#17
ロイド 「思い出したくないことを思い出してしまったな…。」
クレア 「?」
リズ 「本人はあれで隠したつもりなんだからまったくたちが悪いのだよ。」
ロイド 「平たく説明するとだな…クレアショックのルイス先輩にユグドラシルが感化されたんだ。」
ナツミ (ほう、まったくわからん。まず“クレアショック”とは。)
ノア 「で、その結果、寮が並々ならぬ雰囲気に包まれたってワケ。俺、寮長のとこ行きたくないよ…?」
ロイド 「僕も…。」
リズ 「クレアが顔を見せたら収まるだろう。だから、これはクレアにしかできないことなんだ。頼まれてくれるかい?」
クレア 「わかりました…?」
リズ 「うん。」
リズ、満足そうにクレアの頭をポンポンとなでる。
*
保健室を後にした一行は学園を歩き、学園の南端にある紅の荘厳な両開きの扉にたどり着いた。扉には豪華な羽や炎、ヴァミラード寮モチーフの朱雀が大々的に刻まれている。
ナツミ (特待生とはもう夕方だから寮まで送って別れた。そこまでに学園内をざっと見て回れたけど、ここに来るまで見た景色はやっぱりどれもゲームのままだった。保健室も、扉の隙間から見えた特待生の部屋も、学園の廊下も…。ゲームの背景が忠実に現実のインテリアで再現されているのはオタクとしてはテンションが上がるけど、素直に喜べない節があった。きっとこれがコラボイベントで非現実感を体験するだけだったら純粋に楽しめたのだろう。でも実際は帰り方もわからない現実で、あたしがあたしじゃないから…。)
ロイド 「…?クレア?」
クレア 「…。」
ナツミ (本当はあたしはクレアじゃないよって言いたい。クレアのままで接しないでって。本当のこと全部打ち明けて…。だってなんだかみんなを騙してるみたいじゃない。)
クレア 「…。」
ナツミ (ううん、辛気臭いのはやめよう。あたしの選択はきっと間違っていない。本当にあたしを信じて守ってあげられるのはあたししかいないんだ。それにここまで来たらなるようにしかならないよね。)
ノア 「もしかしてこの扉が何かわかんないとか言わないよな?」
ナツミ (この扉は…ゲーム上だと限られたマップ移動のときに演出として一瞬だけ出てくる。じっくり見たのは初めてだけど、間違いない。)
クレア 「ううん、大丈夫。帰ろう、あたしたちの寮に。」
クレアのその言葉にノアとロイドは安心したように微笑むと、2人は両開きの扉片方ずつに手を添える。手と扉が触れ合った瞬間、ノアの左胸のブローチとロイドの腰のベルトの赤い宝石がわずかに煌めいた。
扉が重々しくゆっくりと開いていく。扉の隙間から光が差し込み溢れ出す。
すると、ノアとロイドが庇うようにクレアの前に立ち、扉に立ちはだかる。
クレア 「?」
クレアが口を開くよりも先に扉が開き、風圧の差で凄まじい風が吹きつける。
クレア 「…!」
ノアとロイドが前に立っていてくれているおかげでだいぶマシではあるが、それでも体が押されるほどの風だ。クレアは目も開けていられなくなり、腕を体の前にしてやり過ごす。
しばらくすると、最後に体が宙に浮かび上がるような風が吹き上げ、ぴたりと止む。
クレアがゆっくりと目を開けると、扉の先は別世界であった。
ノアとロイドのあとをついて扉をくぐる、一歩踏み込むと靴越しにも柔らかい芝生の感触が伝わる。
芝生は数メートルで先が切り立っている。その先は空があるのみで優艶な空は夕日に赤く染め上げられ、向かう先と言えば雲を突き抜ける大樹の群れであった。一つの壮大な大樹がいくつも枝分かれし、その周りにも立派な木々が身を寄せている。よく見てみると木々は飾りたてたれ、テラスや窓がついているのが見える。どうやら、木の中が部屋となっている、くりぬかれたような形のファンタジックなツリーハウスのようだ。しかし、温かい夕日に照らし出されているにも関わらず、この景色はどこか閑散としたただならぬ雰囲気を帯びていた。
ナツミ (これ本当に室内!?どうなっているの…!?学園内だよね!?確かにヴァミラード寮はツリーハウスって…イラスト背景もあったけど、でもこんな異空間にあるなんて!魔法ってすごい!全部の寮がこんな規模なのかな…?っていうかこれどうやってあそこの木までたどり着くの!??)
