#19
ナツミ (ヴァミラード寮長、ルイス。ふゆかの最推しだったからそういった情報しか聞いてなかったけど、不機嫌な時ここまでやばいのか…。厳格で、自分にストイックで不器用な漢。信頼などに重きを置き、お父さんみたいな人。っていうか…。)
クレア、足が止まる。
ナツミ (あたし今から人の最推しに会うんだ!うわぁ、これがふゆかにバレたら縛り吊るされそう…。)
クレア、窓から外を見る。熟した赤とやって来た夜の群青が混ざり合うように空を染め上げ、太陽はもう地平線に半分ほど沈んでいた。
ナツミ (あたし本当にゲームの世界に来ちゃったのかな?それもクレアちゃんの体で。いや、成り代わりだっけ?何でもいいけど夢なら早く醒めてほしいなぁ。)
クレア、再び歩き出す。
ナツミ (いや、これは実際は夢じゃないときに言うセリフか。変なフラグを立てるのはやめておこう。…着いた、多分ここ。)
目の前には他の一般的な寮室とは違い、一段と格式の高い扉がある。そこから寮全体に漂う不穏な雰囲気が漏れ出ている。
クレア、目を瞑り深呼吸をすると恐る恐るノックをする。
―コンコンコンコン
クレア 「!」
ナツミ (一段と強い気に扉越しにもかかわらず威嚇された!気が付いたら本能がやばいと叫んで、腰にあるはずのない武器を探し求めて構えていた。…恐ろしい。)
?? 「誰だ…?」
気の立った低い男性の声。
クレア 「…クレアです。」
?? 「!」
クレアが名前を告げると今までの雰囲気がぴたりと止んだ。
―バサバサバサバサ!
扉越しに書類の山が倒れて地面に散乱する音が聞こえる。
?? 「…。」
ナツミ (…?…あ、魔法使ってる。)
扉からわずかに漏れる光と魔力の波長を感じて、しばらくするとそれが止む。
―カチャッ
目の前の扉から鍵の開く音がした。
?? 「…入れ。」
クレア 「…。」
クレア、一つ息を吸う。
クレア 「失礼します。」
ゆっくりと開かれる扉によって執務室の景色が開かれていく。
格調高く、重厚な部屋の執務机には書類が積み重ねられている。
?? 「…。」
扉を開けると正面の執務机についた険しい表情のルイスと目が合う。ルイスはどこか驚いた表情でクレアを見つめている。
クレア、執務机の正面へと歩く。
ナツミ (ここでの会話もヘマできない。あたしはクレアちゃんなんだから完璧なセリフ回しをしなくちゃ。クレアちゃんとルイスの関係は…あたしが書くなら良き右腕。不器用なルイスを上手く絆すような…。)
クレア 「随分溜まっちゃいましたね~。明日からまた頑張らないと。」
ルイス 「…。」
クレア 「…。」
ナツミ (あたし何かやっちゃいましたか!?攻めすぎた!?沈黙がしんどい…!)
ルイス 「…もう、大丈夫なのか?」
クレア 「はい。リベラ先生からも許可をいただきました。クレア、完全復活です。」
ルイス 「そうか。」
クレア 「先輩の方こそ大丈夫ですか?ちゃんと休められてます?」
ルイス 「…あぁ。」
クレア 「嘘。目の隈すごいですよ。」
ナツミ (寮の雰囲気を変にするくらいだしね。)
ルイス 「…。」
クレア 「…。」
ルイス 「…悪かったな。」
ナツミ (…そっか。クレアちゃんの事件は部活中、つまりレスティブル部の練習中に起こった。そして、ルイスはレスティブル部部長でもある。自分の監督不行き届きが事件に繋がりクレアちゃんが大怪我を負ったと責任を感じているんだ。)
クレア 「ルイス先輩が気にすることじゃありませんよ。いくら部長でも部活で起こるすべての責任を負う必要はありません。あれは…。」
ナツミ (そういえばどうしてこんなことになったんだ?クレアちゃんは戦闘並びに運動神経なら他のキャラを寄せ付けない規格外のレベルに設定した。それなのに事故で瀕死の大怪我だなんて普通じゃありえない…。事件直前の記憶が思い出せないけど可能性があるとするならば…。)
クレア 「あれはあたしのせいです。どんな理由であれ避けきれなかったんですから。」
ルイス 「…。」
ルイス、執務机の引き出しを開け、書類を一枚取り出しクレアに差し出す。
