしたことがティーケーキのご用意を忘れちゃいましたね。」


ルイス 「いや、病み上がりなんだ、無理するな。」


クレア 「いいえ、レディたるもの常に優雅に。このくらいの準備は気を利かせないと。」


ルイス 「…菓子ならある。」


クレア 「えっ。」


ルイス 「茶に合うかは知らないがな。」



―ドサッ



執務机にはいつの間にか袋に詰めにされた何かが置かれていた。



ナツミ (いつの間に!?どこから出したの?ずいぶん重量があるけど…。)



ルイスが巾着を開くと中にはおいしそうな焼き色の付いたボーロが詰まっていた。



ナツミ (ボーロだー!!ルイスパイセン名物のボーロが今目の前に!?え、ガチじゃん。ガチで生ボーロ拝んじゃってるよ。いや生ボーロってなんだよ!?)



クレア 「シンプルな甘さのボーロはきっと紅茶の味を損なわず合いますよ。」


ルイス 「そういうものか。」



クレア、ボーロをつまむ。



ナツミ (うん…想像通り、滑らかなくちどけで甘さが広がるし噛むとサクサクと心地いい食感がする。)



続いて紅茶を口に含む。



ナツミ (紅茶の風味を邪魔せずちゃんと合うね。おいしい。)



ルイス 「…時間ができたらセシルとギルバートのところに顔を出してやれ。」


クレア 「セシル先輩とギルバート先輩ですか?」


ナツミ (セシルとギルバートはウィットティグ寮の3年生でクレアちゃんとの接点はない。)


ルイス 「あぁ。大方近々行われるレスティブル大会の件でお前が負傷したから心配なんだろう。いかんせんお前はチームの戦力を左右する存在だからな。回復したらよこすよう釘を刺された。」


ナツミ (!レスティブル大会!確かあれは縦割りでチームが組まれる学年混合戦。セシルとギルバートがクレアちゃんと同じA組なら筋は通るな。)


クレア 「わかりました。明日伺ってみますね。」


ルイス 「あぁ、そうしてやれ。」



ルイス、カップを置く。



ルイス 「ありがとう。うまかった。」



そのカップは綺麗に空になっていた。



クレア 「はい。お粗末様でした。」



クレア、ティーセットを片付ける。



クレア 「じゃあ、約束通り明日からまた頑張りましょう。」


ルイス 「あぁ。先に出ていてくれ。俺はこれだけ…。」


クレア 「…。」


ルイス 「…今日付けなんだ。」


クレア 「もう、それだけですよ?終わったらちゃんと休んでくださいね!」


ルイス 「わかったわかった。…そうだ、これ持ってけ。」


クレア 「ん?」



クレア、ルイスから小さな巾着をもらう。



ルイス 「多かったら1年坊主どもにも分けてやれ。」


ナツミ (あぁ…テイクアウトボーロか…。)


クレア 「ありがとうございます。」



クレア、ティーセットを持って、執務室から出る。



ナツミ (ふぅ…これで寮の件は一件落着、かな?それにしてもレスティブル大会の話は耳寄りな情報だったな。たしかあれはメインストーリーに出てくる一大イベント。これでストーリーの大まかな進行状況と時系列がわかる。)



廊下を歩こうとするクレア。忍び寄る影。



クレア 「!」

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