#18
ナツミの念に応じてか、箒を支える重力がなくなりそれが体も持ち上げ始める。
ナツミ (うわ!ちょっと怖い!)
足が浮くほど箒が浮かぶと体の支えがなくなり、全身に力が入る。体に力が入ると制御が利かなくなりバランスが取れなくなる。クレアはとっさに足をつく。
ノア 「おいおい、大丈夫か~?やっぱり後ろ乗った方がいいんじゃないの?」
ナツミ (ノアは乗せたいんだな。まぁ、クレアちゃんと合法的に密着できるからまたとないチャンスか。運動神経抜群の設定のクレアちゃんが箒のことで頼ることなんてないだろうし。…でも悔しいな。ノアは軽々と乗っているし…。体に力が入っちゃったのがいけないのかな?水の中でも力を抜いたほうが浮くし、そんな感じかも。よし、もう一回。)
クレア、深呼吸をすると水に浮くことをイメージするように体から力を抜く。すると、箒がふわりと浮き、体がゆっくりと持ち上がる。
ナツミ (できた!)
クレア、そのまま箒を操りノアたちに追いつく。
3人は並んで空の向こうの大樹へと向かう。
ノア 「っていうか逆によく立ち乗りでレスティブルとかするよねー。」
ロイド 「激しい動きをするレスティブルで尊敬するよ。」
ノア 「ルイス先輩もたまにやってるよねー。」
ロイド 「寮長が?立ち乗りとレスティブルの強さに何か関係でもあるのか…?」
クレア 「体の自由が多いほうがいいんだよ。ほら、普通に乗っていると上半身しか動かせないでしょ?」
ナツミ (…知らんけど。多分スケボーとかの要領と一緒。)
ノア 「なるほどなー。」
そんな他愛もない話をしているとどんどん大樹に近づいていった。雲が切り開きまるで道を開けているようだ。
やがて大樹の根幹近くに開かれたテラスのようなところに着陸する。クレアは一度着陸する前に距離感を見誤りバランスを崩すが己の体幹でなんとか立て直し、二人が振り返る前に何事もなかったかのようにやり過ごした。
ナツミ (あっぶな…。怖いな。箒に乗るのって思ったよりも楽じゃない。いくら体調が万全じゃないっていう言い訳があっても箒がうまく乗れないクレアちゃんは解釈違いでバレそうだからな…。この言い訳が利かなくなる前になんとか練習してものにしないと…。)
そんなナツミの心配を知らないノアとロイドはさっさと箒をキーホルダーに戻し、寮を見上げる。クレアも2人に倣って箒をカバンのチャームに戻した。
ノア 「うわー、相変わらずすげぇ雰囲気。」
ロイド 「直るどころか日増しだな。」
ノア 「こんな寮の雰囲気じゃ休まるものも休まんねぇって―の。」
ロイド 「どこにいても居心地の悪さを感じてしまうからな…。」
ノアとロイドの言うとおり、寮内の雰囲気は殺伐としており、入り口すぐの談話室には人っ子一人いなかった。
ナツミ (たしかに2人の言うとおり、異様な雰囲気だ…。これがさっき言っていた問題か。寮全体に緊張感が走っていて、殺気すら感じる…。気が強まりすぎてて肌がピリピリするよ。クレアちゃんの体だから敏感なのかもだけど、この雰囲気は戦場に似ている。そんな中に血気盛んなヴァミラード寮生がいたらきっとみんな強制的に臨戦態勢になって心身ともに休まらないんだろうな。)
すると、離れたところで揉めるような声が聞こえた。ノア、ロイド、クレアは顔を見合わせると、その声がする方へ向う。
談話室の入り口、廊下と接するところに三人のヴァミラード生が何やら揉めていた。
ヴァミラード生① 「あぁア゛!?もういっぺん言ってみろ!!」
?? 「おい…やめろよ…。」
ヴァミラード生② 「うるせぇ!止めんな!!」
ノア 「なんだなんだぁ?」
ロイド 「おい、揉め事か?」
ナツミ (仲裁に入っている背の低い生徒…袖から見える右の二の腕に刻印がある。Ⅳ。ということはヴァルか。)
ヴァル 「!ノア、ロイド聞いてくれよ…。」
そう言いながら仲裁から目を離し振り返るヴァルはクレアの存在を確認する。
ナツミ (ヴァル。ヴァミラードの一年生で、乖離の箱庭に出てくるヴァミラードの一年生はノア、ロイド、ヴァルの三人で全員だ。)
ヴァル 「クレア!帰ってきたのか!」
クレア 「うん、ただいま。」
ノア 「それ、呑気に言ってる場合?」
ヴァミラード生① 「痛い目見ねぇとわかんねぇようだな!?」
ヴァミラード生② 「やれるもんならやってみろ!!」
ロイド 「まさしく“イッソクショクハツ”な状態だな。」
ノア「それを言うなら“一触即発”な。」
ナツミ (寮全体の険悪な雰囲気に感化されて気が立ってるのかな…?)