ロイド 「…。今日もうんともすんともないな。」
ノア 「しゃーない、ユグドラシルが橋を架けてくれないんじゃ、箒に乗るしかないか。」
ナツミ (なんだっけ…ヴァミラード寮の設定…。推しのアレンがウィットティグ寮だから詳しい設定は覚えていないんだけど、ヴァミラード寮ってユグドラシルっていう大樹がそのまま寮になっているツリーハウスで…ユグドラシルは生きているんだっけ…?妖精だか魔法だか人工精霊だかなんだったか忘れたけど…。寮である大樹が生きているからそのユグドラシルの気分で寮の形が変わるってこと…?面白いけどなんだか不便だなぁ。)
気が付くとノアとロイドはすでに箒を構えていた。
ノア 「クレアはどーすんの?」
ロイド 「本調子じゃないのなら無理をすべきではないが…。」
ナツミ (あ、そっか。魔法を使って箒で空を飛ばないといけないのか…。そりゃそうか、見える限り空だし。あたしにできるのかな…?これ落ちたらどうなるんだろ…。)
ノア、咳払いをする。
ノア 「ま、まぁ?どうしてもって言うのなら俺の後ろに乗せてあげてもいいけど?」
ロイド 「僕はまだ人を乗せられるほど箒の扱いに自信がないから…スピードには自信があるんだが。」
ナツミ (うーん、どうしよう…。あたし自身は魔法使ったことないから自信ないし…自転車の二人乗りならぬ箒の二人乗りとか青春じゃん?ノアクレとしてはおいしい展開…。でも魔法は使ってみたい…。クレアちゃんの体だからきっと使えるよね?)
クレア 「少し試してみてシンドそうならお願いしようかな。」
ロイド 「あぁ、遠慮せずそうするといい。途中で落ちたらひとたまりもないからな。」
ナツミ (やっぱり落ちたら死ぬの!?…えっと、箒の出し方は確か…。)
クレア、スクールバッグについているストラップを触る。ストラップは3つが1つのリングに繋がれていて、順に杖、箒、装飾のついた鎌が手のひらくらいの可愛いサイズでつけられている。クレアはそのうちの箒のストラップを握る。それはクレアの魔力に反応し大きくなり、ノアたちが持つのと同じような通常サイズの箒にまでなる。
ナツミ (箒も人によってデザインが異なるんだなー。本当に凝ってるなこの作品。)
ノア、箒に跨がるとふわりと浮き、足が地面から離れ、あっという間に1メートルほど浮かび上がる。ロイドも後に続くが足を離した瞬間一度バランスを崩し、何とか立て直す。クレアも後に続こうと箒に跨がる。
ノア 「?いつもの飛び方じゃないの?」
ナツミ (飛び方?)
ロイド 「あぁ、立つやつな。あれかっこいいよな!」
ナツミ (立ってんの!?箒で!?箒に立つの!?)
クレア 「…今日はまだ本調子じゃないから。危ないことはやめようかなって。」
ロイド 「そうだな。それがいいよ。」
ナツミ、箒を握り握る手に力を入れる。
ナツミ (飛べ!浮け!)
ナツミの念に応じてか、箒を支える重力がなくなりそれが体も持ち上げ始める。
ナツミ (うわ!ちょっと怖い!)
足が浮くほど箒が浮かぶと体の支えがなくなり、全身に力が入る。体に力が入ると制御が利かなくなりバランスが取れなくなる。クレアはとっさに足をつく。
ノア 「おいおい、大丈夫か~?やっぱり後ろ乗った方がいいんじゃないの?」
ナツミ (ノアは乗せたいんだな。まぁ、クレアちゃんと合法的に密着できるからまたとないチャンスか。運動神経抜群の設定のクレアちゃんが箒のことで頼ることなんてないだろうし。…でも悔しいな。ノアは軽々と乗っているし…。体に力が入っちゃったのがいけないのかな?水の中でも力を抜いたほうが浮くし、そんな感じかも。よし、もう一回。)
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