ルイス 「これが今回の件に関する報告書の写しだ。何か不備があったら学園長まで訂正を届けるように。」
クレア、ルイスから差し出された書類を受け取る。
ナツミ (どれどれ…。日時は四日前の放課後、場所は運動場にて。レスティブルの練習試合中数名のファウルギリギリの悪質なマークから外れるために急加速と急上昇を行ったクレアちゃんが向かいから加速してくる相手チームの箒に直撃。そのまま転落し地面に落ちてからも数十メートル飛ばされた。全身を強く打ち付け意識不明の重体。箒との接触部分は左目と考えられ特に被害が著しい。…うわぁ痛ましい事故…。ただの衝突じゃなくて相手方も相当な加速をしていたんだからこれ本来なら左目潰れてね…?クレアちゃんでよかったぁ…。)
クレア、左目を押さえる。
書類越しにルイスがこちらを見つめていることに気が付いた。
ルイス 「…。」
クレア 「ちゃんと見えていますよ。リベラ先生にしっかり直してもらったので。」
ナツミ (本当はクレアちゃんが能力で治したんだけどね。)
ルイス 「そうか。」
ナツミ (部活の練習試合中だったってことは当然ルイスも事故現場を目撃したんだろうな。ルイスのことだから意識不明のクレアちゃんを保健室に運んだのも、この報告書を書いたのもきっと彼なんだろう。)
クレア、報告書をルイスに返す。
クレア 「ありがとうございます。特に訂正はありません。」
ナツミ (一見普通に部活中に起こりうる事故だったけど、そもそもクレアちゃんが事故にあうこと自体がおかしい。解釈違いだ。可能性があるとするのならば、1、そもそもこの世界のクレアちゃんはあたしの設定どおりのクレアちゃんではない。2、この事件に何か裏がある。1は今あたしが生み出した世界であることを前提に話を進めているからこれが覆ってしまうと話が進まなくなってしまう。なので今は考えないようにしておこう。2の線で…この事件だけで話が終わっていればいいんだけどなぁ…。)
ルイス 「ならいい。」
ルイス、受け取った書類を元の引き出しに戻す。
ルイス 「…。」
クレア 「…。」
ルイス 「…。」
クレア 「…お茶でもいかがですか?今の先輩に必要なのは休息です。お茶を飲んで一息ついたら今日はもうおしまいにしましょう。」
ルイス 「…。」
クレア 「それでまた明日から頑張るんです。あたしも手伝いますから。」
ルイス 「…。」
クレア 「適切な休憩をとるのも仕事の一環ですよ。」
ルイス 「…わかった、いただこう。」
クレア 「今淹れてきますね。」
クレア、部屋を後にする。
ナツミ (はぁ…緊張した。貫禄のある人だけどいい人だったな。あれがふゆかの推しかぁ。…なんか変な感じ。)
クレア、廊下を歩き談話室へと向かう。
ナツミ (それにしても事故のことが気になるなぁ。何か裏があったとして、クレアちゃんが傷つくことで得をした人がいたってこと…?それにただの仕組まれた事故だったとしてもクレアちゃんならどうにかできたはずだ、それなのにことが起きてしまったっていうことはクレアちゃん側に何か細工を仕込まれたってこと…?謎が謎を呼んできたなぁ。)
今度は難なく箒で下り談話室へと到着する。しかし、そこには誰もいない。ここを後にする前にいた揉めていた生徒たちも。
ナツミ (あれ、ノアたちいない。どこに行っちゃったんだろう?果たして穏便に事が済んだのだろうか…?)
そんなことを考えつつもクレアは談話室のキッチンがある一角へと向かう。
ログハウスに似つかわしい温かみのある木製の可愛らしいキッチンだ。
ナツミ (すごい!まるで絵本の世界にいるみたい!可愛い!)
棚や冷蔵庫、キッチン用品まで綺麗に整頓されている。
ナツミ (むさくるしいヴァミラードでキッチンが綺麗なのはきっとここがクレアちゃんの聖域だからだろうな。)
なんとはなくで開けた戸棚にはたくさんの種類の茶葉がしまってあった。
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