ノア 「おいおい、頭冷やせ。そんな騒ぎ起こして寮長たちにシバかれたい訳?」
ロイド 「先輩方は誰もいないのか?リズ先輩は委員会で保健室にいるとはいえ、こうも騒いでいたら一人くらい止めに入りそうだが…。」
ノア 「いやこういう面倒ごとあの人基本手出ししないだろ…。」
ヴァル 「寮長は相変わらず執務室で、グレースさんも部屋に籠ったきり出てこねぇ。シリウスさんは知らね。」
ロイド 「詰んだか…。」
ヴァル 「でもクレアが帰ってきたっつーことは解決するんだよな!?」
ロイド 「ん、あぁ。」
ヴァル 「ならさっさと寮長のもとに行ってくれよ!…あ、別にオレが寮長に直談判するのが怖ェ訳じゃねぇからな!?勘違いすんなよ、根本から解決した方がいいというオレ様の思慮深い考えの結果だ!」
クレア「え、でも…。」
クレア、ノアを見る。
ノア 「ま、そーゆことだから。一年同士の喧嘩なら俺たちだけでどうにかできると思うし。クレアはそのまま寮長のもとに向かってその元気な面みせてやりな。」
ナツミ (そんなこと言われても寮長どこにいるか知らんし…。)
ロイド 「寮長の執務室は上層にあるぞ。」
ナツミ (層!?階じゃなくて層って表現なの!?)
ヴァル 「あ?んなの言われなくても知ってんだろ。」
ノア 「あとで説明すんよ。」
ヴァル 「んあ?」
クレア、目を細めて天井を見上げる。
ナツミ (まぁ、この異様な雰囲気の発生源にいるって解釈で間違ってなさそうだな。)
ノア 「今ユグドラシルに頼れなくて橋も階段も架けてくんねぇから箒な。」
クレア 「わかった。」
ノア 「落ちんなよ。」
クレア 「誰に向かって言っているの?レディはそんなヘマしないって。」
クレア、三人とは反対に来た道をバッグチャームから箒を取り出しながら戻る。
ヴァル 「クレアが箒から落ちるなんて天地がひっくり返ってもありえねぇだろ?」
ノア 「だから後で言うって。」
ロイド 「それよりもコイツらを先にどうにかしよう。絞めるか?」
ヴァル 「説得とかだるいし、それでいいんじゃねぇの?」
ノア 「ま、騒ぎを起こす方がいけないってことで、ちょっと痛い目見てもらいますか。」
ナツミ (それじゃあ揉め事に揉め事を重ねてるでしょ…もっと平和な解決方法はないんですか…。)
クレア、テラスまで出ると箒に跨がる。先ほどよりもスムーズに浮かび上がる。
ナツミ (ちょっと慣れてきたかも!)
そのまま大樹の周りを上りつつぐるっと回る。先ほど経ったテラスが小さく見えるほど上ったところでそれ以上の上昇を止めた。
ナツミ (この階が一番淀んだ空気が強い。ここだな。)
クレア、降り立つ。
ナツミ (すごい気配だ…。ぶっちゃけ言うと行きたくない。何があるわけでもないけど、冷や汗が止まらないし、なんか行っちゃいけないところに肝試しに来たみたい。夕方だからまだ明るいけど、夜だったら絶対出直してた。空気がビリビリと刺さるし、ゾワゾワする。殺るか殺られるかの戦場みたいな…この例えはクレアちゃんの体だから出てくる比喩だな。)
クレア、箒をバッグチャームに戻す。
ナツミ (先に続く廊下がどこまでも続くものに見える…先が見えない。というか空間が少し歪んで見える…?)
クレア、固唾を飲む。
ナツミ (とんでもないな…これが寮長クラスか…。いや、いいや。戦うわけでもないし、要するに復帰の報告をすればいいんでしょ?なら、危ないことなんてないし、ちゃっちゃと終わらせちゃおう。)
クレア、一歩を踏み出し、中へと入ってゆく。
ナツミ (ヴァミラード寮長、ルイス。ふゆかの最推しだったからそういった情報しか聞いてなかったけど、不機嫌な時ここまでやばいのか…。厳格で、自分にストイックで不器用な漢。信頼などに重きを置き、お父さんみたいな人。っていうか…。)
クレア、足が止まる。
ナツミ (あたし今から人の最推しに会うんだ!うわぁ、これがふゆかにバレたら縛り吊るされそう…。)
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